テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──翌朝。まだ空気が少し冷たく、部屋の中も重苦しい静けさに包まれていた。
リビングで、すかー、だぁ、夢魔、マモンが集まっている時だった。
その静けさを破るように、だぁのスマホが鳴った。画面にはレイの名前。
だぁは眉を少し寄せながら電話に出た。
「……ああ、レイ?」
スピーカーに切り替えると、レイの低い声が部屋に響いた。
『……ネグは俺の家で匿ってる。』
その言葉だけで、すかーの肩がピクリと揺れた。
『お前ら……やりすぎな? 特に高身長のお前……殴って気は済んだか? まぁ、済むよな? だって、そうじゃなきゃ、コイツがこんなにも怪我するなんておかしいしな……』
静かな部屋に、レイの淡々とした声が刺さるように響く。
すかーは何も言えず、俯いたまま、指先が微かに震えていた。
『ネグが回復するまでは、預かる。ネグに会おうなんて考えるな。電話もだ……良いな?』
その最後の言葉が、一段と冷たく重かった。
しばらく沈黙が続いたあと、レイの声がまた少し低くなる。
『じゃあな。……マジで、今度はちゃんと考えろよ。』
ピッと電話が切れた。
静寂。
部屋の中は、本当に何の音もしない。
「……だってさ。」
だぁが静かに呟いたあと、すかーは顔を上げることなく、ただ俯いたままだった。
表情は見えない。
でも、その背中がやけに小さく、弱々しく見えた。
マモンは何も言わず、スマホをポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと立ち上がり、玄関の方へ向かう。
「……ちょっと出る。」
その一言だけ残し、扉を開け、冷たい風と一緒に出て行った。
「マモン……」
夢魔はすぐにその後を追って、ドアが静かに閉まる。
残ったのは、すかーとだぁ。
だぁはしばらくそのまま、無言で立ち尽くしていたが、ゆっくりとすかーの背中に手を伸ばし──
ポンッ、と静かに叩いた。
「……すかー。」
何も責めるでもなく、ただその一言だけ。
すかーの手が、膝の上でぐっと握りしめられていた。
でも、言葉は出なかった。
自分が何をしてしまったのか──今さら、どう言葉にしても遅いと、そう思っていた。
だぁはそれ以上は何も言わず、すかーの横に静かに座った。
そして、ただ一緒にその静けさを受け止めていた。
夜。レイの家の前――
マモンは肩で息をしながら、何度も何度もチャイムを鳴らしていた。
ドアが開くと、レイが一瞬だけ険しい顔をして、それでも仕方なさそうにドアを開けた。
「……入れ。早くしろ。」
マモンは無言で中に入り、玄関で一息つく間もなく、リビングに目を向けた。
そこには、ソファの隅で毛布を被って座っているネグがいて――
マモンの姿を見るなり、はっと顔を上げた。
「……マモン……」
その声は震えていて、それでも無理に作ったような笑顔を浮かべて。
マモンの胸が、締めつけられるように痛んだ。
「ネグ……」
駆け寄って、ネグもマモンの方へトトトッと駆けてきて。
その表情は、嬉しそう――けれど、どこか違った。
「……マモン、来てくれたんだね……!」
笑顔だった。でも、明らかに無理をしていた。
マモンは言葉が出ないまま、ただネグの頭をそっと撫でるだけだった。
その様子を見ていたレイは、リビングの隅に立ったまま、夢魔に向けて小さく言った。
「……後で、ネグの今の状態、話すから。」
夢魔はそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いた。
──しばらくして。
ネグとマモンが少し離れたところで話している間。
レイは夢魔をキッチンの方へ連れていき、小声で話し始めた。
「……ネグ、今な。夜眠れないし、ちょっとした物音でもビクついてる。飯もほとんど食えてねぇ。たぶん、無意識に何度もすかーの名前を寝言で言ってる。」
レイの目は真剣だった。
「しかも……笑ってんだよ。ずっと無理して笑ってる。ああいうの、ガキの頃からそうだった。しんどい時ほど、平気な顔すんだ。」
夢魔は黙っていた。
目を伏せたまま、肩を落とし、拳を握りしめて。
「……もう、わかるだろ?」
レイの声はさらに低くなった。
「だから、会いに来るな。電話もやめろ。ネグが回復するまで、そっちからは何もしないでくれ。」
「……」
夢魔はまだ何も言わない。
ただ、その拳の震えだけが全てを物語っていた。
レイは軽く舌打ちしてから、マモンと夢魔の元へ戻る。
「マモン、お前も。もう帰れ。」
マモンは「でも――」と言いかけたが、レイが静かに首を振った。
「……ネグはお前らのこと、嫌いになったわけじゃない。ただ、今は無理だ。」
その一言が、マモンの心に重く刺さった。
そして――レイは2人を玄関まで送り、静かに扉を閉めた。
──
外に追い出された夢魔とマモン。
夜風がひどく冷たく感じた。
マモンは俯いたまま、拳を握りしめて。
「……俺、マジで……ダメだ。」
「……」
夢魔はその隣で、ただ静かに立ち尽くしていた。
マモンの肩が震えていた。
目元を隠すように前髪が揺れていた。
「ネグ……あんな顔、初めて見た。」
「……」
「無理して笑ってた……俺、何やってたんだよ……」
マモンは静かに嗚咽を漏らした。
それを聞きながら、夢魔も目を閉じ、苦しそうに息を吐く。
「……あいつ、強いからな。」
「違うよ……あんなの、強いんじゃない。無理してるだけだ。」
夢魔は返事をしない。
その場に立ち尽くしたまま、月を見上げた。
──
数十分後、2人はようやく家へと戻った。
リビングにはすかーとだぁが座っていた。
すかーはまだ俯いたまま、動かない。
だぁは静かに煙草の火を消しながら2人を見た。
「……どうだった?」
夢魔は一瞬だけ躊躇してから、ゆっくり口を開いた。
「ネグは……今、まともに飯も食えない。眠れない。すかーの名前を寝言で言ってるらしい。」
その言葉に、すかーはピクリと肩を震わせた。
「しかも……ずっと、無理して笑ってる。」
「……」
すかーは何も言わない。
ただ、手元の拳をギュッと握りしめたまま。
「……そっか。」
だぁは低く呟いた。
それ以外、何も言わなかった。ただ静かに目を閉じる。
リビングの空気が重く沈んでいく。
「……これからどうする?」
夢魔のその一言に、だぁはゆっくりと目を開けた。
「今、俺たちにできることは……何もない。」
その言葉は、全員の心に重く響いた。
「でも……だからって、何もしないわけにはいかない。」
「じゃあ……どうすれば……?」
マモンが絞り出すように言った。
だぁは静かに立ち上がり、拳を握りしめる。
「ネグが戻ってこれる場所を……ちゃんと作っておくしかない。」
「戻ってくる……」
マモンが呟き、夢魔は静かに頷いた。
そしてすかーは――まだ俯いたまま、唇を噛みしめていた。
震える声で、ようやく搾り出すように言葉を吐いた。
「……俺が、あいつに……したこと。」
「わかってるなら、それでいい。」
だぁの静かな声が、すかーの肩にそっと落ちた。
その夜、4人は朝までリビングで――
ネグにできること、ネグのためにできることを、話し続けた。