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最悪な気分は一ヶ月も続いた。僕はピリピリしているし、からさんは気まずそうにしている。しかし時間の流れとともに淀んだ空気は清浄され、悶々としているのが僕ひとりになった。からさんは僕のことなどもう気にしていない。
休日は午後になってから起きてコンビニの安いビールを飲み、あの人のことを思いながらオナニーして眠る。僕は自分を虫だと感じる。誘蛾灯に惹き寄せられる虫、地面を這いずる虫。あるいは、それ以下。
山本くんだけはずっと元気だ。空気が読めないのかと初めは苛立った。しかし、露骨に暗い僕に声をかけてくれる明るさのおかげで、僕はゲイバーに通い誰かと一夜限りの関係を築かずに済んでいる。
「山岡さん」
「なに?」
「今日時間あります? 俺今日も暇なんすよ、飲み行きましょうよ」
騒がしい居酒屋は僕の存在を消してくれるようで居心地が良い。僕は泣き上戸だ。目の前にいる山本くんは少しも嫌そうな顔をせず、ただ僕の話を聞いてくれた。
「いつから好きだったんですか?」
「半年くらい前かな」
「半年かー、しんどいっすね。あ、グラス空ですけどなんか飲みます? すいませーん」
僕の話に全く興味なさそうなところがよかった。気を使われると惨めになる。彼はお喋りだから会話も楽だ。
飲みに行き、余った映画チケットの消費に付き合い、その過程で彼が人間の多面性そのものであることに気が付いた。強情で子どもじみていながら、思慮深く大人びている。几帳面で大雑把で、冷たいようで思いやりがあり、よく笑うがどこか影があった。彼はこういう人間だ、と一言で表すのが非常に難しい。早い話が、変わった奴だ。
それと、「実は俺も好きな人いるんですよ」という言葉で彼の苦しみに触れた。その女の子は何年も思い続けているのにちっとも振り向かず、しかも他に好きな男がいて全然脈がないんだという。彼は自虐を笑い飛ばしたけれど、僕は好きな人の好きな人なんていっそ殺したい。
「そいつらのこと憎んだりしないの?」
「しないですよ。好きなので」
抱えた地獄を撒き散らさない彼の心根を僕は尊敬した。だから、傷を舐めあうためホテルに誘って彼を侮辱したりしない。
それに彼はホモセクシュアルではないのだ。僕はあらゆる意味で異常だ。
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