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凛の独白
自分が蓮に抱く感情が、いつから普通のものではなくなっていたのか──思い返しても、はっきりとは掴めない。
最初はただ、可愛い弟だと思っていた。口下手で不器用な自分とは違い、蓮は器量がよく、何でもそつなくこなす。天使のような笑顔と、彫刻のように整った顔立ち。幼い頃から周囲と一線を画す存在で、自慢の弟だった。
泣き虫で、寂しがりやなその子が、何でもないことで俺にすり寄って来るたびに、心が浮くような幸福を覚えた。成長するにつれて彼の佇まいには色気が増し、小学生の頃から周囲に「妙に妖艶だ」と囁かれるほどだった。
何度も“悪い虫”を駆除した。だがそれは単に弟が可愛いからというだけではない。知らぬ間に、蓮が誰かに攫われるのを、決して許せないという感情が湧き上がっていたのだ。
思春期になって芽生えた浅ましい欲望は、消えるどころか深まっていった。弟を犯したいと願ったことは一度や二度ではない。その身体を組み敷いて、自分だけのものにしたいと、幾度も思った。
この気持ちは絶対に悟られてはならない。もし「兄ちゃんなんか嫌いだ」と言われたら、自分はきっと堪えられないだろう。だから、気付いた瞬間から、自分の感情に蓋をした。
──実の弟をそんな目で見るなんて、絶対にしてはならないことだと。常識や世間体がその蓋を支えてくれている間はまだ良かった。
だが現実は残酷だった。あどけなさを残した少年が、美しい青年へと変わっていくにつれ、自分の中の感情はどんどん肥大化していった。
日に日に強まる独占欲と情欲。逃げ場を求めて飛び込んだのが、役者という世界だった。舞台に没頭し、演技に打ち込み、必死に自分を保とうとしたのは、ただ一つ──蓮を“自慢の弟”のままにしておきたかったからだ。
だが、どれだけ懸命に抑えようとしても、蓮は無邪気に懐いてくる。封じていた感情がいつ暴走するかわからない恐怖に、夜ごと震える自分がいる。それが、何よりも怖い。
少しでもこの気持ちを隠すために、中学を卒業すると同時に実家を出た。
――なのに、蓮はよりにもよって自分と同じ道を選び、同じ世界へやって来た。
その頃の蓮には、誰か想う相手でもいたのだろう。本人に確認したわけではないが、行き場のないやるせなさを埋めるように、ひたむきに演技へとのめり込んでいった。
舞台に立つ蓮は、しなやかで美しい。元々の器量の良さに加え、人を惹きつける天性の演技力。
それを目にするたび、才能の差を突き付けられるようで、嫉妬や劣等感が胸を蝕んだ。
自分は人の何倍も努力を重ね、何年も掛けてようやく人並み以上になったというのに、蓮は努力の痕跡すら見せず、あっさりと飛び越えていく。
昔からそうだった。何をやっても簡単にこなしてしまう天才肌。しかもカリスマ性まで備えている。――悔しいが、彼に勝てる要素など、自分には一つもなかった。
それでも。困ったときは真っ先に自分を頼ってくる。蓮に必要とされるのは、どうしようもなく嬉しかった。
ならば、せめて良き兄であり、良き相談相手でありたい。そうやって生きていれば、いつかこの浅ましい想いも消えるのではないかと信じてきた。
……それなのに。
ここに来て「本音を知りたい」と言い出すとは思いもしなかった。
自分はまだ、蓮の理想の兄のままでいたい。
なのに、今さら何故……。
ずっと蓋をしてきた思いを暴かせようというのか。それで蓮がどう思うかなど、分かり切っているはずなのに。
だが、真剣な瞳で見据えてくる蓮は、ただ真っ直ぐに凛の答えを欲していた。
「――俺の本心なんて、知ってどうする」
深い溜息を吐きながら、凛はゆっくりと蓮に歩み寄る。
唐突な行動に、蓮が一瞬だけ身を強張らせた。だが、もう後戻りはできない。
目の前で立ち止まった凛は、両手で蓮の頬をそっと包む。
触れた肌の温もりが、あまりにも心地よくて。――手放すなど考えられない。ずっと、自分の側に置いておきたい。
だが、それは叶わぬ願いだと分かっているから。
「兄さん……?」
戸惑う声に、凛は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「お前は本当に……。俺のペースを崩すのが上手いな」
「……えっと……何が……?」
何を言っているのかわからないと言った風に、蓮が首を傾げる。
その仕草が酷く幼く見えて、凛は苦笑しつつ蓮の身体を引いて抱き寄せた。
ふわりと微かに香る柔軟剤はいつも彼が使用していたものとは違う。恐らくはナギの好みに合わせているのだろう。
その事に気付いて、凛は僅かに眉を顰めた。
弟が……蓮が自分の知らない所で変わっているのが何だか寂しくて、胸が締め付けられるように痛い。
ずっと側にいると思っていた弟の存在がこんなにも遠く感じる日が来るなんて思いもしなかった。
「……」
「兄、さん? あの……」
「蓮……。俺は、お前が思っているような出来た人間じゃない。頭の中で何度犯して啼かせてやったか……。その身体を犯し尽くして……。俺にしか頼れないようにしたいと、何度思ったか知れない……」
蓮の背中に回した腕に、力を込める。蓮は硬直したように動く事も出来ずに、ただ呆然と凛の言葉を聞いていた。
それはそうだろう。ある程度は覚悟してはいただろうが、兄弟だと思っていた相手からいきなり性的な目で見られていたなんて言われたら、誰だって混乱するに決まっている。
怖がられるのは本意じゃない。だが、ここまできて止める事などできないのだから仕方ない。
「今だってそうだ。こんな無防備に俺を煽って……。今すぐ此処で抱き潰してもう二度と離したくないと言ったらお前は承諾してくれるか?」
抱き締められたまま、蓮は身体を強張らせ、言葉を失っていた。
沈黙だけが流れる。答えなど聞くまでもなく分かっている。――YES以外の答えなんて聞きたくないのに、それでも凛は敢えて蓮にそう問いかけた。