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たなばた
街路樹の青葉が夜の生温かい風に揺れている。
七夕の夜、ヨコハマの商店街は、色とりどりの吹き流しや、願い事を書いた短冊が吊るされた大きな笹飾りで溢れていた。行き交う人々は浴衣を着ていたり、家族連れで賑わっていたりする。
そんな中を、不釣り合いな二人の影が歩いていた。
一人は、砂色の外套をひらひらとさせ、包帯を巻いた背の高い男、太宰治。
もう一人は、その隣で不機嫌そうに顔を顰めている、小柄な女、中原中也だった。
中也は生まれつきの女性だったが、ポートマフィアの幹部としての威厳と、持ち前の気の強さは何一つ変わらない。ただ、男性の時よりもさらに一回り小さくなった体躯に、波打つ橙色の美しい髪を後ろで緩く一本に結い上げている。服装も、いつもの黒い外套の下に、少し動きやすいがどこか女性らしさの残る細身の仕立ての装いを崩さない。
「おい、太宰。なんで手前とこんな日に、こんな場所を歩かなきゃならねえんだよ」
中也はすれ違う子供にぶつからないよう、器用に身をかわしながら、隣の男を睨みつけた。
「酷いなぁ、中也。私の頼みを聞いて、わざわざ笹を買いに行く優しい恋人に向かって、その言い草は」
「誰が恋人だ、ぶち殺すぞ! 大体、手前が『どうしても中也の手を借りなきゃ運べない大きな荷物がある』なんて泣きつくから来てみれば……なんだよ、笹のお使いって!」
中也の手には、商店街の生花店で買い求めた、手頃な大きさの青々とした笹の枝が握られていた。中也の身長が小さいため、そのまま持つと葉先が地面に擦れてしまう。それを気にして、少し持ち上げるようにして抱えている姿は、いかにも不承不承といった様子だが、どこか健気でもあった。
「だって、探偵社で七夕の飾り付けをすることになってね。皆多忙だから、私が買って帰るよと大見得を切ったのはいいけれど、一本丸ごとの笹なんて、私のような繊細な美青年が運んだら、途中で腰を痛めて行き倒れてしまうよ」
「そんなもんで行き倒れるか、この包帯無駄遣い装置! 手前の貧弱さは昔から変わらねえな。ほら、さっさと歩け。探偵社まで届ければいいんだろ」
ツカツカと早足になる中也の後を、太宰は楽しげに、長い脚を遊ばせるようにしてついていく。
「それにしても、中也が笹を持っていると、まるで竹林から迷い込んできた迷子の狸のようだ。おや、よく見ればその橙色の髪も、狸の毛並みに見えなくもないね」
「誰が狸だ、コラ! 手前、わざわざ喧嘩売るために俺を呼び出したんじゃねえだろうな」
「まさか。ただ、小さな中也が一生懸命に緑の枝を抱えている姿が、微笑ましくて堪らないだけさ」
太宰がわざとらしく中也の頭を覗き込むようにすると、中也は顔を真っ赤にして、持っていた笹の葉を太宰の顔にバサバサと叩きつけた。
「うわっ、冷たい。笹の葉が目に刺さるよ、中也」
「五月蝿い! これ以上ふざけたら、この笹ごと手前を夜空の彼方まで叩き落としてやるからな」
二人は口喧嘩を止めないまま、商店街の裏手にある、少し人通りの落ち着いた小さな公園へと差し掛かった。公園の片隅には、街灯の光に照らされたベンチがある。
太宰は不意に足を止めると、中也の腕からひょいと笹の枝を取り上げた。
「よし、ちょっと休憩にしよう」
「はあ? まだ大して歩いてねえだろ。早く届けちまおうぜ」
「まあまあ。せっかくの七夕だ。商店街の店主に、短冊と紐をいくつか分けてもらったんだよ。私達もここに願い事を書いていこうじゃないか」
太宰は外套の懐から、色鮮やかな赤と青、そして黄色の短冊を取り出してみせた。油性ペンまで用意している周到さだった。
「チッ、面倒くせえな。ガキじゃあるまいし、短冊に願い事なんて書いて何になる」
「冷めたことを言わないでおくれよ。中也は昔から、こういう行事ごとには意外と律儀に付き合ってくれたものだけど? それとも、女の子らしい可愛い願い事が思いつかないのかな?」
「あんだと!?」
中也は太宰の手から引ったくるようにして、赤い短冊とペンを奪い取った。
「書いてやりゃあいいんだろ、書いてやりゃあ! 手前が驚くような上等な願い事をな!」
ベンチに背を向け、中也は小さな背中を丸めるようにして、街灯の薄明かりの下でペンを走らせ始めた。太宰を意識してか、手元が見えないように必死に隠している。
太宰はその姿を、薄く微笑みながら見つめていた。男性の時よりも華奢になった肩の線、結い上げた髪の隙間からのぞく、白く細い項。どれだけ口が乱暴で、マフィアの幹部として血を流してきても、やはり彼女は自分の唯一無二の女性なのだと、こんな瞬間に深く実感させられる。
「太宰、手前もさっさと書けよ。覗いたら承知しねえからな」
「はいはい、分かっているよ」
太宰も青い短冊を取り、サラサラと何かを書き付けた。
やがて、二人は書き終えた短冊を、手元にある笹の細い枝へと結びつけた。
「さあ、見せ合おうじゃないか。中也は何て書いたんだい?」
「見せるわけねえだろ。願い事は他人に言ったら叶わなくなるんだよ」
「おや、そんな迷信を信じているのかい? 可愛いところがあるねえ。でも、私はもう中也の短冊を見てしまったよ」
太宰は素早く中也の結んだ赤い短冊を手元に引き寄せ、その文字を読み上げた。
「『組織の安定と、今月のワインの売上が上がりますように』……うわあ、なんて現実的で夢のない、そしてマフィアの幹部らしい願い事なんだ」
「るせえ! いいだろ、何を書こうが俺の勝手だ! 大体、手前こそ何を書いたんだよ」
中也は悔し紛れに、太宰の結んだ青い短冊を引っ張った。そこには、太宰の端正な、しかしどこか掴みどころのない筆跡で、こう書かれていた。
「『今年こそ、中也の生意気な口が、もう少し素直になりますように』……手前、人の願い事を使ってまで嫌がらせしてんじゃねえよ!」
「嫌がらせだなんて心外だな。私は本気で、毎日中也のその乱暴な口調をどうにかしたいと思っているのだよ? せっかく最初からこんなに可愛らしい女の子として生まれてきたというのに、中身がこれでは台無しだ」
太宰はそう言って、中也の頬を人差し指でかるく突いた。
中也はその手をバシッと叩き落とすと、鋭い視線で太宰を睨みつける。
「中身がこれで悪かったな! 嫌なら最初から、俺に関わらなきゃいいだろ!」
「おや、怒ったのかい?」
「怒ってねえよ! ……もういい、笹はここに置いとくから、手前が一人で運べ!」
中也は本当に腹を立てたのか、笹の枝をベンチに放り出すと、踵を返して歩き出そうとした。その歩幅は小さくとも、怒りのせいで足取りは荒い。
「待ちたまえよ、中也」
太宰の長い腕が、後ろから中也の細い手首を捕らえた。
グイと引っ張られ、中也の小さな体が、簡単に太宰の胸の中へと収まってしまう。
「離せ、太宰!」
「離さないよ。怒らせるつもりはなかったんだ。少しからかいが過ぎたね。すまなかった」
耳元で、いつもより少し低い、心地よい太宰の声が響いた。
中也は暴れるのを止め、太宰の胸に顔を埋めたまま、小さく舌を打った。太宰の身体から香る、いつもと変わらない包帯と、少し苦い煙草のような香りが、中也の鼻腔をくすぐる。
「手前はいつもそうだ……。俺が女だからって、からかって楽しんでやがる」
「そんなことはないさ。中也が男だろうと女だろうと、私は中也をからかっていただろうね。けれど……」
太宰は中也の手首を掴んでいた手を緩め、そのまま彼女の細い腰へと腕を回した。ぐっと引き寄せると、中也の頭が太宰の顎のあたりにすっぽりと収まる。男性の時よりも頭一つ分以上小さくなった彼女の存在が、太宰の腕の中で酷く愛おしく感じられた。
「女の子になった中也は、赤くなったり怒ったりする反応が、昔よりずっと分かりやすくて可愛いんだ。だから、ついつい意地悪をしたくなってしまう。これは私の悪い癖だね」
「……最低だな、手前」
中也は毒気を抜かれたように、太宰の外套の胸元を、小さな拳で弱々しく小突いた。
「ああ、最低さ。自覚はあるよ。でも、そんな最低な男の恋人をしてくれているのは、世界中で中也だけだろう?」
「当たり前だろ。手前みたいな面倒くさい男、俺以外の誰が引き取るってんだよ」
中也は、ふいと顔を横に向けた。街灯の光のせいで、彼女の耳の裏まで真っ赤に染まっているのが丸見えだった。その生活感のある、しかしどこか色っぽい橙色の遅れ毛を、太宰は愛おしそうに指先で弄る。
「中也。実はね、もう一枚、短冊を書いていたんだ」
「あ? もう一枚?」
太宰は中也を片腕で抱き締めたまま、もう片方の手で、ポケットから黄色の短冊を取り出した。そこには、先ほどまでのふざけた文句とは全く違う、短い言葉が書かれていた。
「『この小さな手が、ずっと私の側から離れませんように』」
太宰がその言葉を囁くように読み上げると、中也は大きく目を見開いた。
「……太宰」
「これが、私の本当の願い事さ。神様に届くかどうかは分からないけれどね」
太宰は黄色の短冊を、ベンチの笹の、最も高い枝へと丁寧に結びつけた。夜風が吹き抜けると、赤、青、黄色の三つの短冊が、カサカサと音を立てて身を寄せ合うように揺れた。
中也はしばらくその短冊を見つめていたが、やがて、諦めたように深い溜息を一つ吐いた。そして、太宰の首に自らの細い腕を回し、背伸びをする。
「手前……本当に、ずるい男だな」
「知っているよ」
重なる唇は、夜の風の中で驚くほど熱かった。
太宰の手が中也の背中を優しく撫で、中也はそれに身を委ねるように、太宰の身体にぴったりと寄り添う。
普段は口を開けば喧嘩ばかりの二人だが、こうして肌を合わせる瞬間だけは、言葉にできないほどの深い情愛が二人を満たしていた。
しばらくして、名残惜しそうに唇が離れる。
中也の瞳は潤んでおり、呼吸が少し乱れていた。その様子が、普段の凛々しい幹部の姿からは想像できないほど艶っぽく、太宰の胸を激しく揺さぶる。
「……おい、太宰。笹、探偵社に届けるんだろ。早く行かねえと、夜が明けちまうぞ」
「そうだね。でも、その前にもう少しだけ、こうしていてもいいだろう? 何しろ、一年に一度の特別な夜なのだから」
太宰は中也の額に、優しく口付けを落とした。
中也は今度は文句を言わず、太宰の胸に小さく頭を預け、結んだ髪を揺らしながら、静かに目を閉じた。
ヨコハマの夜空には、雲の隙間から、微かに天の川の光が覗いていた。
二人の願いを乗せた笹の葉は、静かな公園の片隅で、いつまでも寄り添うように揺れ続けていた。
どうも、なつのほです
あの、今まで何人かリクエストしてきた人の中で、まだリクエスト答えられてない!って方いる…?
教えてください…!
今教えてくれないと私もしかしたら一生リクエスト返答できないかも(泣)
ほんとすみません
コメント
7件
互いに不器用なツンデレ姿が最高すぎる!!
(´∀`*)ウフフ素敵なお話!こんな恋がしたい………‼‼ リクエストかぁ……イベントのやつ載せてくれたらうれぴー(ハロウィンとか?)海に行きましょう!
いやあ、もう、最高の七夕の夜でした……!喧嘩しながらも笹を買いに行く二人の掛け合いがもう可愛くてたまらなかったです。太宰の「からかいたくなる」って気持ち、めちゃくちゃ分かります。でも最後の黄色い短冊の「この小さな手が、ずっと私の側から離れませんように」で全部持っていかれました。太宰の本心が垣間見える瞬間、本当に胸が熱くなりました。幼くなった中也を抱きしめる描写も、細やかで愛おしさがにじみ出ていて、何度も読み返したくなる作品です。 あ、それから作者さん。リクエスト未回答の件、私は大丈夫ですよ。でも気にかけてくれる優しさ、ちゃんと伝わってます。あまり焦らず、自分のペースで大丈夫ですからね。
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怜
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