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ユリスとアマリスは屋敷内に案内され、客室に通される。
とは言っても賓客をもてなす部屋ではなく、簡易的に面会を通すための粗末な部屋だ。
「なによ、この部屋。もてなす気はあるの?」
「ほっほっ。いえ、ありませんとも。まずはご用件を聞いてからでなければ、まともな客と見なすことは難しいので」
アガンは薄ら笑いを浮かべるが、その目は笑っていなかった。
歓迎はしない。
それどころか、眼前の二名はフェアシュヴィンデ家の敵。
子女を誘拐した主犯なのだから。
「では、ご用件をお伺いしますが……」
「ファデレンにお目通り願いたい。今回の用件は、先の一件……シャンフレック誘拐の真犯人を見つけたという旨だ」
ユリスの言葉にアガンは顔を上げた。
くだらない用件かと思えば、意外と重要そうな話。
だが、アガンには彼の本質は見透かせていた。
隣に座るアマリスがきょとんっとした表情を浮かべていることからも、ユリスの目論見は想像に難くない。
「……承知しました。ご主人様にお伺いを立ててみます」
予めファデレンにユリスの狙いを伝えた上で、面会に通すのは悪くないだろう。
つまるところ、ユリスはアマリスを真犯人として差し出す気ではないか。
アガンはそう思っていた。
***
数分後。
ファデレンが気だるげな様子で客室へやってくる。
もちろん護衛の騎士も控えている。
このユリスとアマリスという馬鹿を前にして、護衛を用意しないほど愚かではない。
ファデレンもアガンから事前に話は聞いている。
何とも胡散臭い話だ。
「待たせたな。ユリス元王子に、アマリス元男爵令嬢」
「チッ……まあいい。喜べ、ファデレン。お前の娘を誘拐した真犯人を特定してやったぞ!」
王子という身分から外れたユリス。
平民の彼が公爵に馴れ馴れしくする態度を見て、周囲の護衛は眉をひそめた。
だがファデレンとアガンは制止する。
「あの事件はウンターガング家と、それに協力的な貴族が起こしたもの。関係者はすべて調べ上げられたはずだが……話を聞こうではないか」
ファデレンの許可を受けたユリスは満面の笑みを浮かべる。
ここで自分を罪なき方向へ持っていければ、復権とはいかずとも貴族の地位を奪還できる可能性がある。
ユリスは意気揚々とアマリスを指さした。
「真犯人は、アマリスだ!」
「……はぁ?」
アマリスは呆けた声を上げてしまった。
急な展開に思考の整理が追いつかない。
たしかにアマリスの実家は、ウンターガング家の企みに協力していた。
しかし、主犯かと言われればそうでもない。
たかが男爵家に、あの戦を牽引できるほどの権力はない。
ましてや自分は情報を知っていただけで、何も動いていないのに。
「何を言ってるの、あんた? ふざけるのも大概に……」
「いや、俺は知っている。アマリスが俺の元婚約者であるシャンフレックを怨み、陥れようとしていたことを! ウンターガング家にシャンフレックの誘拐を提案したのも、兄上の暗殺を提案したのもこいつだ! そう考えれば辻褄は合う!」
まあ、正直予想していた展開ではあった。
ファデレンはため息をつく。
この王子、自分の保身のためならば何でもやるのだと。
こんな男を一時でも娘の婚約者に選んでしまったこと。
それを深く後悔した。
シャンフレックには本当に申し訳ない。
さぞ苦労したことだろう。
「たしかに、新婚約者が元婚約者を追い詰めようとすること。それに、自分の婚約者である第二王子を継承権一位にしようとすること。すべて合理的ではある」
「な……!? ファデレン様もユリスの言葉を信じるの!?」
「いや、信じはしない。無論アマリス元男爵令嬢にも非はあり、首謀者の一角に君の実家があったことは事実。だが、すべてを企んだ真犯人だとは言えまい」
ファデレンは擁護したわけではない。
ただ事実関係を述べただけだが、アマリスは胸を撫で下ろす。
「し、しかしな……! もしも俺の言葉が真実だとしたらどうする!? シャンフレックに聞けばわかる、アマリスが彼女に対して非常に失礼な態度を取っていたことを! 一方で俺は最後までシャンフレックに誠実に接したぞ!?」
誘拐しておいて『誠実』とは笑わせてくれる。
あくまで自己陶酔した振る舞いを見せていただけなのに、ユリスはその態度を誠実さだと勘違いしているらしい。
今や『真実の愛』を語ったアマリスを自分の身代わりに差し出す始末だ。
こんな男を誠実と呼ぶなど片腹痛い。
「では、ユリス元王子は真犯人とやらを差し出して何がしたい?」
「……俺が何も知らず、利用されただけの存在ということを流布したいだけだ。今にして思えば、シャンフレックがどれだけ俺を支えてくれていたかわかる。俺を利用しようとする魔の手から守ってくれる役割も果たしていたんだな」
そうユリスが言ったとしても、シャンフレックには指一本触れさせない。
ファデレンには父として娘を守る義務があった。
「だが、ユリス元王子は語ったそうだな。教皇の御前で、アマリス元令嬢と一生を添い遂げると。真実の愛に誓って、宣誓したはずだろう? アマリス元令嬢も誰よりも強い真実の愛のもと、ユリスと結ばれることを願っていた」
「だ、誰がこんな男と……私は知らないわ! もう帰る!」
アマリスはユリスを完全に諦めていた。
地位も権力も財も失った男に、何の魅力があるだろうか。
結局、フェアシュヴィンデ家にも身代わりとして連れてこられただけだった。
彼女は決意する。
今は平民として働き、新たな貴族を手に入れると。
そして立ち上がり、出口へと向かったのだが……
「お待ちを」
アガンが出口に立ち塞がる。
「何よ、どいて!」
「退くわけにはいきませんな。お二人はフェアシュヴィンデ家が捜索していた人物ですから。わざわざこちらから探す手間が省けました」
アガンの言葉と同時に、周囲の護衛が動き出す。
ファデレンは座ったまま様子を静観していた。
何やら物々しくなりだした雰囲気にユリスは困惑する。
「……なんだ?」
「ファーバー陛下は、たしかに二人に正当な処罰を下された。ユリス元王子は廃嫡され、アマリス元令嬢の実家は爵位を剥奪され。妥当な処罰と言えるだろう」
底冷えするようなファデレンの声。
只事ではない。
「だが、フェアシュヴィンデ家として娘を誘拐されたことに対し、報復をまだ行っていない。陛下の処断と、我々公爵家の処断は異なるのだよ。二人には取り返しのつかぬ罪を犯したことを自覚してもらうためにも、処罰を下さねばなるまい」
正直に言えば、娘の誘拐をファデレンは許していなかった。
表面上は大人しく対応したが、今現れた二人はすでに平民。
フェアシュヴィンデ領に入った以上、こちらの領分で罰を科せられる。
「な、何をする気だ!」
「嫌よ、出して!」
護衛が取り囲み、二人の身柄を拘束する。
「領主の娘を誘拐しておいて、まさか領内で処罰を受けないと思ったか? 二人仲良く、牢獄の中で愛を育むがよい」