「アリエッタどうしちゃったのかしら……」
「すっかり静かになっちゃって」
「もしかして疲れちゃった?」
『魔法』を大はしゃぎで撃っていたアリエッタは、静かにミューゼの後ろにくっついていた。
というのも……
(うわぁぁぁあんなにはしゃいで恥ずかしい! これじゃ子供みたいだよ!)
魔法で大はしゃぎしてしまったのが後になって恥ずかしくなり、思わずミューゼに縋り付いて、顔を伏せていた。周囲から見れば、それも子供らしくて可愛いものなのだが、内心穏やかではないアリエッタは、そこまで考えが回らない。
「いいなぁ、ミューゼさん」
「グラウレスタに一緒に行ってから、あたしかパフィかピアーニャちゃんから絶対に離れなくなったんですよ」
「ピアーニャちゃんいうな」
「ちょっと早く歩くと必死についてきて……もうそれが可愛すぎて、パフィは歩きながら悶えそうになったって言ってましたよ」
「あ、それ分かるかも~」
アリエッタ本人は、はぐれて置いて行かれないように、そして迷って周囲に迷惑がかからないようにと、大人として真剣に考え、最適かつ安全な行動を心がけている。しかし、7歳程度の子供がそれをやると甘えているようにしか見えない。つまり頑張れば頑張る程、アリエッタは幼女として可愛がられるのだ。
(はぁ……少しだけ落ち着いたかな? で、今更気づいたけど、僕もドレスっぽいの着てない? メイドさんみたいな人達に囲まれるまでは、あの魔法少女みたいな服だったと思うから、あの時かぁ)
着せ替えられる事に体だけが慣れてしまった事、そして気付けで魔法を見た時のままのテンションで、服が変わっていても違和感を感じ損ねていたが、ようやくドレスを着ている事に気が付いた。
繰り返された長時間の着せ替え人形状態による弊害である。
(う~ん、スカートばっかり履かされてる気がする。もう慣れたけど。みゅーぜもぱひーも、こういうの好きなのかな? まだちょっと恥ずかしいかも……)
「あら、着せてもらったドレスを気に入ったのかも」
「そうなの? よかった~、心が折れたっていうから、服が苦手になってないか心配だったの」
ドレスをつまみながら、まじまじと見つめていると、ドレスに興味があると捉えられてしまう。
それならば採寸をと提案されたが、心が折れたばかりで可哀想という事で、ニーニルにあるフラウリージェに採寸記録があると紹介した。こうして、店長ノエラの知らない所で、一般人の店への王家の訪問が決まったのだった。
(勝手に巻き込んだけど、別に良いよね。うん、気にしないでおこう)
ミューゼは無責任にも、ノエラに丸投げした。
「アリエッタもおちついたし、これからどうする?」
「う~ん……」
先程アリエッタが『魔法』を撃っていた的を見るミューゼ。それに気づいたピアーニャが、ニヤリと笑って提案する。
「よし、テリア。ミューゼオラにマホウをおしえてやってくれ」
「えっ!?」
(!)
「はいはい、まっかせなさい」
「ええっ!?」
(!?)
いきなりのピアーニャの言葉に驚き、あっさり承諾するネフテリアにも驚いたミューゼ……に反応して一緒に驚くアリエッタ。一体何が起こったのか分からず、オロオロとしている。
(みゅーぜ? なにか困ったことでもあったのかな?)
「……良いんですか? というか、大丈夫なんですか?」
「何が心配なのか知らないけど、魔法なら任せて!」
「テリアはこんなんでも、マホウのおうじょだからな。そのウデマエはわちがほしょうするぞ」
「え~ん、ピアーニャちゃんひどーい」
「ピアーニャちゃんっていうな!」
(あわわ……ぴあーにゃがお姉さんをいじめてる! 止めないと!)
アリエッタからは、ピアーニャが怒って、ネフテリアが拗ねているように見えている。そうなると、ピアーニャのお姉ちゃんとしてのアリエッタの行動はもちろん……
「ぬわっ!? なにをするアリエッタ!」
「ぴあーにゃ、めっ」(悪戯は程々にしないとダメだよ)
「なんでだー!」
悪い事をしたら叱る。お姉ちゃんとして当然の行為である。会話が理解出来ないせいで、叱るべき相手を間違えてはいるが。
「めっ」
「うぅ……なぜわちが……おこるなら、テリアのヤツにしてほしかった……」
理不尽に叱られているピアーニャをこっそり笑ったネフテリアは、練習用の杖を持ち、ミューゼを連れて的の前へと移動した。
「それじゃ、アリエッタちゃんにピアーニャの世話を任せて、まずは基本を一通りやってみましょうか」
「ぎゃくだ! ぎゃく!」
「え、先に応用なんて駄目よ」
「そっちじゃない! ってアリエッタはなんでそんなカオをするのだ!? いや、わちがわるいコトをしているのでは──」
子供同士のじゃれあいの世話を密かに潜んでいるオスルェンシスに任せ、ネフテリアはミューゼの魔法を一通り見ていった。
基本的な魔法とは、手のひらからその効果を発現させることであり、発現の仕方は人や属性によって変わってくる。
ファナリアの魔法属性には『火』『水』『空』『地』『魔』『命』の6つがあり、そこからさらに細かく分類される派生属性というものがある。例えば、『火』の派生属性には『熱』や『光』という具合に、火の根源や発生する現象などが挙げられる。その種類は様々で、今も時々増える事がある。
ネフテリアに一通り見てもらったミューゼの得意な属性はというと……
「ふむふむ。ミューゼさんは『水』と『命』の属性が得意……というか、他がサッパリですね」
「うっ……」
植物を使う魔法は『命』の属性である。
「普段はこれで不便が無かったですから。ちゃんと鍛えないとなぁ」
「そうですね。アリエッタちゃん、魔法大好きみたいですもんね」
「はい……ってバレました?」
表情や行動が分かりやすかったせいで、アリエッタの為に魔法を鍛えようとしていたのがバレていた。
動機は不純だったが、ネフテリアはそれを咎めようとはしない。なぜなら、
「分かりますよ。わたくしだって同じ事思ってますから」
考えている事は一緒だった。
同じ志を持つ者として、ミューゼとネフテリアは魔法の訓練を介して徐々に打ち解けていく。いつの間にか、王女相手にも緊張せずに話せるようになっていた。
この後、1刻以上訓練を続け、ミューゼは大きく息を吐いた。
「ミューゼさん、魔力多めですよね? もしかして普段の生活でも魔法使ってます?」
「はい、小さいですけど家庭菜園がありますから」
「あ~それで水と命だけだったんですね。得意分野があるのは良い事ですけど、基礎だけでも全部身に着けておくと、応用力が全然違いますよ」
「ふむふむ……」
ネフテリアの魔法講座はまだまだ続く。勉強不足のミューゼにも分かりやすく、ためになる説明ばかりだった。
「王女様の説明って──」
「テリアって呼んで」
「……テリア…様の説明ってすごく分かりやすいですけど、妙に実戦向きですよね?」
「……まぁいいか。これくらいは乙女の嗜みよ」
ネフテリアは自信満々に言うが、もちろん違う。
「テリアはすぐにシロをぬけだすからな! ケイビをかいくぐったり、へいしをぶっとばしたりするくらいだ! そのへんのシーカーよりもつよいぞ!」
ミューゼの問いに答えたのは、少し離れた場所にいるピアーニャ。ずっと2人の訓練を見ていて飽き気味のアリエッタは、ピアーニャをつれて訓練所のあちこちを見て回っていた。
(うん? ああ、みゅーぜ達を応援してたのか。こっち向いてるし、僕も手を振っておこう)
「あ、手降ってる~。やっほーアリエッタ~♪」
「う~ん、なんて眩しい笑顔……ん?」
何かに気付いたネフテリアが、上を向いた瞬間だった。
スタッ
突然男が現れた。着地した場所は、アリエッタとピアーニャの間。
男は顔を左手で覆い、右手を振り上げ構えた。そして地面に向かって右手を突き出す。
「ハッ!」
ボフンッ
掛け声と共に発生した白い煙は、瞬時に広がり、全員の視界を覆いつくす。
「ぅえっ!?」(なんだ!? だれ!?)
「ちっ! おまえは!」
一瞬の事で、全員が固まっている間に、男は煙の中に隠れた。
「このっ!」
ネフテリアが魔法で風を発生させ、煙を吹き飛ばす。
「さっきの男は!?」
ミューゼが状況を把握しようと、辺りを見渡すが、突然現れた男はすでにこの場にはいなかった。しかも……
「あれ……アリエッタ? アリエッタ!?」
「しまった! あいつめ、アリエッタがねらいだったか!」
「そんな……これはまずいわ!」
男と共に、アリエッタが姿を消していた。
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