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「……それで? お前は、ワイに喧嘩を売りに来たんか?」
ワイはリンゴを指で転がしながら、レオンを睨みつけた。さっきから話の持っていき方が妙に回りくどい。核心に触れそうで触れん感じが、なんか気に食わん。
「そんなわけがないだろう」
レオンは肩をすくめた。けど、その態度がまたムカつく。ワイの出方を見極めようとしとるんが、バチバチに伝わってくる。
「はっ、ならもったいぶるなや。さっさと話せ」
ワイは鼻を鳴らし、手元のリンゴをぐるりと回した。表面が燭台の火に照らされ、ツヤツヤと光を反射しとる。なんや妙に艶かしい。
「簡単な話だ」
レオンはニヤリと笑い、椅子の背にもたれかかった。
「お前の果樹園、俺たちと組まないか?」
……は?
ワイは思わずリンゴを握る手に力を込めた。
「お前の作るリンゴとマンゴー、まだまだ販売ルートが限られているようじゃないか。俺とリリィなら、冒険者ギルドに顔がきく。荒くれ者でも、たまには美味い果物を食いたいもんさ。お前は、新たな販売ルートを確保できるっつうことだ」
「なんや、そんな話か」
ワイはわざと気の抜けた声で返した。もったいぶって何を言い出すかと思えば、ただの商売の話やないか。
確かに果物の販売ルートは限られとる。今は地元の商人や、一部の宿屋や食堂に卸しとる程度や。あとはせいぜい、そこらの通行人に手売りしたり、近所のガキに無料で配ったりやな。
せやけど、販売ルートを広げる手段がないわけやない。ワイなりに考えとることはある。
レオンはまるで「お前には無理やろ?」と言いたげな顔しとる。それが無性にムカついた。
「それだけじゃねぇ。身辺警護も引き受けてやるぜ。お代は……果樹園の儲けの8割だ」
「8割やと? ……つまり、実質的にお前が果樹園を支配して、ワイはお前の手下になってまうようなモンやんけ」
ワイはジロリとレオンを睨んだ。こいつ、何を言い出すかと思えば、そんなふざけた条件を出してくるんか。
「手下なんて人聞きが悪いな。これはビジネスの提案だ」
レオンは飄々と笑う。けど、その目は嘲りと見下しが混ざっとる。
「お前、昔は無能扱いされてたのを忘れたわけじゃねぇよな? たまたまスキルが役に立っただけで、調子に乗ってんじゃねぇか?」
「……」
喉の奥がカーッと熱くなるのを感じた。
──覚えとるに決まっとるやろ。
ワイは駆け出し冒険者として、幼馴染のリリィと一緒に活動しとった。そこに加入してきたんがレオンや。3人が同時期にレベル10を達成できたまでは順調やった。問題はその後や。【ンゴ】スキルを上手く扱えんかったワイは、「無能」として追放された。
そんなワイが、果樹園を始めてから一気に状況が変わった。リンゴやマンゴーは甘く、実は大きく育ち、市場に出せば即売れ。気づけば、「無能」扱いされとったワイが、金を稼ぐ立場になっとった。けが人を看護する能力もあるし、敵を半殺しにすることもできる。
──せやから、なんや?
レオンの言いたいことは簡単や。ワイが成功したんは、たまたまやと。調子に乗るな、と。
……アホか。
「いい機会だろ。俺たちと組めば、販路を拡大しつつ安全も買える。成り行き次第じゃ、荷物持ちとして冒険に連れていってやってもいいぜ? どうせ、冒険者に未練があるんだろ?」
レオンは相変わらずの余裕ぶった顔で言い放った。ワイの目の前には、夕暮れに照らされたリンゴの木々が静かに佇んどる。風が吹けば、枝葉がさわさわと揺れて、どこまでも穏やかな光景や。けど、今のワイの胸の内は、そんな静けさとはほど遠かった。
「興味ないわ」
ワイは手にしていたリンゴの芯を無造作に放り投げた。乾いた地面に落ちたそれを、靴の裏で踏み潰す。べちゃっと鈍い音がして、じわっと果汁が滲んだ。なんや、自分の気持ちがそのまま形になったみたいやった。
「ワイはもう冒険者やない。農家として生きるんや。仮にワイが冒険者として復帰するとしても、お前と組むつもりは毛頭ないわ」
レオンの表情が、一瞬だけ変わった。ほんの一瞬やけど、その余裕たっぷりの笑みが揺らぐのを、ワイは見逃さんかった。すぐにまた皮肉げな笑顔に戻ったけど、その刹那に見えたものが脳裏にこびりつく。
「……そうか。なら、仕方ねぇな」
レオンは薄く笑いながら、ワイの目をまっすぐ射抜くように見据えた。喉を鳴らして笑うその仕草に、なんか引っかかるもんを感じる。あいつの笑いには、いつも何か裏がある。
「まあ、考え直したくなったら言えよ。だけど──気をつけろよ、ナージェ」
「……何をやねん」
ワイは思わず眉をひそめた。レオンはその反応を楽しむように、口の端をわずかに持ち上げる。
「お前の作る果物は、もうただの食い物じゃねぇ。すでに狙ってる連中がいる」
それだけ言い残し、レオンは踵を返した。
ワイは何も言わず、その背中を見送る。夕陽に伸びるレオンの影が、やけに長く見えた。
──ただの警告か、それとも脅しなんか。
ふっと息を吐き、果樹園へと目をやる。
赤く染まった果実が、夕陽に照らされて鈍く輝いとる。その美しさの奥に、かすかな不穏さが滲んどるような気がした。
風が枝葉を揺らし、静かなざわめきを響かせる。
まるで、何かが始まる合図みたいや。
ワイは無意識に、拳を握りしめた。