昼食後、小柳の口数が減った。減ったと言うよりは自発的な発言がなくなった。星導が話かければ小柳もそれには乗るものの、どこかよそよそしい。目も合わない。
やはりあの話題について正直に答えたのがダメだったろうか。
時間は過ぎて夕食を食べさせてもらって、風呂にも入れてもらった。髪をドライヤーで乾かしてもらった後、抱えられて移動する。
「どこに行こうとしてんの?」
向かう先がリビングではないことに気がついて話しかければ廊下の真ん中で止まった。
「どうやったら伝わる? 」
「……え?」
「自分を大事にしてって何回も言ってるのに無茶な戦い方してさ」
抱えられているせいで顔が見えない。頑張って首をまわしても彼の髪と耳が見えるだけだ。
声が震えている。怒りながらも泣きそうな声にぎょっとする。
「記憶の中にあるお前はいつもボロボロ」
「それは…」
「分かってる…!!そうだよ!……そうなんだよ…お前が言ってることはヒーローとして正しい。だけどさ」
突然強まった語気にびっくりして反射的に身を引く。その反応をを見かねてか後半は弱々しくぼやくように言った。
かと思えば抱える腕に力が入り、ぎゅっと抱きしめられた。心音が感じられるほど密着して星導は困惑した。明らかにいつもの彼ではない。一体どうしてしまったのか。混乱で波立つ心。
「何回伝えても俺の言葉はお前が自分を傷つけることをちょっとでも躊躇う理由にすらならないのが辛い」
さざ波の音が一瞬にして消えて、目を見開く。
小柳の腕の中で星導は絶句した。悲しみと失望の交じる彼の声が辛く、苦しそうで今更のように自分が大変な怪我をしてしまったのだと自覚した。
頭を突然鈍器で殴られたような衝撃で何も考えられない。何も言えない。
沈黙の中、小柳はまた歩きはじめた。向かう先は寝室だということに気がつく。
「どうしたら伝わる?」
部屋に入るとパチ、と寝室の照明のスイッチを入れてベットに星導を寝かせた小柳。
ベットの傍らに座るとこちらの覗き込むような姿勢で顔にかかった髪を優しく指先でよせてきた。
「ずっと考えてた……俺もうおかしくなってんだよ。頼む。拒絶してくれ」
こちらの見下ろす彼は眉尻を下げて半ば呻くように言う。
拒絶?小柳を?
何が言いたいのか分からず眉をひそめて黙って彼を見つめ返していれば今度は唇に触れてくる。
「……”愛情もないのにセックスしようとするのが信じられない”だっけ?」
いつだか自分が口走った言葉。
「俺ね、男に襲われかけたことあるんだよね」
「………は?」
いつかの酒の席、星導は何の前触れもなく小柳の前でそう言った。目が合うと自嘲的に笑う。いつもの虚言ではないと悟ったのは星導が笑えない嘘はつかないと知っていたから。
そのまま星導宅へと泊まることになったその日、彼を抱いた。
体を触られて、体のあちこちに跡をつけられたこと。知らない間に薬を盛られていたこと。その先の事はされてないけれど男から迫られて怖かったこと。連れ込まれた部屋から男の不意をつくために乱れた服も直さず逃げ出したこと。
忘れたいと言ったから。
彼が望んで拒まなかったから。
それで彼の傷が少しはマシになるのならと思ったから。
優しく肌を合わせれば体を震わせた。
何度も華奢な体を抱き締めた。
指を絡めて握れば弱々しく握り返してきた。
慰めるようにキスした。
掠れ出る声が聞こえるたびに頭を撫でた。
上書きするように何度も跡をつけた。
「あッ…あッ……ッ…」
「はぁ、はぁ…はぁ」
火起こしが出来ずに身をすり寄せ寒さを凌ぐ獣が二匹。夢中になって体を重ねていれば空が白んでいた。
「ごめん…こんなことさせて」
事後。ベットに横たわり、彼に伝う涙を拭っていればそんなことを言われた。
そっか。
お前にとって俺は同期だから。
いくら記憶喪失と言えど数えるのも億劫になる程の年月を過ごせば価値感は並の人間とは相反するものになるかもしれない。
友人相手にこんなことも頼んでしまうかもしれないよな。
ただ、彼の長い髪を梳くように頭を撫でた。
コメント
1件
主様の紡ぐ美しい物語が本当に好きです、ありがとうございます。