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ある日の放課後。
いつもなら一緒に残って勉強している先輩の姿が、図書室になかった。
胸の奥がざわざわする。
まさか……と足が勝手に動いて、校舎の廊下を探して回った。
そして、音楽室の前を通りかかった。
薄く開いたドアのすき間から、かすかな鼻をすする音が聞こえた。
「…え、誰だろ……」
声をかけると、ドアの向こうで動きが止まった。
そっと入ると、窓際に座った佐伯先輩が、顔を両手で覆っていた。
「っ…、?」
笑おうとして、うまく笑えない顔。
目の端は赤く、頬には涙の跡が光っていた。
「…あ、ごめん…」
ぽつりと落ちた言葉は、初めて聞く先輩の弱音だった。
いつも強くて、優しくて、明るいと思っていた人が――こんなに小さく見えるなんて。
「みんなに心配かけたくなくて……後輩の君にまで、不安な顔を見せたくなかったんだけどな…」
胸が痛くなった。
やっぱり、そうだったんだ。先輩はずっと、一人で抱え込んでいたんだ。
「……先輩」
私はぎゅっと拳を握って、言った。
「心配くらい、させてください。私、先輩に助けてもらってばっかりだから。今度は、私が先輩を支えたいんです」
先輩は目を見開いて、それからふっと息を漏らすように笑った。
さっきまでの涙がまだ残っているのに、不思議とその笑顔は温かくて、少しだけ本物に近づいた気がした。