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目標など、何もなかった。
ただただ生きてさえいればそれでよかったし、
ただただこの身が腐らぬのなら、なんだってよかった。
……そう思っていた。
それなのに、なぜ、今になって渇望する?
今になってようやくこの思いに燻りを感じる?
そう、ただ彼は生きていたかったに相違ない。
そしてそれは、この身にも値する。
「……どうして、君は生きているのかな」
青鯖の野郎にも似ている、気味の悪い話し方をするやつは、ぼんやりと、彼に問う。
「知らねえ。俺の意思じゃあ、ねえンだ。」
「そう。……ならどうして、人は生きたいと思うのかな?」
「はあ?」
「……もしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」
空に浮かぶ星を指差し、
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。」
「……なあに言ってんだ。」
彼は短絡と言葉を口にした。
「生きていた方が得だよ。……死ぬより遥かにね。」
そいつはふふんと鼻歌を口にする。
「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえないんだ。……君は、君らしくいれたか?」
「……その言葉……」
「君の感動も、幸福も、喜びもなにもかも、君らしいというのなら、幸いだろう。」
「手前は、いったい……」
そいつは、にこり、と笑い、
「私は、君の理想さ。……そして、君が憧れた……そう、存在さ。」
どうして今まで、自分が人間ではないと思っていたのだろうか。
この身がここにある限り、自分は人間ではないか。