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ボクの一生

8 - ズレた身体で、生きていく

2025年05月17日

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目が覚めたとき、窓の外には薄曇りの空が広がっていた。病室の天井はどこまでも白く、けれどまったく見覚えがなかった。


看護師が名前を呼んだ。

たしかに、それは自分の名前らしい。でも、音としてしか響いてこない。

「〇〇さん、大丈夫ですか?」

その「大丈夫」の範囲に、何を含めればいいのか分からなかった。


あとで知った。脳内出血だったということ。

命は助かったけれど、「以前の自分」は思い出せなかった。


それだけじゃなかった。

何もかもが、「左」と「右」で違って感じられるようになっていた。


左手に触れたタオルの感触は、まるで霧を握っているように頼りない。

右足で踏み出した床の固さと、左足で感じるものは、まるで別の世界のものだった。

体が同じ身体の中で、ふたつに割れてしまったような感覚。

まるで左右で「別の現実」を生きているみたいだった。


たとえば、朝の光。

右目の先には、まぶしさと暖かさがあるのに、

左側には影だけが残っている。

歩いていても、左側にだけ「自分がいない」ような、奇妙な不在感。


自分は誰だったのか。

何を好み、何に怒り、何に泣いたのか。

その輪郭が思い出せないだけでなく、

今この身体が、本当に「自分のもの」なのかも分からなかった。


退院の日。

服を着る。右腕はスムーズに袖を通す。

でも左腕は、自分の意思とは違うタイミングで動く。

違和感は服の下にも、心の中にも染み込んでいた。


「何から始めればいいのか分からない」

それが、毎朝目覚めたときの最初の気持ちだった。


でも、一つだけできることがあった。

「今の自分が、何を感じているか」をノートに書くこと。

たとえ左右がバラバラでも、感覚が薄れていても、

「ここにいる」と言えるために、言葉を綴る。


もしかしたら、世界の感じ方はもう元には戻らない。

でも、それでもいい。

新しく始める自分は、少し左右がズレていても、

確かに「ここに生きている」。


物語は、白紙から始まる。

それは悲しいことではなく、

まだ何色にも染まっていない、可能性の色かもしれない。

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