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怜
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二日連続こっちに投稿します。
あとちょっとで試験だよ最悪だよ
投稿頻度は下げないつもり……!
なんか太宰の異能無効化がなくなった話
授業中思いついたから荒い
太宰治という人間は、生まれてこのかた、ずっと不可解な生き物だった。
少なくとも、中原中也にとってはそうだった。
生まれつき細い身体に、少し癖のある長い黒髪。男の自分よりも頭一つ分は背が低く、放っておけばすぐに折れてしまいそうなほど華奢な女の子のくせに、その頭脳と執念はポートマフィアの誰よりも恐ろしく、そして何より、酷く死に急いでいた。
そんな太宰が、ある日唐突に、五階建てのビルの屋上から地面へと身を投げた。
心中相手を探すのにも飽きて、今度は単独での転落死を試みたらしい。
だが、神様というのはつくづく意地悪だった。
太宰は死ねなかった。死ねなかったどころか、全身の骨をめちゃくちゃにへし折り、頭を強く打ち付けて、ただの大怪我人で病院のベッドに転がることになった。
「……で、記憶喪失にでもなったのかよ、手前は」
病室のパイプ椅子に腰掛けた中也は、深く帽子を被り直しながら、ベッドの上で全身に包帯を巻き付けられている太宰を睨みつけた。
頭にまで包帯をぐるぐるに巻いた太宰は、どこか間の抜けた顔で中也を見つめ、それから、ふふ、と力なく笑った。長い睫毛が、夕暮れの光に透けている。
「まさか。中也のその、無駄に派手な帽子の趣味も、ちんちくりんな背丈も、全部ちゃあんと覚えているよ。私の記憶はいたって正常さ」
「じゃあ、なんでそんな満足そうな面してやがる。死に損なって、全身の骨がバキバキなんだろ。痛くねえのかよ」
「痛いよ。もの凄く痛い。身体を少し動かすだけで、骨ときしむ音が頭の中に響くくらいにはね。……でもね、中也。それ以上に、素晴らしい副産物があったのだよ」
太宰は、包帯から僅かに覗く形の良い唇を吊り上げた。
その瞳には、いつもまとわりついている暗い虚無の代わりに、子供のような純粋な好奇心が灯っている。
「私の異能力がね、消えちゃったみたいなんだ」
「……は?」
中也は思わず、椅子の背もたれから身体を乗り出した。
太宰治の異能力『人間失格』。触れたあらゆる異能を無効化する、究極の対異能力者用の力。それが、消えた。
「頭を強く打った衝撃のせいか、それとも死の淵を彷徨ったせいかは分からないけれど。とにかく、今の私はただの無能力者の女の子というわけ。試してみる?」
太宰は、辛うじて動く右手を少しだけ持ち上げ、ベッドの脇に置かれた中也の手に触れようとした。中也は反射的にその手を引き戻そうとしたが、思い直して、太宰の細い指先に自分の指を重ねる。
いつもなら、中也の体内に流れる異能の気配が、太宰に触れた瞬間に霧散するはずだった。だが、今は何も起きない。中也の皮膚のすぐ下で、重力の異能がいつも通りに、静かに脈打っているのが分かる。
「本当、に……消えてやがる……」
「そうだろう? 森さんもこれには驚いてね。異能が戻るか、あるいは身体が完全に治るまでは、前線に出すわけにはいかないって。だから」
太宰は、包帯の隙間から悪戯っぽく目を細めた。
「相棒の中也が、私の身の回りの全てをお世話するように、って命令が出たのだよ。おめでとう、中也。今日から君は、私の可愛い専属のお手伝いさんだ」
「ふざけんな! 誰が手前なんかのお手伝いさんだ!」
中也は怒鳴ったが、首領からの正式な命令とあっては背くわけにもいかない。何より、異能を失い、全身の骨を折って寝たきりの太宰など、敵に狙われれば一溜まりもないのだ。いくら忌々しい相棒とはいえ、ここで死なせるわけにはいかなかった。
それからの日々は、中也にとって災難そのものだった。
太宰は指一本動かすのにも激痛が走る状態だったため、本当に全ての食事、衣服の着替え、果ては排泄の管理まで、中也が付き合わされる羽目になった。
「中也、スープが熱いよ。もっと冷まして」
「贅沢言うな、この包帯女。ほら、口開けろ」
「あーむ。……うん、中也が淹れてくれるお茶は美味しいねぇ」
全身骨折だらけで、寝返りを打つことすらままならないというのに、太宰はなぜだかずっと楽しそうだった。顔色こそ青白いものの、中也が部屋にいる間は、ずっと機嫌が良さそうに鼻歌まで歌っている。
そんな太宰の態度が、中一週間も続いた頃、中也は流石に怪訝に思って尋ねた。
「おい、太宰。手前、さっきから何がそんなに嬉しいんだよ。身体がそんなになって、異能まで使えなくなって、絶望するならまだしも、なんでそんなに笑ってられるんだ」
「え? だって嬉しいじゃないか。中也がずっと、私の側にいてくれるのだから」
太宰は当然のように言った。
「はあ!? 意味が分かんねえよ。トイレもお風呂も一緒なんだぞ? いくら相棒だからって、手前は一応、女だろうが。少しは恥じらうとか、そういう感情はねえのか」
「今更中也相手に恥じらうことなんて何一つないよ。それに、普段なら中也はすぐに私の前からいなくなってしまうけれど、今は私の介護のために、二十四時間ずっと一緒にいなきゃいけない。こんなに幸福なことがあるかい?」
太宰の言葉は、いつもの嫌がらせやからかいの類には聞こえなかった。本当に、心の底から嬉しそうに、中也の存在を喜んでいる。
中也は調子が狂ってしまい、それ以上何も言えずに、ただ顔を背けて乱暴に太宰の髪を梳かしてやるしかなかった。細くて柔らかい黒髪が、中也の指の間をさらさらと零れ落ちていく。生まれつき女の子として育ってきた太宰の身体は、男の自分に比べてあまりにも小さく、そして脆かった。
そして、太宰が車椅子に座れるまでに回復した、ある日のこと。
夕刻の病室に、心地よい秋の風が窓から吹き込んでいた。空は、燃えるような橙色と、深い藍色が混ざり合う、美しい薄暮の時間を迎えている。
突然、車椅子の上で大人しく外を眺めていた太宰が、ぱっと顔を輝かせて中也を振り返った。
「中也! 私、ひとつやってみたいことがあるのだよ!」
「あ? なんだよ急に。また碌でもないこと思いついたんじゃねえだろうな」
「碌でもないことじゃないさ。ねえ、中也。抱っこして」
太宰は、未だにギプスや包帯が痛々しい両腕を、少しだけ持ち上げて中也の方へと寄せた。
中也は眉をひそめた。
「抱っこって……ベッドに移る時間にはまだ早いだろ」
「違うよ、そうじゃない。私を抱っこして、そのまま、あの窓から飛び降りておくれ!」
「はぁ!!?」
中也は素っ頓狂な声を上げた。
病室の窓の外を見る。ここは病院の三階だ。下はコンクリートの地面である。いくら身体が少し回復してきたとはいえ、全身骨折の病人がそんなところから飛び降りたら、今度こそ確実に死ぬ。
「手前、また自殺願望が再発したのか! 折角ここまで治したってのに、これ以上俺の手を煩わせるんじゃねえ!」
「違う、違うのだよ中也! 私は死にたいわけじゃない! 一回やってみたかったのだよ! ねえ中也、私を抱えて飛んでおくれ!」
太宰の瞳は、まるで見たこともない玩具をねだる子供のように、きらきらと輝いていた。
必死に腕を伸ばし、中也の衣服の裾を掴もうとする。その真剣な眼差しに、中也はふと、あることに気がついた。
中原中也の異能力『汚れつちまつた悲しみに』。
触れたものの重力のベクトルと大きさを操作する能力。自分自身を浮かせることも、触れた相手と共に空を飛ぶことも、中也にとっては造作もないことだ。
だが、太宰治の異能力『人間失格』は、触れた異能をすべて無効化する。
つまり、これまでの人生において、太宰は一度たりとも、中也の重力操作の恩恵を受けたことがなかった。中也がどれほど空を自由に飛び回ろうとも、太宰を抱えた瞬間にその能力は解除され、二人はただの人間として落下することになる。
太宰は、中也の操る重力の世界を、一度も体験したことがなかったのだ。
「手前……まさか、俺の異能を……」
「そう。今の私は、ただの女の子だ。中也の重力に触れても、それを消してしまうことはない。だからね、中也。私を、君の世界に連れて行っておくれよ。中也がいつも見ている、あの自由な空へ」
太宰の声は、少しだけ震えていた。それは恐怖ではなく、期待と、純粋な憧れによるものだった。
いつも冷徹で、全てを見透かしたような顔をしている太宰が、今、自分にしか叶えられない我儘を言っている。
中也は大きくため息をついた。帽子を深く被り直し、呆れたように笑う。
「……チッ、本当に手前は、どこまでも人使いの荒い女だな」
中也は歩み寄り、車椅子の上の太宰を、優しく、しかし確実に抱き上げた。
骨折している身体に響かないよう、細心の注意を払いながら、左腕で太宰の背中を、右腕でその膝裏を支える。女の子の身体は驚くほど軽くて、中也の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
太宰は、中也の首にそっと両腕を回した。包帯越しの細い腕から、ドクドクと速い鼓動が伝わってくる。
「痛むか?」
「ううん、全然。中也の抱っこ、すごく上手だね」
「うるせえ。……しっかり掴まってろよ」
中也は太宰を抱いたまま、開け放たれた窓の縁に足をかけた。
心地よい夜の一歩手前の風が、二人の髪を揺らす。
中也の身体から、赤黒い異能の光が淡く立ち上った。その光は、太宰の身体をも優しく包み込んでいく。いつもなら触れた瞬間に消えるはずの光が、しっかりと太宰の肌に馴染み、彼女の身体を重力から解放していく。
「いくぞ、太宰」
「うん!」
中也は、迷うことなく窓から外へと身体を躍らせた。
一瞬の落下感。しかし、地面に激突する前に、中也の異能が完全に発動した。
二人の身体は、重力を無視して、ふわりと上空へと加速していく。
落下の恐怖は、一瞬にして浮遊の快感へと変わった。
「わあ……!」
太宰が小さく歓声を上げた。
二人の身体は、病院の屋上を遥かに超えて、夕暮れの空へと昇っていく。
眼下には、横浜の街並みがミニチュアのように広がっていた。家々の明かりがぽつぽつと灯り始め、まるで地上に星を撒いたかのような美しさだ。
だが、それ以上に太宰の目を奪ったのは、自分たちを包む空の色だった。
上空を見上げれば、深い藍色の夜が、すぐそこまで迫っている。しかし、西の地平線に目を向ければ、まだ燃えるような橙色の残光が、世界の終わりを惜しむように輝いていた。
藍色と、橙色。
二つの色が美しく混ざり合い、溶け合うその特異な空間を、二人は風を切って進んでいく。
「すごい……すごいよ、中也! 身体が、こんなに軽いなんて! まるで見えない水の中に浮かんでいるみたいだ!」
太宰は、中也の首に腕を回したまま、子供のように顔を輝かせて笑った。
その顔には、いつも張り付いている嘘の笑顔はどこにもなかった。心からの、純粋な喜び。中也の胸に顔を埋めるようにしながら、太宰は何度も何度も空を見渡している。
「どうだ、これが俺の力だ。手前がいつも、触れるだけで消しちまってた世界だ」
「うん……本当に、綺麗だね。中也はいつも、こんなに自由な場所を歩いていたんだね」
太宰の長い黒髪が、中也の顔や肩に触れて、さらさらと音を立てる。
ほんのりと、病室の消毒液の匂いと、太宰自身の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
中也は、腕の中の太宰を少しだけ強く抱きしめた。
異能を失い、全身を骨折し、普通の女の子よりも脆くなってしまった相棒。けれど、今この瞬間、彼女は誰よりも自由で、そして輝いて見えた。
「中也」
「あ?」
「ありがとう。私をここに連れてきてくれて」
太宰は、中也の顔をじっと見つめながら、優しく微笑んだ。
その瞳には、藍色の夜空と、橙色の夕日が、等しく美しく映り込んでいた。
「……礼なら、手前の身体が完全に治ってから、死ぬほど働いて返せ」
「ふふ、善処するよ」
二人は、夜と昼の境界線を漂うように、いつまでもその美しい空を飛び続けた。
やがて異能が戻れば、また太宰は中也の重力を消してしまうのだろう。けれど、この夕暮れの空の温かさと、二人で風を共有した記憶だけは、どんな異能力をもってしても、決して消すことはできないはずだった。
コメント
10件
エモすぎじゃないか?!うちも空飛んでみたい
“中也と同じ世界を見る”っていう太宰さん♀︎の願いが素敵すぎだし、それを何だかんだ言いながら叶えてあげる中也がイケメンすぎる ただ純粋に喜んで笑う太宰さん♀︎の様子が天使すぎる
やば!!念願の(?)重力に乗る。やばいやばい。太宰さんがお礼を...... もうこれ芸術品じゃん