俺は『もう一人のシオリ』に、一つ提案をした。
「なあ、どうしたら俺を解放してくれるんだ?」
「……………………」
この質問は『もう一人のシオリ』にとって。
あー、もうー! ややこしいな。
よし、今からこいつを『闇シオリ』と呼ぶことにしよう。
この質問は『闇シオリ』にとっては、とても好都合なもののはずだから、自分の身の安全は保障できない。かといって、このままの状態が続くと非常にまずい。
なぜなら、このまま『闇シオリ』が俺の額から右手を退けなければ……最悪の場合、俺は一生、身動きが取れないからだ。
俺は、こうなる少し前のことを思い出してみた。
すると、マナミ(茶髪ショートの獣人)とツキネ(変身型スライム)が吹き飛ばされる直前、シオリは左手で二人に触れていたことに気づいた。
『左右の手で魔法の効果が違う』のなら、マナミとツキネを撃退した時に使ったものと、俺を動けなくしているものは全く違うはず……。
ということは、『グラビティコントロール』は……『魔法を使う対象の一部に触れていないと効果を発揮できない』のかもしれないな。
もしそうなら、俺の額に置かれている右手が俺から離れない限り、俺の命は『闇シオリ』が握っているということになる。
しかし、ここで一つおかしな点がある。それは『コユリが魔法を発動しようとしない』という点だ。
コユリ(本物の天使)の魔法『アンチダークネス』は俺の推測だが、神、天使、人間以外の存在の時間を停止できる。(ちなみに俺が半径三キロ圏内にいないと使用できないらしい)
いつも冷静なコユリが、俺がピンチなのにもかかわらず、魔法を使わないわけがない。ということは。
俺は、そこまで考えると『闇シオリ』にこう言った。
「なあ、シオリ。もう芝居はその辺にしたらどうだ?」
俺がそう言うと『闇シオリ』は俺の額から右手を退けた後、俺の胸に顔を埋めた。
「ねえ、ナオ兄。いったい、いつから気づいてたの?」
「あー、それはもう一人のシオリが、黙り込んだ時からだ」
シオリ(白髪ロングの獣人)が俺を抱きしめると、俺はそんなシオリの頭をやさしく撫で始めた。
「そっか……。ナオ兄には、なんでもお見通しなんだね」
「いや、俺でも分からないことはあるぞ」
俺がそう言うと、シオリはゆっくりと顔を上げて。
「それって、なあに?」
こちらの顔を覗き込みながら、そう言った。
「それは……部屋の外で聞き耳を立てているやつらがいない時に教えよう」
「うん、分かった。約束だよ?」
「ああ、そのうちな」
その時、部屋の外から、ガタッという音が聞こえたため、俺はシオリに、ここで待っててくれ……という合図をすると、玄関の扉を開けた。
するとそこには、なぜかスクール水着を着たミノリたちがいた。
「……その、あえて訊くが、その格好はいったい何なんだ?」
ミノリ(吸血鬼)が、どうしてナオトがこのタイミングで出てくるのよ! という顔をしたまま、こちらに来るとこう叫んだ。
「ア……『アブソリュートドミネイト』!」
ミノリは自分では手に負えない! と思ったら、すぐにこの魔法を使うらしい。(俺はわざとミノリの目を見た)
「今よ! みんな! ナオトを部屋に連れ込んで!」
「どうして私たちがあなたに協力しなければならないのですか?」
「でも、そう言うコユリさんはどうしてスクール水着を着ているんですか? 私、気になりますー」
「ツ、ツキネさん! あまりそう言うことは言わない方がいいですよ!」
どうやらミノリ以外、参加する気はなかったようだ。
ミノリって運動会の競技に全力で取り組むタイプなんだな。動きを封じられながらも俺はそんなことを考えていた。
「いいから早くして! 私の魔法は耐性がつきやすいんだから!」
「はぁ……仕方ないですね。今回はマスターのためでもありますから、手を貸しましょう」
「そうですねー」
「は、はい! ここは一時休戦といきましょう!」
ミノリたちはそんなことを言いながら、俺を部屋に連れ込むと、ピンク色でフリル付きのエプロンを着け始めた。
スク水に……エプロンねえ……。いったい誰が喜ぶんだろうな……。
というか、シオリはいつのまに着替えたんだ? あっ、こっちに来た。
シオリ(白髪ロングの獣人)はそんな俺の視線に気づいたのか、着替え中のミノリたちをすり抜けると、こちらにやって来た。
「ねえ、ナオ兄。どう? 変じゃない?」
頬を赤く染めながら、俺にそう訊ねるシオリは、いつも以上に可愛かった。
ま、まあ、こういう時は褒めた方が良いって、あの『雑誌』にも書いてあったよな。
俺はスッと立ち上がると、シオリの頭を撫で始めた。(ミノリの魔法の効果はとっくに切れていた)
「ああ、よく似合ってるよ。なんというか、守ってあげたくなる衝動に駆られるな」
シオリはさらに頬を赤らめると、人差し指同士を恥ずかしそうに、くっつけたり離したりしていた。
「ナオ兄、不意打ちは……ダメだよ」
「いや、俺は正直な感想を言っただけなんだが……」
「でも、ナオ兄にそう言ってもらえたのは、嬉しかったよ。ありがとね、ナオ兄」
シオリはそう言うと、先ほどの不気味なものではなく、嬉しそうな笑みを浮かべながら俺に抱きついてきた。
俺はシオリのその笑顔に一瞬、心を奪われてしまったせいで、再びシオリに押し倒されてしまった。
「お前に押し倒されたのは、これで二回目だな」
「んふふー、ナオ兄ー♪」
シオリは俺に抱きついたまま、顔をスリスリと擦り付けてきた。
俺は、人の話は最後まで聞くものだぞ……と言おうとしたが、やめた。
なぜなら、こんなに嬉しそうなシオリを見たことがなかったからだ。
あれ? というか、あいつらは? と俺がふと、台所の方を見ると、こちらを見ながら殺気を漂わせている吸血鬼がいた。
「ずいぶん、シオリと仲が良いのね。ナ・オ・ト!」
「あー、いや、これには理由があってだな……」
「問答……無用!」
俺の話を最後まで聞かずに『ミノリ』は高くジャンプし「死ねええええええええ!」と言いながら、俺に襲いかかってきた。
しかし、天井に頭をぶつけ、落下した。
「グエッ!」
落下したミノリが最初に言った言葉がそれだった。可愛いピンク色のエプロンの下にスク水を着るという、なんとも言えない組み合わせであったが、そんな感想よりも先に。
「狭い部屋で、はしゃぐからこうなるんだよ。自業自得だ」
「う、うるさいわね。だいたい、誰のために、こんなことしてると思ってるのよ……」
「いや、どう考えても、俺が無事に異世界に来られたからだろう?」
「な、なあんだ、気づいたのね。あー、頭、痛い」
ミノリは自分の頭を撫でながら、俺に張り付いているシオリを片手で無理やり剥がすと俺に左手を差し伸べた。
「ほら、早くしないと『パーティー』が始まっちゃうわよ?」
「そうだな、お前たちが作った料理楽しみだなー」
俺はその手を掴むと、ミノリの目を見ながら、そう言った。
「あたし……じゃなくて、あたしたちが頑張って作った料理なんだから、絶対残さないでよね!」
あたしたちか。ミノリもあいつらを仲間として……いや、家族として受け入れることにしたんだな。
さて、冷めないうちに、みんなの料理をいただくとしよう。
「そんなの当たり前だろ! 軽く平らげてやるよ!」
「へえ、言うじゃない。けど、美味しすぎで腰を抜かすかもしれないわよ?」
「ほう、それはますます楽しみだな」
「でしょ、でしょー」
ミノリとそんなことを話しながら、俺はみんながいる方に向かった。
気になることは多々あるが、今は腹ごしらえをしよう。
そんな感じで『異世界へようこそ会』が行われる。さあ、食事の時間だ! (作戦名『奪還』成功?)
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