ここは天満京、
夜空に浮かぶ月を恐れ崇める、神聖な都町
住む人は皆、
洗練され、豊かに潤ったこの街で、心穏やかに暮らす事ができていた
そんな都を作り上げ、治めるは、
三代当主、ジョングクという名の、
美しく聡明な若君だった
女子(おなご)に興味も示さず、
権威を振りかざす宮廷貴族に交じって、遊び回ることもせず、
主殿の奥に息を潜めるように暮らす彼の存在は、
多くの謎に包まれ、まるで月の都の使いのようだと崇められた
その名にふさわしいが如く、蹴鞠、弓術、勉学、戦術、、、全てにおいて人より秀でていた彼だったが、
中でも笛は、彼の代名詞と言われ、その美しい音色は、あの月をも魅惑してしまうのだという
そんな君主としての基質を全て兼ね備えた彼は、貴族だけでなく、下々の民からも、多くの信頼を受ける
彼のおかげでこの都は安泰だと言っても過言ではなかった
だが、表に出てくる時の、その凛とした御顔は、どこか寂しそうな影を宿し、まるで誰かを待たれておられるようだとひそかに囁かれていた
宮廷の中庭の大きな御池、そこに張り出すように作られた釣殿(つりどの)が、彼の唯一の心の拠り所
月が天高くにかかる夜、彼は、どこからともなく現れ、池に映る月をじっと眺めるのだった
女房たちは、その美しい御顔を人目見ようと、月の夜は、母屋の蚊帳に潜み、その姿を焦がれるように眺めたが、
誰も近づかせないその神聖な雰囲気に、彼に話しかけようとする者は今まで1人として現れなかった