「あああああ〜……行きたくない〜。学校、いっそのことがっこうがうっかり消失しちゃったりしないかな……」
あるはずもないことを呟きながら、あたしはトボトボと学校までの道を歩く。この一年なんとか頑張って通ってきた王立魔法学校だけど、今日の足取りは殊更に重い。
行きたくない。許されるなら、このまま回れ右して帰ってしまいたい。
なんせ今日は、入学してからの一年間の成果が試される学園の年間行事、春の討伐演習の出立日なんだもの。
これまでに習得した魔法を駆使して、できるだけ短期間で、できるだけ強大な魔物を狩る。
それだけでもあたしにとっては心底怖くて嫌なのに、さらに気が重いことがある。この演習は二人一組のパーティーで行うのだ。
嫌だ。すっっっごく、嫌だ。
だってあたし、この魔法学校でも知らない人なんかいないだろうってくらい、超有名な万年最下位なんだもの。パートナーに絶対に迷惑かけるし、嫌がられるに決まってる。
ああもう、ホント、行きたくない。
周囲がジメジメしそうなほどの暗雲を背負いながら、校内の掲示板がある広場に足を踏み入れたあたしは、一斉に興味本位の視線をうけた。
うわぁ〜……この視線、絶対面白がられてる。
でも、掲示板を見ないわけにもいかないよね。ザワザワと噂話される中を、うつむいたまま進んでいくあたしに、突然何かがドーンとぶつかって来た。
「ユーリン、おっはよーーー!」
「ナオル! おはよう」
飛びかかってきた彼女の笑顔にホッとする。
劣等生のあたしにも気軽に声をかけてきてくれる、元気で明るい彼女は、唯一のあたしの癒しだ。彼女の動きに合わせてぴょんぴょん跳ねるポニーテールに、重かったあたしの心もちょっと軽くなる。
……よかった、周囲の遠慮のない視線に心が折れそうだったんだよー。ありがとう、ナオル。
そんなあたしの心の平穏は、次のナオルの発言で、一瞬にして吹き飛ばされてしまった。
「すごいじゃん、ユーリン! あんたのパートナー、なんと首席騎士様だよ!」
「はぁ!?」
「いやー、これはさすがに予想外だったわ! 相変わらず面白いよねー、あんたって! 笑いの神から加護でも貰ってるんじゃないの?」
え? いま、ナオルったら、首席騎士様って言ったよね!?
心底面白がってるみたいだから、冗談ってワケでもなく。
首席騎士様って……あの、首席騎士様?
この大陸随一の実績を誇る王立魔法学校において、他を大きく引き離し常に学年トップの成績をおさめていると噂の、完全無欠で無敵と名高い……あの、首席騎士様!?
いやいやいやいや、でもそれって、あり得ないのでは。
だって春の討伐演習のパートナーって、成績上位者から順に組んでいくんだって、先生が言ってたんだもん。
成績のいい人にとってはおさらいみたいに簡単で、あたしたちみたいな下位成績を収めるようなアホは命を張ってレベルアップを図るんだって……そう聞いてたんだもん。
首席騎士様があたしのパートナーって、どう考えても無理がない?
混乱しまくりなあたしの目に、その時、不思議な光景が映し出される。
目の前の雑踏が、さあっと見る間に分かれていく。突然開けた空間の先には、首席騎士様、その人がいた。
あたしとは真逆の万年首席、しかも代々この国の剣とまで呼ばれる名高い騎士の家系に生まれ、魔法だけでなく剣技も得意なゆえに『首席騎士様』と呼ばれる彼は、深い紺の髪に狼のように鋭い視線と仏頂面。
もちろん体格にだって恵まれている。180cmを超えるような長身に、しっかりと筋肉も纏っている魔術師らしからぬ立派な体躯からは、威圧感がビンビンに漂っていた。
ひええ、怖いよう。
「……君が、ユーリン・サクレスか?」
低い落ち着いた声があたしを呼ぶ。
とりあえずあたしは、コクコクと人形みたいに首を縦に動かす事しかできなかった。だって話したことも無いし、首席騎士様は元々が無口な人だから、雑談しているのさえ聞いたことがない。
学年トップの首席騎士様が、万年最下位のあたしとペアだなんて、絶対怒ってるに決まってるもの……!
恐る恐る見上げたら、真っ青で爽やかな空を背景にした、首席騎士様の仏頂面が見えた。
「今回の演習では、君が俺のパートナーらしい。よろしく頼む」
「は、はい!」
「これから演習の説明があるようだが」
「はい!」
もう「はい」しか言えない。
言外についてくるように促されて、あたしはちょこまかと首席騎士様の後に続く。
「頑張れよー!」
ナオルの完全に面白がっている声援を背に受けながら、あたしは黙々と首席騎士様の後について歩いた。やっぱりさぁ、首席ともなると、説明も最前列で聞こうとか思うのね。あたしなんかもう、できれば目立たない端っこでって思うのに。
そんな小さなことにすら、ちょっとしたギャップを感じてしまう。演習の説明が始まるまでの僅かな間、あたしは、真っ直ぐに前だけを見ている首席騎士様をこっそりと見上げていた。
首席騎士様のことで知っていることなんてわずかだけれど、それでも演習が始まるまでに少しでも思い出して、ちょっとでも足手まといにならないように、彼が心地よく過ごせるように尽力したい……そう思った。
そう、思ったんだけどね!
現実ってのは残酷だよ。
長い長い演習における注意事項だの禁止事項だの、ありがたい校長のお話だの、鼓舞するための学年主任のお話だの、さまざま聞いてぐったりしたところで、やっと演習に出ようとしたのにさ。
あたしと首席騎士様をわざわざ呼び止めて、学年主任の先生はこう仰った。
「ユーリン・サクレス、君はハンデだ」
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