フライパンを振っていると霊話が鳴った。血も滴る眼球がガーリックソースのしたでゆっくり濁っていく。つけ合わせの千手パセリも踊っている。
「もしもしー!」機関銃より激しい口調が俺の耳ではぜる。さいわいキッチン用水晶玉が文字起こししてくれる。
『ホーキングすのもの横丁で青塩とブラックホールペッパーを購入しました。幸福の神様を姿焼きにして隠し味に使いました。すると二子山が割れて案山子の大群が沸きました。ラーメンのメレンゲに案山子は禁物です。二子山をどうにか駆除して美味しい幸福の神様姿焼きを作りたいのですがどうすればいいでしょうか。ブラックホールペッパーはもうこりごりです!』
「そうか」
コトリ、と俺は包丁を置いた。夕飯時に妖理相談を受けないことにしているが出前用の廻線は取らざるを得ない。
しかもホーキングすのもの横丁は俺がプロデュースしたから責任なくもない。
ブラックホールペッパーは『満腹中枢とホーキング輻射に関する研究~食欲と量子力学の観測者立場における相関』という論文の副産物だ。
簡単に言うと魔法のスパイスだ。おかげで料理がぐっと面妖になった。虚空にただよう魑魅魍魎、妖怪邪気のたぐいが食文化のレパートリーに加わった。
原理はさっぱりだが偉い学者先生が俺の厨房を訪れてコラボしたいと言った。札束を山積みされちゃノーと言えないだろ。なにしろ俺は世界でただ一人。霞を喰う方法を編み出したのだ。ちなみにすのものとは『酢の物』≠『巣のもの、素性のしれないもの』だ。
「案山子がメレンゲを寝床にするんですよ。早く退治る方法を教えてください」
切羽詰まってるな。午後の受注はあきらめて客の問題解決に集中する。まずは案山子だ。
「応急処置で乗り切れ。そっちの冷蔵庫にキャベツはあるか?」
「はぁ? キャベツですか? ちょっと、今。痛ッ!」
相手は針のむしろだろう。案山子は手のひらサイズの妖怪で人を刺突する。
「上手い方法じゃないけど我慢してくれ。キャベツは生命力の象徴なんだ」
「キャベツ、半玉でいいっすか? イテテテ」俺は包丁で切るよう指導した。
「いいか。葉脈に従って刃を入れろ」
「両断しました。案山子が登ってきてます。次は?」
「千切りにしろ!それで解決だ」
「えぇー!? そんなんで大丈夫なんすか?」
「案山子を甘くみるなよ。キャベツさえ食えば百年は生きるんだぞ」
「そうなんですか? じゃあ、もう一回やってきますね」
「待て、念のためだ。ホーキングすのもの横丁へ行ってこい」
「はい、了解」
「ついでに、キャベツ以外の材料を買ってきてくれ。味噌、しょうゆ、酒、塩、砂糖だ。そうだな、三日以内に頼む」
「え、あの、それってつまり……」
電話がプツリと切れる。その後隕石が落ちて地球は滅びた。みんな死んだ。はー死んだ死んだ。おしまい。
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