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「言葉で伝わらないなら、もうこれしか思いつかなくて」
懺悔するように小柳は言葉を紡ぐ。しかし、目の奥に微かに怒りと切望を孕んでいる。止めて欲しい。受け入れて欲しい。どちらにも見える。複雑に入り組んだ表情のどれもが本心に思えて困惑する。
星導は今から彼がしようとしていることにようやく気がついた。
彼とは一線を越えてしまっている。強情にも自分が彼に頼んだせいで。そして彼は文句も言わずに相手してくれた。
自分を襲おうとした男に向けての軽蔑の意味を込めた一言をその時零していた。
まさか覚えていたとは。そして彼がその言葉をよく理解しているだろうその上でしようとしているということは。
分からないふりをしたい。
この期に及んでそんなことは無理なのだろうけれど。彼を否定なんて出来ない。彼の苛立ちや愛憎が向けられているのは他でもない以前から怪我して心配や不安にさせてばかりで今は手足のない俺だから。
多分、これは今まで自分が彼にしてしまったことへの贖罪。ただ黙って抱かれていよう。そう心に決めた。
覆いかぶさって顔を近づけてきた彼。近づけば鋭く澄んだガラスのような青い目が潤んでいるのが分かった。
寸前、まつ毛が重なるほど近くに寄ったところで彼は頬に手を添えてきた。
頭を振れば、簡単に離れるくらい軽く触れてくる。抵抗する最後のチャンス、というように彼は見つめてきた。
振り払うことは出来なかった。
返事をするように黙って瞼を閉じた。
彼に抱く感情がもう何なのかよく分からない。口吻しようとすれば彼は否定も肯定もせずにただ沈黙して受け入れた。
「……なんか言えよ」
「…………言えないよ。小柳のこと拒絶しようと思えないんだもん」
星導は優しさと畏怖を含んだ目で小柳を見つめていた。微かに体が震えていて自分に対して恐怖心を持っているのが分かった。湧いたのは罪悪感だった。
「なんでお前が泣きそうなんだよ」
「……だって、だって」
いつの間に潤んでいた目に先に気がついたのは彼の方だった。
溢れてしまった涙につられて言葉も次々にこぼれていく。
「俺、最低なんだよ。何の抵抗も出来ないお前を襲おうとしてて……星導を止める言葉がないからってこんなことして」
ズキンと痛む頭を押さえる。
耳をつんざく絶叫、あり得ない方向にねじ曲がった手足、どんどんと広がっていく血の海、その中心で虫の息の星導。
病室で彼をはじめて見た時、手足がなくなったことに対するショックと生きていたという安堵で膝をがっくり床についた。
もっと早くに駆け付けていればこうはなっていなかったはず。そういう思いをするのはもう何度目のことだったろうか。
「泣かないでよ」
星導のか細い声で現実に引き戻された。
自分の下にいる彼はただただ優しく言葉を紡ぐ。
「ごめんね、ずっと気がつけなくて、鈍感で……どのくらい辛い思いしてたのか教えて……もう嫌ってくらい好きにしていいから、教えてよ」
許しを請うように彼は言う。
違う。怒りに任せてこうしてる訳じゃない。怖がらせるだろうと思ってはいた。
だってこんな状態のお前を抱こうとしてるなんてどうかしているから。だけど素直に言葉にしたところで逃げるでしょ。
だからもう、こうするしか思いつかなくて。
心の中でまくし立てるように言う。
今思っている言葉を全て口にすればさっきみたいにヒステリックに喚くことになるかもしれない。怯えている彼を余計に怖がらせることになるだろう。だから何も言わない。
彼を抱えるようにして唇を重ねた。安心させるように頭を撫でつけながら何度も深く。細い体を抱き寄せれば彼の微かな震えがよく分かった。
“もっと”
変わらない滑らかな肌に触れて思い出した夏の記憶。蒸し暑い空気と汗と柔らかい石鹸の匂い。甘えるようにせがんでいた彼。そっと蓋をした。今、思い返すべきことじゃない。