テラーノベル
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ニ週間後の日曜日、保育士である姉に花斗を預けて、壱月とお呼ばれしたホームパーティーへ向かった。
カジュアルなパーティーだからめかし込まなくていいと壱月に言われていたため、小花柄のワンピースに小さなイヤリングを着けてきた。
東京の郊外にあるそのお宅は、どことなくアメリカの一軒家を思わせる。
壱月に腰を抱かれ、私はその立派なお宅の門をくぐった。
てっきり玄関からお邸の中へ入るのかと思っていたら、「こっち」と壱月が方向転換する。
どうやら、ガーデンパーティーらしい。
やってきたのは、美しい庭だった。
西洋風の広い庭で、秋咲きの薔薇がところどころに咲いている。石畳の敷かれた上にテーブルが置かれ、まるで日本じゃないみたいだ。
「海野キャプテン!」
不意に声をかけられ、壱月が軽く手を上げる。
やってきたのは、副操縦士の袴田さんだ。フライトでよく一緒になるらしく、彼と壱月は仲が良い。
「奥さん、ご無沙汰してます」
ぺこりと頭を下げられ、私も会釈を返した。『奥さん』と言われるのは、いまだにくすぐったい。
すると今度は奥から、他の人よりも少し大きな体格の男性が現れた。
「ヘイ、イツキ!」
「ヘイ、ジョージ!」
壱月は彼と笑顔でハイタッチ。どうやら、彼がこの家の主らしい。
「コンニチワ! Mrs.Umino?」
「えっと……I’m Aine」
急に英語で話しかけられ、しどろもどろになってしまった。けれど、彼は満面の笑みで私たちを歓迎してくれた。
「アイネ! カワイイね!」
「サンキュー」と軽く会釈して、持ってきた手土産を渡す。壱月が選んでくれたワインだ。
「イイネ! オサケ、ダイスキ!」
彼はハハっと大きく笑って、それから「タノシンデクダサイ!」と言い去っていった。
「愛音、サンキュ」
壱月を見上げると、にこやかに微笑んでくれた。
けれど、パーティーが始まると段々と居づらくなってしまった。
というのも、聞こえるのが英語・英語・英語だったからだ。
出迎え時は日本語で話しかけてくれたジョージさんも、英語で話す。
おかげで、私は流暢な英語を話す壱月の隣で、ニコニコと愛想笑いを浮かべているしかできないでいた。
学生の頃は、英語の成績はそれなりに良かった。けれど、社会人になってからは触れる機会があまりない。
すべての英語が聞き取れないわけではないけれど、聞くのと話すのはまた別の技量が必要だ。
なにを話しているかは、英語でもなんとなくわかる。でも咄嗟に英語を口にできないから、会話に入れないのだ。
置いてけぼりをくらってしまったようで、私は段々と小さくなってしまう。
ふとパイロットらしい人たちとの会話の中で、壱月が気を使って私に微笑んでくれた。
えへへと笑い返し、頭を下げる。
だが、壱月はどうやら私のことを自慢していたらしい。周りに冷やかされ、照れつつも「サンキュー」と返して……。
そんなやりとりをしながら、私はただ、時間が過ぎていくのを待つ。
「そろそろ、帰ろうか」
しばらく経ったとき、壱月がそう聞いてきた。だけど、まだまだパーティーははじまったばかりだ。
きっと、壱月に気を遣わせてしまったのだろう。
「ううん、大丈夫。少し、お手洗いに行ってくるね」
私はそう言うと、お邸の中へと入った。
どうしよう、場違いだな、私……。
広いお邸内のお手洗いで、ひとりため息をこぼす。先ほど見た光景を、脳裏に思い浮かべたら、余計に気が重くなった。
晴れた空に、映える緑の庭は美しかった。日本人ばかりと思っていたが、半数もいなかった。
英語が飛び交い、穏やかに男女が談笑する、きらびやかな世界だった。
想像していたパーティーとは程遠い、セレブな雰囲気。けれど、きっと航空業界で働く彼らにとっては、これが日常なのだろう。
壱月に迷惑をかけるわけにはいかないと、私は早々にお庭に戻る。
だがその手前で、私は立ち止まってしまった。
『海野キャップの奥さま、見た?』
『キャップがベタ惚れだからどんな人かと思っていたけど、思ったより普通の人ね』
そんな会話が、聞こえてきたのだ。
ある程度の英語力があるせいで、内容がわかってしまうのがつらい。私はそこに立ち尽くしたまま、動けなくなってしまう。
『結婚式を挙げなかったの、彼女のワガママなんでしょう? 常識が無いのかしら?』
『それに、ジュース飲んでいたわよ。シャンパンも飲めないのかしらねえ、ふふふ』
『お召し物だって、普通の……いえ、あれは普通以下だったかしら』
ヒソヒソ声でクスクスと笑われ、恥ずかしくなってうつむく。
すると自分の着てきたワンピースが目に入り、泣きたくなった。
確かに、私の勤めるアパレル店はファストファッションブランドであるし、今日もお店の服を来てきた。
でも、だからって、陰で笑わなくたっていいじゃない。
「愛音!」
向こうからやってきた壱月が、私に気づいて声をかける。
すると女性たち一度こちらを見て、気まずそうな顔した。
「壱月、お待たせ」
慌てて笑顔を貼り付けて、壱月のもとへかけ寄る。
彼女たちのほうをちらっとみたけれど、もうそこには居なかった。
*
パーティーからの帰り道、壱月と手をつなぎながら、姉の家までのんびりと歩いた。
花斗のお迎えの時間まで、もう少しある。
「愛音、今日はサンキュ、な」
不意に壱月が口を開いたから、「ん?」と顔を上げた。
「嫌な思いをさせただろう。でも、その場の空気壊さないように、踏ん張って笑顔つくってくれた」
壱月はこちらに振り向き、困ったように微笑む。
それで、はっとした。
ちゃんと壱月は見ていてくれた。
それだけで、落ち込んでいた気持ちがすっと落ち着いてくる。
だが、壱月はすぐに顔をしかめる。
「俺がすぐに気づけば、よかった。あいつらのことは気にしないでくれ。くだらないマウントをとって、自分のほうが上だって喜んでるだけだ。俺も、会社で会ったら注意しておく」
壱月はため息をこぼす。どうやら彼女たちはCAさんだったらしい。
「ううん。全然気にしてないし、大丈夫だから」
壱月は社内で人気のキャプテンだ。壱月から注意などされたら、彼女たちは嫌な気持ちになるだろう。
それに、私にだって問題はある。
「私も全然英語喋れなかったのは、悪かったから。英会話教室、通おうかな」
ヘヘっと笑うと、壱月は慈しむようにこちらを見つめる。
それだけで、頬が熱くなる。
好きだ。愛しい。
壱月はそれ以上なにも言わずに、繋いだ手をぎゅっと強く握ってくれた。
コメント
1件
**はる。** うわ、この回めっちゃ胸にきた…。愛音さん、英語のパーティーで置いてけぼり&陰口ってキツすぎる。でも「ちゃんと壱月は見ていてくれた」ってシーンで一気に救われたわ。あの手をぎゅっと握るところがもう、好きすぎる。壱月の「俺がすぐに気づけばよかった」にもグッときた。お互いを思いやる関係性が尊い…次も楽しみにしてる🔥
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