「受かった……」
指先が震えている。動悸も激しい。落ちつけ。瞳を閉じてゆっくりと息を吸う。吐き出す。呼吸を整えてから手元の紙に綴られた短い文面を見つめた。
「マジだ。何回見ても間違いない……『合格』って書いてある」
紙上の文字を指先で何度もなぞってみた。その単語が記されている厚手の上質な紙には、あちこちにシワが寄っている。無意識にかなり力を込めて握りしめていたようだ。
俺はもう一度深呼吸をする。かれこれ5分以上、家の前で立ちすくんでいた。理由を知らない人間がこの場面を見たら、不審者だと通報されていたかもしれない。
夢でも幻でもないことをようやく実感することができると、今度は胸の奥から込み上げてくるものが抑えきれなくなる。俺は衝動のままに大声で叫んでしまった。
「ばあちゃん!!!! 俺受かった!! 受かったよ!! 合格!!!!」
「玖路斗学苑?」
自宅のポストに届いた一通の手紙。散々情緒を掻き回されたあとは、愛すべき家族たちともこの喜びを分かち合わなければならないだろう。広げた手紙を折りたたむ間も惜しいとばかりにしっかりと握りしめ、祖母と姉の元に向かった。
「聞いたことないわねぇ。ごめんなさいね、透くん。私都会の学校はよく分からないから……」
「てか、透。私たちに内緒で勝手に受験したの?」
通知を見たふたりの反応は俺が想像していたものとは違い、肩透かしを食らってしまった。もうちょとこう……お祝いモードになってくれてもいいだろう。名門校に合格したんですけど……
かたや困惑、もう一方に至っては怒ってる……よな。合格の結果を受けてハイテンションになっていた気持ちがみるみる萎えていく。背筋には冷たい汗が一筋流れた。
「愛呼さん、俺知ってるよ。玖路斗学苑は次世代の魔道士や召喚士を育成するための専門学校だよ」
祖母の愛呼に得意気に話しかけたのは、うちの常連客である『笹川正一郎』だ。
我が家は祖母『河合愛呼』を大黒柱に食事処を営んでいる。現在の時刻は午前9時。店はまだ準備中だ。本来なら客はいないはずなのだが、この笹川は姉『唯奈』の友人で、時々店を手伝ってくれていた。今日はたまたまその手伝い日だったため、この場に居合わせたのである。
「そう、それ!! さっすが笹川さん。分かってくれてる」
「確かに合格は合格だけど、これ『一次試験』って書いてあるわよ」
「えっ!?」
姉が見ていた合格通知を勢いよく取り返す。『合格』の単語に気を取られて文面をよく見ていなかった。通知を頭から最後までじっくりと確認する。
「マジだ……」
通知を読んで唖然としてる俺の代わりに、姉が祖母と笹川に説明を始めた。
「今年は学苑が想定していたよりも受験希望者が多かったため、二次試験まで行います……だって」
「じゃあ、俺はまだ入学できると決まったわけじゃないってこと?」
「そうだな……二次までやるってことは、それに受からなきゃな」
笹川が何とも気まずそうな表情で答えた。あれだけ合格したと大騒ぎしたのに、勘違いだったなんて恥ずかし過ぎる。
学苑側も酷いじゃないか。いきなり二次までやるだなんてさ。こっちは合格だと思ってあんなに喜んで家族に報告しちゃったんだぞ!!
「透、ちょっとそこ座んなさい」
姉が正面のカウンター席を指差している。弟の俺から見ても姉はとても美人だ。美人は怒ると怖いというがその通りだと思う。切れ長の瞳が細められ、凄い迫力だった。
「えーっと……その、なんかさ。俺、勘違いしてたみたい」
藁にもすがる思いで祖母と笹川に目配せをしてみるが、ふたり共俺から顔を逸らした。普段なら俺が姉に叱責されそうになると仲裁に入ってくれるのに……。きっと、彼らから見ても今回は100%俺が悪いということなのだろう。
観念して姉が指定している席に腰を下ろした。俺が椅子に座るのを確認すると、姉は大きな溜息をひとつ吐いて、ゆっくりと話を始めた。
「……まずは、合格おめでとう。名門校だっていうのに凄いじゃない」
「あ、ああ……ありがとう。一次だけどね」
「どうして私たちに黙っていたの。反対されると思った?」
「違う。ばあちゃんも姉ちゃんも、俺が玖路斗学苑に行きたいって言ったら応援してくれると思ってたよ。でもさ……ほら、名門校だろ。合格する自信あんまりなかったし、落ちたら変な空気にしちゃうじゃん。だから……」
「だから、内緒で試験を受けたっていうの? 私はあんたが魔法に興味があることすら知らなかったわ」
てっきり勝手に受験したことに怒っていると思っていた。入学金とか、その他諸々にかかる費用….…心配になるよな。それについては俺だってしっかりと考えていた。祖母と姉に負担をかけるわけにはいかないから。でも、姉が怒っているのはそういう金銭的なことではないようだ。
最初は夜叉のような表情だったのに……今の姉はとても悲しそうに見えた。
「……透くんはもう15歳だもの。きっと自分なりに色々考えての行動だったのよ。でもね……おばあちゃんは少し寂しかったわ。受験なんて将来に関わることなのに、何も相談して貰えなかったんだもの」
「あっ……それは、その……なんつーか」
「私も唯奈ちゃんも女性だから……男の子の透くんが言いづらいこともあったんでしょうね。ひとりで全部抱え込ませて……それに気付かなかったのだとしたら、保護者として不甲斐ないわ」
祖母はおっとりとしていて上品だけど、時々姉よりも鋭い言葉を投げ付けてくる。心配させまいとした行動が全部裏目に出ていた。内緒にしていたことで、逆にふたりを傷付けていたのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!