テラーノベル
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「もし良かったら……これからもここに来てくれませんか?」アマネが真っ直ぐな瞳で言った。
「一緒に音楽をやりたいんです!」
嬉しかった。自分のような魔法も使えない「落ちこぼれ」の存在を、こんな風に真っ直ぐ求めてもらえるなんて思ってもみなかったから。
「本当によろしいのですか……? 嬉しいですわ!」
それからの日々、放課後になると南棟の四階へ向かい、音楽を楽しむのがリリーの日常となった。
最初はぎこちなさがあったものの、日を追うごとに三人との距離は縮まり、いつしか呼び捨てや敬語を外して打ち解け合えるほどの仲になっていった。
彼らはいつだって、扉を開けるとリリーを温かく迎えてくれた。
楽器の演奏だけでなく、最近では一緒に歌を歌ったりもするようになり、楽しさは日増しに膨らんでいく。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、リリー! 今日は何から始める?」
「そうね────」
こうして、「アルベール公爵家の令嬢」という重い仮面を脱ぎ捨てられるこの空間が、リリーは心から好きだった。
みんなが自分の好きなものを、好きなだけとことん楽しむ場所。
「ねえねえ、ここの名前を決めない?」
ある日、アマネが楽しそうに提案した。
「いつまでも『南棟の四階』って呼ぶのも、なんか味気ないじゃない?」
「じゃあ、なんて呼ぶ?」
「音楽室……は、ちょっとありきたりすぎるか」
四人で知恵を絞りながら顔を見合わせる。
「……じゃあ、『楽園』なんてどうかしら?」
リリーの提案に、三人が顔を上げた。
「楽園?」
「ええ。ここは私にとって、大好きな音楽に触れられて、貴族としての振る舞いを気にしなくていい……まるで楽園みたいな場所だから」
「すごくいい! 決まりだね!」
「僕も素晴らしい名前だと思うよ」
「じゃあ今日から、ここは私たちの『楽園』だね!」
「楽園」では、本当にたくさんのことを教えてもらった。
ギターやその他の楽器の弾き方、お手入れの仕方、そして熱が入ると止まらないソウタの長~い楽器作りの講義まで。
さらには、なぜか嫌な人物に遭遇したときの対処法まで伝授された。
「もしムカつく奴がいたら、こうやってアッパーを喰らわせればいいのよ!」
「アッパー……?」
叫びながら拳を握りしめ、綺麗に腕を突き上げるアマネの実演に、リリーはパチパチと拍手を送った。
「僕はそんなことされても気にしないけどね」
そう言って優しく微笑むソウタ。アマネから「相変わらずつまんない奴~」と揶揄されていたが、彼は小声で、
「まあ……陰で完膚なきまでに地獄に落とすけどね」
と呟いていたのを、リリーは見逃さなかった。(ソウタって、もしかして一番怒らせたら怖いの体質かしら……?)
だが、本当に恐ろしい人物は別にいた。
「私はそんな直接的なことはできないけれど……少しだけ、イタズラをしちゃうかもしれないです」
そう言いながら、どこかゾッとするような過去の「お仕置き談」を微笑みながら語るリコを見て、四人の中で「一番怒らせてはいけないのはリコだ」という共通認識が生まれたりもした。
そんな和やかな時間の中、三人はたびたびリリーを褒めてくれた。
「それにしても、リリーって本当に上達が早いよね。……本当に初めて触るの?」
そう驚かれるほどの速さで、リリーはあらゆる楽器を乗りこなしていった。
だが、リリー自身にも、なぜ自分がこれほど早く技術を習得できるのか分からなかった。
見たこともない形の楽器ばかりで、もちろん触ったことなど一度もないはずだ。
けれど、その楽器に触れた瞬間、頭の中に「何か」が鮮明に浮かび上がる。
それが一体何なのかは判然としないけれど、頭と身体の奥深くに、確かにその感覚が染み付いていることだけは理解できた。
どうしてなのだろう。これが、世に言う「才能」というものなのだろうか。
(……正直、この才能が魔法や座学の方で発揮されれば良かったのに……と思ってしまう自分がいる)
好きなことに才能があるのは素直に嬉しい。けれど、もっと別の……公爵令嬢として必要とされる分野で才能があれば、「落ちこぼれ」などと周囲から蔑まれることもなかったかもしれないと思うと、胸の奥が少しだけチクリと痛む。
けれど、これは三人には絶対に言えない秘密だった。口が裂けても言えるはずがなかった。
「そういえば、三人の故郷ってどんな場所なの? こんなに素晴らしい楽器がたくさんある場所なら、私も一度行ってみたいわ」
これほど見事な楽器群が、王都の市場にすら出回っていないのはどう考えてもおかしい。
「あー……」
リリーがそう尋ねると、いつも三人は途端に歯切れが悪くなり、気まずそうに視線を泳がせてしまうのだった。
よほど故郷のことについては語りたくない事情があるのだろうか。
「いつか……ね」
そう答えるアマネの瞳は、どこか遠くを見つめるように寂しげに揺れていた。
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「お嬢様、お手紙が届いております」
「珍しいわね。こんな夜遅くに……」
#魔法
しろのね
157
U
45
ちょん
43
自室でくつろいでいた夜、専属メイドのアリサが部屋を訪れた。緊急の用事なのだろうか。
差し出された封筒の紋章を見ると、実家である公爵家からのものだった。
リリーは手紙を開き、そこに認められた父の厳格な文字に目を滑らせる。
『リリーへ。お前へ正式に婚約の申し込みがあった。相手はゲルム公爵家の次男だ。近々面会させる』
……こん、やく……?
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
婚約――それは、貴族の家に生まれた者として、いつかは果たさなければならない義務。
ましてや、魔法をまともに扱えない落ちこぼれの自分をもらってくれる物好きな奇特な貴族などそういない。だから本来なら、これは涙を流して喜ぶべき「吉報」のはずだった。
嬉しい……吉報……?
「……今度行われるアリーシャ姫の誕生パーティで、お相手と顔合わせをするそうですわ」
そこでお見合いをし、そのまま婚姻の契りを交わすのだろう。
会ったこともない、顔も名前も知らない相手。
「お嬢様……?」
心配そうにアリサがこちらを見つめる。
「……手紙を届けてくれてありがとう、アリサ。今日はもう休んで頂戴」
「承知いたしました。……お休みなさいませ、お嬢様」
アリサが静かに部屋を出ていき、扉が閉まったその瞬間――リリーは糸が切れたように膝から床へ崩れ落ちた。
「婚約なんて……嫌……っ……」
それは、完璧な公爵令嬢を演じるために、心の奥底へ固く封印していたはずの……哀しい本音だった。
コメント
1件
「楽園」かあ……いい名前だなあ。リリーにとって、三人と過ごすあの空間がどれだけ特別な場所か、ひしひしと伝わってきたよ。アマネのアッパー講座も微笑ましかったし、ソウタの裏の顔やリコの“お仕置き談”のゾッとする感じも、キャラの個性が立ってて好きだな。 でも、最後の婚約の知らせは重いな……。タイミングが悪すぎる。せっかく見つけた居場所を思うと、リリーの「嫌」という一言が心に刺さる。次が気になる。