テラーノベル
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カフェの後、陽葵の家に向かった。
夜ご飯は、陽葵が作ってくれた。すごく美味しそうだし、 いい匂いもする……はずなのに。
口に入れて、噛んで、飲み込む。
でも、やっぱり、何も分からなかった。
「……どう?」
「……うん、美味しいよ」
そう言った瞬間、陽葵の表情が変わった。
目を見開いて、それから少しだけ、困ったみたいに笑う。
「……やっぱり、か…」
「え?」
陽葵は少し言いづらそうにしてから、ぽつりと言った。
「その料理、ちょっとだけ辛くしてたんだよ」
一瞬、頭が追いつかなかった。
「え、でも……」
「紗奈さ、少しでも辛いとすぐ涙出るじゃん」
……あ。
確かに。昔からそうだ。少しでも辛いとすぐ涙がでていた。
なのに、今は何も起きていない。
陽葵は箸を置いて、静かに息を吐いた。
「……味、しないんだよね」
否定できなかった。
「治そうよ、それ!」
陽葵はそう言って、立ち上がった。
冷蔵庫や棚から、いろんなものを出してくる。
甘いもの、しょっぱいもの、酸っぱいもの。
少しずつ食べてみたけど、全部同じだった。
「……ごめん」
僕がそう言うと、陽葵は首を振った。
「謝ることじゃないよ!」
少し考えてから、申し訳なさそうに言う。
「…じゃあ………これは、どう?」
取り出したのは、真っ赤なパッケージの超激辛カップラーメン。
「え……」
「どうしても無理なら食べなくてもいいけど、食べてほしい!食べてみて!」
…断れなかった。
押しに弱いのは、昔からだ。
一口。
ピリッ。
「……っ」
舌が、わずかに反応した。
でも、それは味じゃなかった。
辛いとか、しょっぱいとか、そういう形がない。
ただ、
「なにか感じた…ピリッて」
ぼんやりした刺激だけ。
空っぽだった場所に、
小さな針で触れられたみたいな感覚。
味は、しない。
でも、無なんかじゃない。
「……少しだけ」
そう言うと、陽葵が一気に身を乗り出した。
「今の味感じた!?」
「味はしないけど、えっと…ピリッて… 」
自分でもうまく言葉にできなくて、胸の奥がざわっとした。
失くしたと思っていたものが、
ほんの一瞬、遠くで瞬いたみたいだったから。
陽葵は本気で安心した顔をして、笑った。
「よかった、全部味覚がなくなったのかと」
その言葉に、 少しの怖さと、ほんの少しの希望が混ざった。
そのあと、お風呂の時間になった。
先に入らせてもらって、陽葵の部屋をかりた。
ドアが閉まった音がして、部屋の中に僕一人になる。
その瞬間だった。
張りつめていた何かが、
音もなくほどけた。
大丈夫なふり。
平気なふり。
倒れないように、気を張っていた全部。
一人になった途端、
それを続ける理由が消えた。
「……あ」
足元が、ぐらつく。
意識が、すっと遠のいていった。
「紗奈!!」
誰かの声。
目を開けると、知らない天井じゃなくて、
陽葵の部屋だった。
布団の中。
頭が少し重い。
「……また、迷惑……」
起き上がると、陽葵の姿がない。
リビングに行くと、ソファーで陽葵が寝ていた。
服もそのままで、きっとずっと起きてたんだと思う。
毛布をそっとかける。
すると、陽葵が目を開けて、僕を見て微笑んだ。
「もう大丈夫?」
「……うん」
少し沈黙してから、陽葵が言った。
「最近の紗奈さ、ちょっとおかしいよ」
責める声じゃなかった。
「何か、あるの?」
……陽葵になら、話してもいい、かな…。
そう思えた。
窓の近くで二人並んで星を見ながら話した。
最近、よく倒れること。
味がしなくなったこと。
吐き気や、めまい。
息が苦しくなること。
全部。
陽葵は途中から、いつもの明るさを消して、静かに聞いていた。
「……俺さ」
ぽつっと言う。
「明るすぎて逆に、紗奈を困らせてたのかな…」
「……違うよ、……そんな事ない」
「……陽葵がいてくれたから、僕は…」
陽葵は少し驚いて、それから小さく笑った。
次の日の朝は、いつも通りだった。
並んで家を出て、学校に向かう。
全部が解決したわけじゃない。
苦しさも、不安も、まだある。
でも
一人じゃない。
それだけで、少しだけ前に進めた気がした。