コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大小いくつものテントで、この祭りのために用意をしたビールが特大のジョッキに注がれ、民族衣装を身に纏った女性達が文字通り両腕に抱えてそれを運んでいく。
その喧噪はリオンが最も好ましいと思うものでありウーヴェが最も苦手とするものでもあったが、お祭り騒ぎという一言で総てが許されるのも後僅かという事実がウーヴェの気持ちを少しだけ軽くしているようだった。
地元の人も観光客も関係なく人が集まる大手の醸造所が設置している大きなテントではなく、この街で古くからビールを造りバルツァーの会社とも関係がある小さな醸造所が出しているテントの奥のテーブルに興味深げに周囲を見回しては感心の声を上げている黒髪の青年がいて、その周りには彼の連れと思われる男女が楽しそうに談笑していた。
「……楽しそうだな、メスィフ」
「え? ああ、もちろん。こんなに楽しいのは本当に久しぶりだ」
本場の一つとされるドイツで飲むビールも美味しいが料理も美味しいと笑ってマスと呼ばれるジョッキを片手に満面の笑みを浮かべるメスィフにウーヴェはただ苦笑するが、その前にあるジョッキは当然ながら既に空に近くなっていて、ウーヴェの横でリオンが呆れた様にジョッキを傾けていた。
「リーオ、魚を食べるからもう一杯飲んで良いか?」
「……いつもよりペース速くね? もう三杯目だぜ」
ウーヴェの密かなお強請りにリオンが呆れた顔になるが、更に呆れさせるようなことをウーヴェの隣-リオンとは反対側-に座ったギュンター・ノルベルトが口にする。
「好きなだけ飲めば良いぞ、フェリクス」
「オーヴェにはホントーに甘いよなぁ、兄貴」
「お前に兄貴と言われる筋合いはない!」
「前にも言ったけど兄貴は兄貴だ、それ以外に呼びようがねぇ」
ここ数日の間で恒例になったウーヴェを挟んで左右で交わされるそれを初めて目の当たりにしたメスィフが驚きに目を丸くするが、彼の隣に座ったレオポルドとイングリッドがいい加減にしろと呆れた声を上げ、通りかかったスタッフにビールを注文するが、もちろんそれは自分のためではなくウーヴェの為のもので、それに気付いたリオンがすかさず魚とチキンを注文する。
「まったく、親父も兄貴もオーヴェには甘い!」
「ふん、俺は誰彼憚ることなくウーヴェを甘やかして良いからな」
「何だそれー!」
「そうだ、何故父さんが甘やかして良いんだ」
それをして良いのは俺だとギュンター・ノルベルトが父に向けて鼻息荒く言い放つが、イングリッドとアリーセ・エリザベスの女性陣がただ黙って頭を左右に振り、ミカは何とも言えないのか言うつもりがないのか、ただ黙ってビールを飲んでいた。
「皆から愛されているな、ウーヴェ」
「愛されてるのは良いけどさー、限度ってものがあるよなぁ」
メスィフの笑いの籠もった声にリオンが不満げに訴えるがその顔に浮かんでいるのはそのやり取りを楽しんでいる色で、今ここにいる者達の中でウーヴェだけが見抜ける本心では己の恋人がその家族から愛されている様子を目の当たりに出来ることを喜んでもいた。
「確かに」
「だよなー」
二人が意気投合して頷き合うのをレオポルドとギュンター・ノルベルトが面白くなさそうに見ているが運ばれてきたビールと料理が並べられると、まずウーヴェの顔に笑みが浮かび次いでリオンの顔が笑み崩れていく。
その様子は先程とは違って誰にとっても微笑ましいものだったため、アリーセ・エリザベスもイングリッドもザワークラウトを食べながらにこやかに談笑し、ミカもそこに加わって楽しそうに盛り上がっているが、メスィフの幼馴染みのイマームがラリーレースの大ファンだと分かった途端、メスィフとミカが意気投合してしまう。
家族ばかりの中に初対面のメスィフを連れてくることをウーヴェは当初気を揉んでいたが、全くの杞憂であったこと、またそれ以上に実は密かにメスィフも気になっていた過去の事件を思い出さないかということもまた杞憂だった。
その心配が無駄なものだと気付いた二人はならばこのお祭りを楽しもうと笑い合い、ウーヴェの家族を含めて午後の早くから盛り上がっているが、小さなテントの中に入れ替わり立ち替わりやってくる地元の人たちの中にはこのテーブルに座っているのがバルツァーという企業の中枢人物であることに気付いて挨拶に来る人もいたりしたが、その中で一際大きな声でレオポルドを呼んだのは、彼の幼馴染みであり長年の友人であるウルリッヒだった。
「来ていたのか、レオ」
「ああ。ウーヴェが皆で行こうと言ったからな」
旧友同士が再会の言葉を交わすのを見守っていたウーヴェは、己の名前が出たことに気付いてジョッキをテーブルに置き、先日家で会ったときはほとんど話が出来なかったが変わらずに元気そうで良かったと笑みを浮かべると、ウルリッヒの顔が驚きに彩られるが、レオポルドとイングリッドを交互に見つめた後、事情を察した彼がウーヴェの頭に大きな手を乗せ、前回とは違ってそっと頭を撫でたその手で頬を撫でる。
「今日は美味いビールが飲めるな、レオ、ギュンター」
「そうだな」
「ウルリッヒおじさんも美味しいビールを飲んできたんでしょ?」
「おぉ、アリーセはいつ見ても綺麗だな」
年々母であるイングリッドに似てくるがそんな美女と一緒にいられるお前の夫が羨ましいと片目を閉じるウルリッヒにミカも素直に頷き最高の贅沢だと笑ってビールを飲むが、彼とバルツァー家の関係を知らないリオンとメスィフだけが呆気にとられたようにウルリッヒを見てしまう。
「……お前がリオンか?」
「Ja. 俺がリオンです」
ウルリッヒの言葉は居丈高なもので、その言葉に対してリオンが過剰な反応を示さないかとウーヴェがひやりとしてしまうが、挑発するような意図がないことを教えるように穏やかな笑みを浮かべてウルリッヒに向けて手を差し出したリオンは、名前が分からないからどう呼んで良いか分からないと肩を竦めるが親父の友人だろうから敬意は払うと片目を閉じる。
「俺はウルリッヒだ。弁護士をしている」
「へー。じゃあもしかして裁判所で会ってるかもなぁ」
「ん? どういうことだ?」
リオンの言葉にウルリッヒが回答を求めるように見たのはウーヴェで、それに気付いて警察関係者だと短く答えるとこれもまた何かを察したのか頷いてもう一度ウーヴェの頭を撫でた後、その手でリオンの頭も撫でていく。
「……」
この年になって初対面の人から頭を撫でられることなどそうそうあるわけでも無い為、ただ驚いてウルリッヒを見つめたリオンだが、俺には理解出来ないことだがお前達が仲良くしているのなら良いことだと笑われて瞬きを繰り返す。
「じゃあな、レオ、リッド。仕事仲間を待たせているから帰る」
「おお。また家に来い」
「そうだな。お前がキャンセルしたゴルフに行くぞ」
「わかった」
手を上げてテントを出て行く幼馴染みの背中を見送り相変わらず賑やかなやつだと肩を竦めたレオポルドだが、リオンが呆然としていることに気付いて苦笑する。
「驚いたか?」
「……いや、親父の友人って皆あんな感じなのかなーって」
自分の周りにはあまりいないタイプだから驚きはしたが不愉快では無いとたった今感じた思いを口にすると、ウーヴェの手がテーブルの下でリオンの手を撫でる。
「まあ、だいたいあんな感じが多いな」
「……類は友を呼ぶってホントだったんだな」
その呟きにレオポルドがどういう意味だとリオンを睨み、その言葉通りだとにやりと笑みを浮かべたリオンだが、急にメスィフへと顔を向けるともしかしてお前の友人も同じかと笑い、メスィフが突然のことに驚いてしまう。
「ま、まあ似ている、かな?」
どちらかというと俺よりもリオンに似ている気がすると答えると、リオンではなくギュンター・ノルベルトやアリーセ・エリザベスが似た人などいらない、リオン一人で十分だと笑ったため見事にリオンの頬が不満に膨らんでしまう。
「何だよ、それー」
「あなたはオンリーワンだということよ」
「いや、それ絶対違うだろ。褒めてねぇよな、今の言葉」
「ふふ、どうかしらね」
アリーセ・エリザベスが目を細めてリオンをからかうように見つめるとがるるるるとリオンが獣よろしく吠えるが、彼女がからかっていることをリオンが気付いている為にウーヴェも横で笑って姉と恋人の言葉のキャッチボールを楽しむ。
それを見ていたメスィフが本当に楽しい人だと笑ってビールを飲み、満足そうに溜息を吐いて天井を見上げる。
テントの中は好ましい喧噪と音楽が満ちていて、年に一度のこの祭りを皆が楽しみにしていることを教えてくれていたが、そこに来ることが出来て良かった、本当に良かったと感慨深げに呟くとウーヴェがそれに答えるように小さく頷き、帰りの飛行機は何時だったと彼の顔を見る。
「20時前のフライトでイスタンブールに行く」
「そうか」
「ああ。後もう少しで出ないといけないな」
祭りというのはいつか終わりを迎えるものだがそれが見えてくると本当に寂しいし残念だと肩を竦めるメスィフにウーヴェが目を伏せるが、また次に来てくれれば良いと笑い、お祭りが好きならばビール祭りだけではなく他にも色々ある、それを楽しみに来れば良いと笑うとメスィフの顔に喜色が滲む。
「確かにそうだな」
「ああ」
この祭りはもう終わりを迎え日常に戻らなければならないが祭りは何もこれだけでは無いと笑って頭に手を宛がうと、リオンも確かに楽しい祭りは他にも沢山あると笑う。
「今度はお前の幼馴染みも一緒に来いよ」
「ああ。あいつもビールが好きだから喜ぶだろうな」
「良いな、それ」
似たような笑みを浮かべて笑い合う二人を見ながらウーヴェが満足そうに息を吐き、それに気付いたギュンター・ノルベルトがもう十分に楽しんだかと囁きかける。
「……うん。楽しかった」
今まで騒々しいからと敬遠していたが祭りの中に飛び込んでしまえば楽しいものだと笑ったウーヴェに兄も安堵の笑みを浮かべ、メスィフの飛行機の時間もあるからそろそろ出ようと家族に告げる。
「空港へは中央駅からバスが出ているからそれに乗れば良い」
「ありがとうございます」
ギュンター・ノルベルトの言葉にメスィフが丁寧に礼を言い、今日は初対面の自分も交えて楽しい時間をありがとうございましたと一人一人の顔を見て礼を言うと、事件に関係する人物という思いから当初は皆いい顔をしなかったウーヴェの家族だったが、メスィフには関係が無いこと、彼とは友達になったのだから自分の友達を紹介したいだけだとウーヴェに説得されて今日ここに来ていたことを一切感じさせず楽しんで貰えたのなら良かったと客人を招待したホストの役目を果たせた安堵に笑みを浮かべたレオポルドに頷き、仕事の話をここでするほど無粋ではないがあなたの会社を見習って自分が継いだ会社も大きくしていきたいと笑うと、歩き始めたばかりの若手経営者を励ますようにレオポルドが大きく頷く。
「楽しみだな」
「ありがとうございます」
経営者として大先輩であるレオポルドの言葉はきっと己の成長の励みになると頷くメスィフに、輸入関係の会社ならばいつかどこかで会うことがあるだろうがその時はよろしくとギュンター・ノルベルトが笑顔で手を差し出すとメスィフも若干緊張しつつその手を取り、此方こそよろしくお願いしますと丁寧に頭を下げるが、テント内に流れていた音楽が変わりトランペットの音が鳴り響く。
「まだビール残ってるよな?」
「あと少しだけならな」
トランペットに合わせるようにリオンが少しだけビールが残ったジョッキを片手に立ち上がり、それにつられたメスィフも残り少ないジョッキを手に立つと、アリーセ・エリザベスとイングリッドが諦めの溜息を吐くが、その横にいたミカも同じように立ち上がり、本当にどうしようも無いと肩を竦める。
そのトランペットはテント内で何度も何度も吹き鳴らされるもので、それを聞く度に酔いが回った人達は立ち上がって大合唱になるのだが、メスィフが帰る時間が近づいているからか、リオンが周りの人達に率先する形で立ち上がる。
さすがにウーヴェとギュンター・ノルベルトは立ち上がりはしないがトランペットの後に流れ出したすっかり耳に馴染んでしまった歌を小さく歌い、乾杯のかけ声の後にジョッキを掲げる。
「Prosit!」
リオンとメスィフがジョッキの底をガチンとぶつけ、座って乾杯と笑みを浮かべるウーヴェのジョッキにも同じように底同士を触れあわせると、残り少ないビールを一気に飲み干す。
「あー! 楽しかった-!」
「ああ」
リオンの一言は皆の気持ちを代弁しているもので乾杯の後のビールは美味いと満面の笑みで頷いたウーヴェは、リオンが腰を下ろすと同時にその耳に口を寄せる。
「どーした、オーヴェ?」
「……うん。ダンケ、リーオ」
今まで敬遠してきたが本当に楽しかった来て良かったと告げるとリオンの顔にじわじわと笑みが浮かび上がり、ここが外で人目がある事を忘れたかのようにウーヴェをハグしその頬にキスをする。
「お前が楽しんでくれたのなら良かった」
「こらっ!」
最近は外で手を繋ぐことならば恥ずかしがらずに出来るようにはなったが、まだまださすがにそれ以上のことについては羞恥が勝るのか、目尻のほくろを赤くしたウーヴェが調子に乗るなとリオンのしっぽを引っ張り悲鳴を上げさせる。
「調子に乗るな!」
「ごめーん!」
二人にとっては恒例の、アリーセ・エリザベスにとっても馴染みのそれについクスクス笑ってしまった彼女は、メスィフがただ驚いたように見つめていることに気付いて片目を閉じる。
「ね、こんなにうるさい人は一人で十分でしょ?」
「確かに」
二人が笑いそれが周囲の家族にも伝染して楽しく笑っているが、その笑いが自然と治まったあと、メスィフが楽しかったと再度口にしたのを合図に皆が立ち上がる。
「タクシーで帰るか」
「そうね。ウーヴェ、リオン、あなたたちはどうするの?」
ここからだと実家に帰るよりも自宅に戻る方が近いだろうが電車で帰るのかとイングリッドに問われて少し考え込んだウーヴェは、これから仕事を終えた人達の帰宅時間と重なるために電車が混み合うからタクシーで帰ると告げてリオンを見れば、それが良いと何度も頷かれて苦笑する。
テントを出て残り少ない祭りの時を楽しもうとする人々でごった返す通りを抜け、出口と書かれた門を潜る直前、少し離れた場所で喧噪を通り越した大きな声が聞こえ、それが自分にとっては肌に馴染んだ空気をまとっていることに気付いたリオンがウーヴェに寄りかかるように背中から腕を回す。
「重いっ!」
「えー、ちょっとぐらい良いじゃん、オーヴェぇ」
「うるさいっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら門を潜りリオンだけが捉えられた肌が粟立つような感覚が遠のいたことに胸の裡で安堵するが、そんな様子を一切感じさせないで程なくしてやって来たタクシーにレオポルドらが乗り込むのを見送ると、路面電車で中央駅に向かうメスィフの肩を抱いて再会を約束する。
「トルコに行ったらさ、案内してくれよな」
「もちろん。イマームもきっと会いたがると思うから、此方に来ることがあればぜひ連絡をくれ」
電話番号は教えているから大丈夫だろうと笑うメスィフに頷いたリオンは、短い間だったが友好を深めることが出来て良かったと笑い、今度はウーヴェがメスィフの手を握って気をつけてと別れの挨拶をする。
出会いがあれば別れがある事も理解しているし永遠の別れになるわけでは無いと分かっていてもやはり遠く離れた国に帰る友を見送る時は寂寥感が胸に満ち、言葉を詰まらせてしまう。
「……ハシムの写真、ありがとう。家に飾っておく」
「ありがとう、ウーヴェ」
昨日取り壊しが始まっていた教会を後にする時にメスィフから受け取ったハシムが笑みを浮かべている写真だが、それは自宅リビングの暖炉の上に飾っておくと告げるとメスィフが嬉しそうに目を細めて握った手を上下に振る。
「そろそろトラムが来そうだな」
「……本当に、ありがとう、ウーヴェ」
今回此方に来ることになった目的も無事に果たせただけではなくあなたに会えて直接話が出来たことは本当に良かったと頷く異国の友にウーヴェも頷き、手紙を書くことを約束して手を離すと中央駅に向かうトラムがちょうどやってくる。
「じゃあ、また」
「また」
笑顔で手を振ってトラムに乗り込む背中を見送った二人だったが特に何かを話すでも無くトラムが見えなくなるまで見送ると、今度は自分たちが乗るためのタクシーを探すために会場とは逆方向へと歩いて行くが、ふと足を止めたウーヴェがリオンの背中に呼びかける。
「さっき何かあったのか?」
「さすがはオーヴェ。気付いていたか」
「ああ。……エリーはああ言っていたが、お前が外であんなことをしてくることは滅多に無いからな」
ウーヴェがいれば飛びつき抱きつきキスをしまくるイメージを皆がリオンに対して持つのだが、意外なことに家を一歩出ればそんな行為をリオンがすることはあまり無かった。
手を繋ぐぐらいはするがそれ以上の過剰なスキンシップはティーンの頃に卒業したといつだったか昏く笑いながら教えられたことがあったウーヴェは、そのことを思い出しつつ何かあったのかと問いかけるとリオンが目を細めて太い笑みを浮かべたため、言うつもりがないことを察し少しだけ唇を曲げて拳をリオンの腰に押しつける。
「いてっ」
「うるさいっ」
「なー、オーヴェ」
「何だっ」
ちょうど路肩で客待ちをしているタクシーをリオンが発見し運転手に行き先を告げて乗車拒否をされなくて良かったと笑いながらウーヴェと一緒に後部シートに乗り込むと、タクシーが交通量の増えてきた道へと進んでいく。
「楽しかったな、ヴィーズン」
「……そう、だな。楽しかったな」
ただ来年は行くかどうかは分からないと先に釘を刺すとリオンの顔が途端に情けないものに変化をする。
「えー、良いじゃん、行こうぜ」
「考えておく」
「オーヴェのケチ!」
後部シートで何とかも食わないと言われる口論を始めた二人だったが、ルームミラーで運転手と目が合ってしまい、ウーヴェが咳払いをしてリオンの腿を拳で押さえる。
「お祭り、楽しかったですか?」
「もー、最高! 毎日がお祭りだったら幸せなのになー」
運転手の言葉にリオンが笑顔で答えてどうして毎日祭りをしてくれないのかと不満を訴えるが、信号待ちをしているタクシーの車窓から路地の壁に手を突いてふらふらと歩く赤ら顔の男女らを見てしまうと、毎日がこれだとさすがに嫌だと頭を振る。
「今年もビールの死体が大量にできあがったみたいですね」
「本当に」
制服警官も大変だと肩を竦める運転手に二人も同意を示すように頷くが、それ以降は運転手が話しかけてくれば答えるだけで二人の間に会話らしいものはなかった。
ただ、運転手がミラーでちらちらと見ていることに気付いていたが、タクシーを降りる直前まで二人は繋いでいた手を離すことは無く、また支払いを済ませて自宅アパートのエレベーターに乗り込んでからも繋いだ手はそのままにしているのだった。