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「ぅ……ぁぁぁぁ……くっ……ぅぅ」
 雨のふりしきる暗い夜の街に、堪えきれない俺の嗚咽が響いている。通り過ぎる人達は、まるで俺が見えていないかのように見向きもしない。むしろ今はそれでよかった。下手に声をかけられても何も答えられそうにないから。

 先程殴られて腫れたままの頬を、冷たい雨が優しく撫でていく。こんなはずでは無かった……。心の支えをなくした俺は、フラフラと立ち上がるとネオンきらめく街の中へと溶け込んで行った。


「なぁ……連絡あった?」

「いや……俺のとこには何も……ニキニキは?」

「俺のとこにもないな……キャメは?」

「俺のとこにもなんも……じゅはちは……」

「私んとこにもなんもない……どこいったんやろ……」


 その日は毎週恒例の会議の日。いつもなら時間より少し早めに来ているボビーの姿がそこにはなかった。心配になって皆でスマホを鳴らしてみてもなんの音沙汰もなく、家まで見に行ったりもした。でもそこにもボビーの姿はなく、むしろ何日か帰っていないようで、郵便物が溜まってしまっていた。その状態を、すぐにスマホで全員へと共有し、手分けをして探している状態だった。


「ねぇニキニキ」

「ん?」

「最後に連絡とったのっていつ?」

「え……俺?」

「そ!多分、1番連絡とってるでしょ」


 そんなことは無いだろうと思いつつ、履歴を確認する。最後のやり取りは、4日前で恋人とのデートに行くという話で終わっていた。そこでのボビーは、文面からでも幸せそうなのが伝わってきていて、よほど相手のことが好きなんだろうということが伺えた。

 そのやり取りを見て、俺は小さくため息をつくとふたたび通話に戻った。


「4日前だな」

「4日前か……やっぱり最後はニキニキなんやね」

「え?じゅはちとか連絡は?」

「私あんま連絡取らへんよ?」

「あ……そうなんだ……」


 正直意外だった。女の子大好きなボビーなので、こまめに連絡を取っているもんだと思っていた。ボビーが女好きだから……だから我慢していたのに……。


「……キ……」

「ニキニキ!」

「ん?……あ……あぁ、ごめん聞いてなかった」

「まったく……」

「最後何話したの?って聞いてるんだけど!」

「あ……あぁ、デート行くって浮かれた話」

「それは……」


 俺が少し笑いながら言うと、俺の気持ちに気づいているりぃちょが息を飲む。まぁそれはそうだろう。好きなやつから惚気聞かされたと聞けば、多少は気を遣うだろう。でも正直なところ慣れっこだった。

 ボビーはあまり恋人と長く続くことがなく、取っかえ引っ変えしている節があった。恐らく本当に好きな相手では無いのだろう。だからこそあまり心配をしていなかった。ボビーがのめり込むほどの相手と出会えていないということだから……。


「で?どこ行くとかなかったの?」


 不自然な沈黙を破ったのはキャメだった。計算なのか素なのか分からないが、こうやって話をぶった切ってくれるのに今回は助けられた。俺はもう一度トーク画面を確認してから通話に戻った。


「言ってなかったな……飯行くとしか書いてない」

「そっか……」


 それ以上は誰も何も言えなくなってしまった。話を続けようにも、糸口が見つからない。ボビーが居ないことには、進められない話もあるし、できない仕事もある。


「とりあえず、マネージャーには話しとくわ」


 何とか振り絞って出た俺の声は、情けないほどに掠れていた。それに対し、誰もちゃかしたりしてきしてりすることもなく、小さく頷くだけで静かな時間が訪れた。

 マネージャーへと報告のメッセージを打ちながら、どこにいるのかと考える。心当たりがない訳では無い……ない訳では無いが、居るはずがないとすぐに心の中で否定した。でも何度否定しても、1人になれて何日間も泊まる場所が近くにあるところ……と考えると、あそこしか思いつかない。俺とボビーだけの秘密の場所。


「心当たり……あるかもしれない」

「え?」

「どゆこと?」

「くわしく!!」


 ポツリと呟いた言葉に、全員が前のめりになって聞いてくる。俺はゆっくりとその場所について話を始めた。


 

 まだ俺が広島から出てきたばかりの頃……。俺もボビーも伸び悩んでいて、編集も活動も辛いと思う日が続いていた。慣れない土地に、一人でいる冷たい部屋。毎日通話を繋げて愚痴ったり弱音を吐いたりしていた。そんなある日、ボビーがポツリと海を見たいと呟いたことがあった。どんな気持ちだったのかは分からない。でも、今にも消えてしまいそうな弱々しい声に、いても立ってもいられなくなった俺は、急いでボビーの家へ行き、簡単な貴重品だけ持ってタクシーに乗り込んだ。

 しばらくタクシーに揺られていると、黙って窓の外を見つめていたボビーが小さく声を出した。


「あ……海や……」

「……すみません、ここで降ろしてもらえますか?」


 俺は、支払いを済ませてタクシーを降りた。そして、ぼんやりとしているボビーの腕を掴んで砂浜へと降りていった。


「ボビー」

「……」

「……流石にこの時間だと寒いね」

「せやなぁ……」


 夏も終わりごろで、日が傾いた時間帯。海からの風は波に晒され冷たく夜の匂いを纏っていた。何を話すでもなく、そのままそこに腰掛けた俺たちは、時間が過ぎるのも忘れて、ただじーっと打ち寄せては返す波を見つめていた。しばらくそうしていると、さすがに体が冷えたのか隣に座っていたボビーが、フルッと小さく体を震わせた。


「寒くなってきたね」

「せやな……」

「どっか入ろう」

「……おん」


 まだ少し上の空のボビーの腕を引き、近くにあった寂れたビジネスホテルに入った。ボビーを1人にするのは少し不安だったので、2人部屋をとって泊まることにした。


「ボビーも飲む?」

「ん……」


 途中のコンビニで買ったビールを差し出すと静かにそれを受け取ったボビーは、蓋を開けて一気にそれを空けた。普段とは違う飲み方に不安になるが、口には出せない。それを言ってしまうと、ボビーの壊しちゃいけないものを壊してしまいそうで怖かった。


「なぁ……」

「なに?」

「お前がおってくれて……よかったわ……」

「そ?もっと感謝してくれてもいいんだよ?」

「……ぶはっw」


 わざとらしく胸を張って答えると、一瞬ポカンとなったボビーは、堪えきれないというように吹き出した。困ったように眉毛を八の字にして笑うボビーの目尻には、小さな涙が光っていた。


「そっか……そんな事あったんだ」

「私の知らん頃やね」

「一時期……苦しんだもんね」


 当時を知っているりぃちょは、何かを思い出したのかしみじみとしたような声を出した。割と強気な活動をしている俺らの印象の強いじゅはちとキャメは少し驚いているようだった。

 自分に自信がなくなって、やってることが正しいのかどうしたらいいのか…。互いに実家から離れて遠い土地で独り。来る日も来る日もPCに向かう日々。辛くても誰にも言えなくて…泣きたくても泣けなくて…。そんな頃が俺たちにもあった。その時に、ボビーとふたりで訪れたあの海は、今でも悩むと一人で行ったりしていた。なぜだかあそこに行くと、肩にある重たいものがフッと軽くなるような気がして今でも大切な場所だった。


「俺……ちょっと行ってみるよ」

「え?いまから?」

「……あぁ」

「俺、車出す?」


 現在の時刻は22時をすぎていた。この時間から海へ向かうとなると心配されるのも仕方ないのかもしれない。車を出してくれるというキャメは都内住みでは無いので待っていると遅くなりそうだった。なにより…まずは2人で話したいと思っていた。俺はひとつ深呼吸をしてマイクへと向き直った。


「いや…俺が……ふたりで話したい…かも」

「わかった!迎えが必要なら言って!用意しとく」

「サンキュ」

「ニキニキ?なんかあったら連絡してね?」

「俺らも待機してるから!」

「おぅ」


 俺は通話を切ると、そのまま財布とスマホと家の鍵をカバンに突っ込んだ。そのまま家を出ようとして……ふと思いついて予備のジャージを1組とインナーのシャツ、買ったばかりの下着を傍にあった紙袋に入れて家を後にした。


「○○まで」


 大通りに出てタクシーを止めて手短に行先を告げた。思いつきでしか無かったけれど、そこにいると信じて…。むしろそこにいて欲しかった。俺の知らないどこかへ行ってしまっていたら、どうやって捕まえに行けばいいか分からない。なんで急に何も言わずに数日家を開けているのか分からないけど…。とにかく無事でいてくれ。その一心だった。

 いつの間にか握りしめていた自分の手に、深い爪の跡があるのに気づいて苦笑いをして、視線を窓の外へと移した。雲ひとつない夜空に、小さく星がいくつか煌めいていた。若干霞んだ色をしているそれらは、ボビーに会えなくて焦っている俺を嘲笑っているように見えた。


「ありがとうございました」


 お礼を言いタクシーを降りると、あの日と変わらない静かな海がそこには横たわっていた。寄せては返す波音と、むせ返るような潮の香りが辺りを埋めつくしている。俺は徐に砂浜の方へ向かうと、ゆっくりと辺りを見回した。少ない街頭の灯りだけが頼りで、薄暗くハッキリとは見えない砂浜に、ユラリと揺れる何かがいたような気がした。その何かの方を目を細めて見ていると、確かにそこには人影があった。

 俺は、その人影の方にゆっくりと近づいていく。瞬きをするとその刹那に消えてしまいそうなほど儚いそのシルエットに、目をそらすことが出来ずにゆっくりと……でも着実にそちらの方へと歩を進めた。


「ぁ……ボ…ビ………」


 そのシルエットが近づき、ハッキリと姿を目視できる距離まで近づいた時、それが行方不明だった最愛の相棒だと分かると、もう足を止めることが出来なくなっていた。ちゃんと名前を呼びたいのに、喉が張り付いて上手く声が出せない。足を砂に取られながら前のめりでそばに寄ると、ボビーはゆっくりとこちらを見上げて、ビックリしたように目を見開いた。そして、フワッと儚げに笑うと、視線を海へともどした。


「どうしたんや?そんな慌てて」

「……どうもしない」

「そうかぁ……」

「隣……座っていい?」

「ええで……」

 

 何を話したらいいのか分からなくて、とりあえずボビーの横に座った。何を話すでもない、ただ二人の間に波の音だけがあるその空間は、むせ返るような潮の香りすら気にならないくらい、心地のいいものだった。

 どのくらいそうしていたのか分からない。ふとボビーが口を開いた。


「戻るか……」

「なぁ……ついてってもいいか?」

「ん?……あぁ、しゃぁなしやぞ?」


 クシャっと顔をゆがめて力なく笑うボビーに、俺はかける言葉が分からず小さく笑い返して後について行くことにした。ボビーが向かった先はあの夜に泊まったのと同じホテルで、ロビーで部屋の鍵を受け取ると当たり前のように部屋へと向かっていった。

 部屋の中に入ると、そこには着替えも何も無くただ交換されてイヤに綺麗に畳まれているバスローブとタオルだけが置かれていた。俺は、小さくため息をつくと手に持っていた袋をボビーへと突き出した。それを不思議そうな顔で見つめたボビーは、無言で受け取ると中身を確認しクスクスと小さく笑みを浮かべた。


「このジャージ……お前のやんなw」

「……なんだよ!」

「……いや、ありがとな。着替えてくるわ」

「……おう」


 そう言ってシャワーを浴びに行ったボビーの後ろ姿を見送って、俺はやっと安心できた気がして力なくそばの椅子に座りこんだ。ほんとにここに居た……居ないかもしれないと思いつつもここに来てよかった。やつれているようには見えたけど、ちゃんと元気そうではあった。顔色が悪く感じたのは、きっとあまり寝られていないからだろう。

 浴室から聞こえるシャワーの音を聞きながら、スマホを取りだしてメンバーへと連絡をする。とりあえず見つけたと……。ただまだ話が出来ていないから、また後ほど連絡するとも伝えた。とりあえず2人で話がしたかった。急に姿を消した理由……。俺に話せる内容なのかは分からなかったが、とりあえず聞かねばならないと思った。


「ふぅ……着替え助かったわ」

「ん……っ」


 髪の毛を拭きながら出てきたボビーは、俺の服を全身にまとっていて、華奢な身体を覆う少し緩い俺のジャージが、なんとも言えずエロかった。好きな人が自分の服を着ている……それだけでも結構クるものがあるのだと、初めて知った。


「やっぱ、お前ガタイええんやな……デカく感じるわ」

「ボビーが……細すぎなんだよ」

「っるせぇww」


 ボビーが目の前で笑っている。それだけで胸が苦しくなる。袖を掴んで腹回りのサイズ感のデカさに驚いて笑っているボビー。それを見ているだけでこんなに苦しくなるなんて……。俺は、自分が思っていたよりもボビーのことを想っているようだった。


「……なんも聞かんのか?」


 ベッドに腰掛けてまっすぐ前を向きながら問いかけてくるボビー。その瞳はとても空虚だった。何がボビーにそんな目をさせているのか…考えるだけでも胃のあたりがキリキリとした。

 その痛みに気付かないふりをして、俺は真っ直ぐにボビーのことを見つめた。その視線に気づいたボビーが俺の方を振り返って小さく首を傾げた。


「……無理には聞かん」

「……そっか……話したいって言ったら……どうする?」

「話したいなら……聞く」

「ニキならそう言ってくれると思ってたw」


 クスクスと小さく笑いながら、俺を手招くボビー。俺は誘われるままに、ボビーの横に座った。すると、ボビーはコテンっと俺の肩に頭を預けて、ゆっくりと息を吐いた。いきなり感じる愛おしい重みに、俺はビクリと身体を震わせた。それにもクスクスと笑うボビーは、どこか儚げだった。


「あんな……俺、恋人おったやん?」

「……あぁ、デート……行くって言ってたもんな」

「そう……でな、振られてん」

「は?……え?なんで?」


 なんのことも無いように呟くボビーに、俺は目を見開いた。表情を見ようにも、肩に頭が乗っているからよく見えない。もしかしたら、見られたくなくてこの状態になったのかもしれない。


「……俺はアイツのこと好きやないっていわれてん……」

「どういう……」


 言っている意味がわからず聞き返そうとしたら、パッと肩から頭を上げたボビーに至近距離で見つめられた。少しでも動けば唇が当たってしまいそうなほどの距離に、不覚にもドキドキと胸を高鳴らせてしまう。


「俺は、アイツを誰かの代わりにしとるって言われてん」

「誰かの……かわり?」

「せや……ホンマに好きやけど付き合えへん相手と…」

「……ほんとに好きな人?そんなんいるの?」

「俺も気づかんかったんよ……アイツに言われるまで…」


 そこまで言って、困ったような笑顔になったボビーは、徐に俺の頬に右手を添えてきた。それの意図することが分からなくて、困惑した顔をしているのを自分でも感じた。どう反応をすればいいのか分からず、そのままの状態で固まっていると、ボビーはフワッと可愛らしい笑顔になって首を傾げてきた。


「…ホンマやったわ……アイツの言うこと」

「どういうこと?」

「俺な、1人になりたくてここにおったんやけど…」


 そこまで話してまた黙るボビー。言葉を選んでいるのか、時折瞳が揺れていた。澄んだ瞳は綺麗で、薄く弧を描く唇は柔らかく甘そうで……吸い込まれてしまいそうなほど魅力的な彼に、目眩がした。


「ずっと……ずっと……お前に会いたかった」

「え?……どういう意味?」

「新宿の街中で頬叩かれて振られて…」

「……」

「恋人って心の支えやから…喪失感で泣いて泣いて……」

「……」

「気づいたらここにおった……でいつの間にかお前のこと考えとった……」

「俺の……こと?なんで?」


 真っ直ぐに俺の目を見つめながら言われている内容が分からなくて、何度も聞き返してしまう。そんな俺をバカにするでもなく、真剣な目で見つめながら優しい声でボビーは続けた。


「俺……お前のこと好きみたいやねん」

「え?それは……仲間として?」

「それもあるけど……人として……恋愛対象としてやな」

「は?……え?うそ…だろ?」

「嘘は酷いやろww」


 突然のことに狼狽える俺に、カラカラと笑ったかと思うと、急に心細げな顔をしてか「迷惑か?」と小さな声で尋ねてきた。迷惑なわけなかった……でも言葉にできなくて……。なんと言ったらいいかわからなくて……。無言でボビーの腕を引いて俺の腕の中に閉じ込めた。腕の中で小さく身動ぎながら動揺を隠せていないボビーが可愛くて仕方なかった。


「ボビー……さっき言ったことはほんと?」

「ホンマや……」

「そっか……」

「…………なんや?」

「もう……離してあげられなくなるけど……いい?」

「え?」


 耳元で低く囁くと、ビクリと腕の中でボビーの身体が跳ねた。意図せずに甘く掠れた声が出てしまっていて、正直自分でも驚いていた。でも、困惑からか小さく震えている彼には効果は絶大だったようで、髪の隙間から見える耳は真っ赤になっていた。それが可愛くて、引き寄せられるように唇をソコに押し当てた。


「んぁっ……」

「あれ?ww可愛い声出たねww」

「やめろや……」

「ふふふ……可愛い…」


 しばらくそのままで2人で笑いあっていると、恐る恐るといった様子で背中に手を回されて、優しく腰を引き寄せられた。そこままベッドへと倒れ込み身体を密着させていると、ゆっくりと息を吐いたボビーがスリスリと俺の胸に顔を押し付けて目を閉じた。そんなボビーの頭をゆっくりと撫でていると、またひとつ大きな息を吐いたボビーが口を開いた。

 

「なぁ……ニキ」

「んーなぁに?」

「何も言わんといなくなって悪かった」

「ふふふww どうしたの?」

「いや……お前の立場やったら腹立てるなぁって」

「あー…腹立つと言うよりは心配が勝ってたかな……」


 遠くをみるように視線を動かした俺は、少しだけ思案した後に、視線をボビーの方へと戻して小さく笑った。そんな俺に不思議そうな顔をするボビーは、フッと目を細めて俺の心の内を覗こうとでもしているかのようにジッと俺を見つめていた。

 そんな姿も愛おしくて、俺は頬が緩むのを止められずにいた。


「……可愛いなボビーは」

「なっ…!! お前からかっとるやろ!」

「からかってないよーw まぁゆっくり話すよ……」


 俺の気持ち……そう耳元に口を寄せて囁くと、ビクンっと身体を震わせて甘く睨んでくる。そんな顔すら可愛くて、俺の頬は緩みっぱなしだった。


 ピピピピピピ


 ゆったりとした時間を、無機質な着信音が切り裂いた。スマホの着信画面を見ると、少し前に連絡をしてあった、キャメロンからの電話だった。ボビーを片腕で拘束しながら、通話ボダンを押してスマホを耳に押し当てた。


「よっ」

 『ニキくん?もう着くけど……せんせー大丈夫そう?』


 電話の向こうから心配を隠しきれないキャメロンの声が聞こえてくる。その問いに、チラッとボビーの顔を見て、優しく笑いながら答えた。


「もう大丈夫……俺が逃がさないからw」

 『え?それはどういう……』

「まあいいからさww とりあえず出る準備するわ」

 『あ……あぁ、着いたらまた連絡する』


 ピッ


「ボビー……帰ろう」

「……おん…あっち帰っても、そばに……」

「当たり前!俺の隣はお前のものだろ?」

「せやな!よろしく頼むで相棒!」

「あと……ゆっくりと愛を確かめ合わないと……ね」

「っ……」


 真っ赤になって言葉につまるボビーを後目に、俺は広がっていた生活用品をテキトーにカバンに詰め込んでいく。ガチャガチャと乱暴に扱う俺に、我に返ったボビーが小言を言いながら作業に加わる。すっかりいつもの調子が戻ったボビーに、俺は内心でホッと胸をなでおろしていた。

 不貞腐れた様な顔をして作業をしているボビーの近くまで行くと、少しだけ体をかがめて頬に小さく可愛いキスを送った。ボビーは作業の手を止めて、真っ赤になった顔でこちらを睨む。俺はそれに気付かないふりをして、近くにあった物をテキトーに手に取り袋に詰め込んだ。


「お前……後で覚悟しろよ……」

「んー?覚悟するのは……多分ボビーのほうだよ?」

「なっ……」


 最後の方の言葉に色をのせて甘く低い声を出すと、さらに真っ赤になって慌てたように視線を逸らしてきた。そんな姿すら可愛くて、俺はクスクスと小さく笑い続けた。そして、到着を告げるキャメロンからの着信が鳴る頃には、すっかり片付いた部屋を後にし、フロントで支払い処理済ませていた。


「せんせー!!!ニキくん!!」

「お!はやかったなw」

「よかった……せんせー……ほんとに良かった……」

「スマンな……もう大丈夫やから」

「とりあえず乗って!みんな心配してる!」


 転げ込むようにロビーに入ってきたキャメロンは、泣きそうな顔でボビーにしがみついていた。ボビーは困ったような顔で俺を見て、それからキャメロンに向き直った。俺はそんなふたりを小さく笑いながら見つめていた。

 帰りの車中、矢継ぎ早に質問をしてくるキャメロンに、ボビーは言葉を選びながら説明をしていた。その手は小さく震えていて、彼が不安で仕方ないんだと伝えてきていた。俺はまっすぐ前を向いたまま、ボビーの指に自分のそれを絡ませると、優しく握りしめた。それに応えるように握り返してきたその手は、思っていたよりも冷たく彼の緊張具合が伝わってきていた。


「それにしても……ニキくんさすがだよね」

「んー?なにが?」

「ほんとにせんせーいたじゃん!さすが相棒」

「あーそうね。こいつの1番は俺だからなw」

「おまっ……」


 慌てたようにこちらを見るボビーの目は少しだけ潤んでいた。後部座席の様子など知らないキャメロンは、仲がいいなぁと笑いながら運転していた。キャメロンからは見えない死角の部分では、俺たちはまるでむつみ合うように指を絡ませていた。家に着くまでの1時間ちょいの道のりで、俺たちは深く深く愛し合った後の恋人のように体のほてりを感じていた。


「さ……ボビー、みんなに話をしよう」

「……おん」

「大丈夫…………それが終わったら……ね?」

「っ……わかった」


 キャメロンが車を停めに行っているその間に俺たちは意味深に視線をからませ、熱にうなされた暗号のような言葉でやりとりをしていた。その言葉の意味は……俺たちだけが分かっていればそれでいい……。

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