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第四章 黄金の太陽
第五話 陽だまりの中庭
案内された中庭は、城の中とは思えないほど静かだった。
白い石畳。
陽光を受けて輝く噴水。
色鮮やかな花々。
柔らかな風が、その花を揺らす。
「……ここ、めっちゃ落ち着きますね」
シュンタが辺りを見回しながら呟く。
「母上が気に入っている場所なんだ」
ハヤトはそう言って、噴水の縁へ腰掛けた。
ジュウタロウは少し離れた場所へ立つ。
その姿を見て、ハヤトは苦笑した。
「そんなに警戒しなくていい」
「しているつもりはありません」
固い返事。
相変わらずだ。
けれど、ハヤトは昔を思い出していた。
ハヤトがまだ十歳だった頃開かれた、帝国建国祭。
堅苦しい挨拶ばかりする大人達の中を抜け出して、この中庭へ来た時。
ひとり佇んでいた白銀の少年。
『静かな場所が好きなんだな』
そう声を掛けた時、驚いたようにこちらを見た銀の瞳。
あの時はまだ、もっと、感情が表に出ていた。
「……ここ」
ジュウタロウがふと呟く。
「覚えておられますか」
ハヤトは少し目を見開き、それから笑った。
「やっぱり思い出してたか」
ジュウタロウは静かに中庭を見渡す。
「昔、ここでお会いしました」
「建国祭の時だったな」
「あの頃の俺は、人混みが苦手で」
「今もだろ?」
ハヤトが笑いながら言う。
ジュウタロウが少しだけ眉を寄せる。
その時、
「え、何それ」
シュンタが割り込む。
「二人、そんな昔から知り合いやったん?」
「ああ」
ハヤトが頷く。
「ジュウタロウが九歳くらいの頃だったかな」
「ハヤト皇子は十歳でした」
「へぇ〜……」
シュンタは面白そうに二人を見比べる。
「何か想像つかへんな」
「シュンタ」
ジュウタロウが低い声を出す。
「口調」
「あ」
シュンタが一瞬固まる。
「……失礼致しました」
急に商人モードへ戻る。
それを見て、ハヤトが吹き出した。
「ははっ、別に構わない。
ここには俺達しか居ないんだから」
シュンタがちらりとジュウタロウを見る。
ジュウタロウは小さく息を吐いた。
「……殿下がそう仰るなら」
「ハヤトでいい」
さらりと言う。
「昔からそう呼ばれていたしな」
その言葉に、ジュウタロウの目が僅かに揺れた。
ハヤトは変わらない。
立場も、力も、背負うものも大きくなったはずなのに。
根本の部分は、昔と同じままだ。
「ほな、俺ハヤちゃんって呼んでええ?」
シュンタが楽しそうに言う。
「おい、さすがに馴れ馴れしいぞ」
ジュウタロウが咎める。
だが、
「”ハヤちゃん”なんて初めて呼ばれるな。好きにしてくれ」
ハヤトは楽しそうに笑う。
「やった!」
ジュウタロウがまた小さくため息を吐く。
「お前は順応が早すぎる」
「旅商人やからなぁ」
ケロッとしている。
そのやり取りを見て、ハヤトは自然と笑っていた。
不思議だった。
ジュウタロウが、こんな風に誰かと会話している姿を見るのは初めてだった。
すると、シュンタがふと思い出したように、ハヤトへ身を乗り出す。
「なぁハヤちゃん」
「ん?」
「俺も、子どもの頃に会ったことあるん覚えてる?」
ハヤトが目を瞬かせる。
「……子どもの頃?」
「帝都で、同じ建国祭ん時」
その瞬間。
ハヤトの脳裏に、一気に記憶が蘇った。
「……あ」
赤い髪の少年。
祭りの広場。
大道芸。
リュートの音。
そして、
『アンタ、皇族やろ?』
驚くほど距離の近い、少し年下の子ども。
ハヤトは思わず吹き出した。
「……あの時の!」
「思い出した!?」
「お前、勝手に城下へ連れ回したやつだ!」
「人聞き悪っ!」
シュンタが笑いながら抗議する。
ジュウタロウが不思議そうに二人を見る。
「何の話だ」
ハヤトは苦笑しながら、昔を思い返した。
「あの日、建国祭が嫌になって抜け出したんだ」
「護衛を撒いて?」
ジュウタロウが呆れたように言う。
「子どもだったからな」
ハヤトは肩を竦めた。
「それで城下を歩いてたら、大道芸をやってる赤髪の子どもが居て」
「それ俺」
シュンタが得意げに胸を張る。
「めちゃくちゃ目立ってた」
「そら昔から華あるんで」
「自分で言うな」
ジュウタロウが冷静に突っ込む。
ハヤトは笑いながら続けた。
「その後、祭りを案内されたんだ」
「屋台とか、大道芸とか、歌とか」
「ハヤちゃん、めっちゃ目キラキラしてたで」
「初めて見るものばかりだったんだよ」
皇族として育ったハヤトは、自由に祭りを歩いたことなどほとんどなかった。
だから、あの日の景色は、今でも鮮明に覚えている。
「最後、護衛にめちゃくちゃ怒られてたよな?」
シュンタが笑う。
「怒られた」
「俺も親父にめっちゃ怒られたで」
二人が笑い合う。
ハヤトの笑い声。
シュンタの笑い声。
中庭に、穏やかな空気が流れていた。
その光景を見ながら、ジュウタロウはふと、静かに思う。
昔から、こういう男だったのか。
シュンタは。
身分も、立場も、国も。
そんなものを気にせず、誰とでも同じ距離で接する。
気付けば懐へ入り込み、気付けば笑わせている。
不思議な男だ。
ハヤトもまた、自然体のままだった。
帝国第一皇子。
大陸中の人々から敬われる存在でありながら、昔と変わらない笑顔でそこにいる。
二人はまるで違うようでいて、どこか似ていた。
人を惹きつける光を持っている。
それはきっと、自分にはないものだ。
そう思った。
けれど、不思議と羨ましいとは思わなかった。
ただ、眩しかった。
そして、心の奥に張り付いていた氷が、少しずつ溶けていくような気がした。
噴水の水音が響く。
初夏の風が吹き抜ける。
見上げれば、どこまでも青い空が広がっていた。
ジュウタロウは静かに目を細める。
帝国へ来て良かった。
その想いはまだ小さい。
けれど確かに、胸の奥へ灯り始めていた。
コメント
1件
いやぁ…今回めっちゃ良かった…!!😭💕 中庭の静かな空気感、めっちゃ伝わってきた! しかもまさか三人がそれぞれ子どもの頃に繋がってたなんて…! 「ハヤちゃん」呼びでハヤトが楽しそうにしてるの、なんかほっこりしたし、ジュウタロウが心の氷溶かしてる感じがもうツボすぎた…!もっと読みたい→続きが気になる…ッ!✨