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グリューナの肺に最大まで魔力が溜まったようだ。
身体を少し仰け反らせ、今まさに彼女の口からドラゴンブレスが吐き出されようとしている。
「はぁあああああーーーーーっ!!!」
咆哮と共にグリューナの口から放出されたのは、一般的なブレスのような照射し続けるようなものではなく、ワイバーンが放つ火炎弾の様な、弾丸のブレスだった。
大きさは直径約80センチほど。それが私に向かって彼女の突進にも引けを取らないほどの速さで向かって来る。
本来ならば20秒近く照射され続けていたであろうブレスが、1つの球体に全て凝縮されていると考えれば、その威力は並みのドラゴンならば一撃で屠るほどの威力があると考えられる。
だが、グリューナのとびっきりは、これで終わりではないようだ。
弾丸のブレスを吐き出した直後、彼女もまた、剣を下に構えながら勢いよく私に向かって駆け出したのである。
その速さは今までの彼女の動きの中で最も早く、彼女が放った弾丸ブレスにすら追い付くほどだ。
グリューナの構えからして…なるほど、面白いことを考える。
これは竜人《ドラグナム》ならではの必殺技、というやつなのだろうか?
弾丸ブレスに追いついたグリューナは、自分の放ったブレスを剣で切り払い、ブレスのエネルギーを全て剣に纏わせた。
彼女は切り払った後の上段の構えから、私に向けて全身全霊を込めてブレスの全エネルギーを纏わせた剣を振り下ろすつもりなのだ。
素晴らしい。
剣と言う武器、すなわち道具と言う存在が無ければ考えつかない攻撃方法だ。
私の尻尾にも鰭剣があるが、鰭剣も私の体の一部である。自分の体にブレスを当てようなどとは考えない。
さて、グリューナの全身全霊、どう受けようか?
技を放つ前に潰すなどと言う無粋な真似はしない。
彼女の想いに対して無礼だし、そもそも私が彼女の技の威力を見たいからな。
「ドゥーーーム、バスタァアアアーーーッ!!!」
繰り出される、渾身の一太刀。
重心にブレは無い。踏み込みのタイミングも完璧だ。グリューナが出せるであろう最大速度からの乾坤一擲の振り下ろし。
その威力は、”楽園”に襲撃を仕掛けてきたドラゴンの首を切り落とすぐらいならば訳はない程の威力と感じ取った。
これほどの技を見せられたのだ。今まで通りの対応をしてしまうのは、あまりにも失礼だな。
私は右手に魔力を込め、グリューナの剣を右手で受け止めることにした。込める魔力量は、ざっとグリューナの保有していた魔力の3倍ほどだ。
一瞬でグリューナを大きく上回る魔力が確認されたため、周囲にいた騎士たち全員が驚愕する。魔力量もだが、彼女が剣を振り下ろし始めた直後にそれだけの魔力を操作できたことへの驚きもまた大きいようだ。
グリューナの剣と私の右手が触れた直後、大きな衝撃がグラウンド全体に響き渡る。その強さは、衝撃が地面に伝わり私の足元を中心として、試合会場全体に大きく亀裂が入る程である。
衝撃によって大量の砂塵が試合会場全体を包み込む。
これは、しばらく私達の姿が見えなくなってしまうかな?魔術で風を起こして砂煙を払っておこう。
「コレすらもまるで通用しないとは…。畏れ入りました…!」
彼女の最大の一撃の結果に、周囲は騒然としているな。
「む、無傷だとっ!?ドラゴンすら一撃で屠るグリューナ最大の技を、真っ向から受けて、無傷で凌いだというのかっ!?」
「な、何という…。彼女はよもや、あのマクシミリアンをも越えうるというのか…っ!?」
「彼が見たら、是が非でも手合わせを望んだでしょうな…」
「久々にグリューナがアレを放つところを見たが…以前見た時よりも威力が上がっているな…」
「貴公等、結果が驚くべきものなのは間違いないが、それよりもあの一撃を受け止めた際の、彼女の尋常ではない魔力量にこそ注目すべきでは無いのか?」
「っ!?そうだ!あの尋常ではない魔力量っ!一瞬ではあるが、あの魔力量はかの”クイーンオブザマジック”、エネミネアに迫るものだったぞっ!?」
「魔力量もそうだが、それだけの膨大な魔力を一瞬にして操作できる技量も驚愕に値するそ!」
別に無傷でなかったりする。
私の掌には、ほんの僅かにだが切り傷が付いていたのだ。…一瞬で再生されてしまったが。
いやはや、本当に見事なものだ。まさかここまでの威力が出るとは。
試合中に騎士達が施した大魔術の解析も済んだことだし、私も今の技を使いたくなってしまった。私から見ても今の技はカッコよかったからな。
早速試合会場に改めて同じ魔術を張り直すとしよう。
グリューナの放った一撃によって、騎士達が施した魔術も一緒に吹き飛んでしまったようだからな。
「こ、コレはッ!?この魔術はまさかッ!?」
「こっ、この範囲を1人で補うと言うのか!?」
「いや待て!それ以前に、何故彼女がこの魔術を使用できるのだ!?」
「ま、まさかっ!?覚えたと言うのかっ!?試合の最中にこの魔術の効果を認識して、習得してしまったと言うのかっ!?」
「馬鹿なっ!?術の効果から構築陣の解析したとでも言うのかっ!?」
驚いている所悪いが、彼等にはこれからもう少し驚いてもらうことにしよう。
肺に魔力を溜める。
溜める魔力量は、先程右手に集中させた程度で良いだろう。
「ノア様っ!?ま、まさかっ!?」
「ドウームバスター…。さしずめ、”破滅を打ち破る者”、と言ったところかな?見事な技だったよ。とてもカッコ良かったから、私もやってみようと思うんだ。受けてもらって良いかな?」
グリューナが冷や汗を流しながら、歓喜とも驚愕ともいえる感情の中で笑みを浮かべている。
彼女には理解できたようだ。私ならば彼女の放った技をこれから再現できるということが。
「私の技が、ノア様からお褒めの言葉を頂けたばかりか、それをノア様に使用してみたいと思っていただけるとは…!何と光栄なことでしょうっ!このグリューナ!全身全霊を持って受けさせていただきますっ!!」
グリューナが増長している時の様子を私はほとんど知らないせいか、彼女からは潔く、気持ちの良い人物の様にしか見えずとても好感が持てる。
とにかく、彼女は私が彼女の最大の技を放つことを了承してくれた。思いっ切り行くとしよう。
「では、行くよ。」
「ハイッ!!」
「すぅ……はっ!!」
今回は肺に溜めた魔力をそのまま放出せず、1つの塊になるまで凝縮させる。その後、軽く息を吸い込み、口から凝縮させた魔力を勢いよく吐き出した。
吐き出された魔力塊を尻尾カバーで下から打ち上げ、その魔力を尻尾カバーへと纏わせる。
この時、尻尾カバーが魔力塊を破壊しないように念のため、『成形』は解除して魔力刃を纏わせていない、『不懐』が掛けられているだけの状態にしておいた。
軽く踏み込み、グリューナの目の前で体を捻り回転の勢いを加えて尻尾カバーをグリューナへと叩きつける。叩きつけると言っても、その力はグリューナの振り下ろしと変わらない膂力で、だ。
いくら騎士達特有の大魔術が働いているからとは言え、加減を誤ればどうなってしまうか分からないからな。
私の振り下ろしに対して、グリューナは盾を用いて尻尾カバーを逸らすことにしたようだ。所謂パリィだな。
タイミングがずれればただでは済まないのだろうが、彼女の目に迷いはない。
彼女の技量を信じて、そのまま尻尾カバーを振り下ろすとしよう。
「いぃぃやぁあああああっ!!!」
金属が砕け散る音が周囲に鳴り響く。どうやら威力が強すぎてグリューナの盾を破壊してしまったようだ。
だが、それでも彼女は成し遂げた。私の振り下ろしをしっかりと逸らして、尻尾カバーを彼女自身ではなく、地面へと叩き付けさせたのだ。
「っ!?ヤベェっ!?ミハイルッ!!結界だっ!急いで張るぞっ!」
「し、承知っ!」
そして生じる大爆発。
「ぅ、ぐ、ぐぁあああああっ!!」
「「「ぬ、ぬぉおおおっ!?」」」
「な、何たる衝撃かっ!?」
「……ククッ!す、素晴らしい…っ!」
その衝撃は試合会場どころかグラウンド全体に響き渡り、騎士舎全域を振るわせている。
幸い、私が尻尾カバーを振り下ろす前に威力に予測がついたマコトが慌ててミハイルと共に何らかの防御結界を張ってくれたおかげで、試合会場以外の周囲は衝撃の割に被害はほぼなかったと言って良い。
それはつまり、試合会場は凄惨な状況になってしまったということでもあるが。
10メートルだ。
深さ10メートルのクレーターが出来上がってしまっている。広さに至っては直径30メートルはある。
大魔術とやらを張っておきながらコレである。振り下ろしを逸らすことのできたグリューナでも爆発の衝撃を耐えることはできなかったようだ。
耐えようとはしたものの、爆発の際に地面もろとも吹き飛ばされてしまった。
流石に、やり過ぎなんてものじゃないよなぁ…コレは…。
私にとって、親善試合はなかなかに楽しい催しだったらしい。
知らず知らずのうちに気分が高揚してはしゃいでしまったようだ。
辺りを見回してみれば、試合会場の周辺にいた騎士達が漏れなく吹き飛ばされ、負傷してしまっている。
これはいけない。急いで全員を治療しなければ。
慌ててグラウンド全域に『広域治癒』を行おうとしたところで、マコトから『通話』が掛かって来た。
〈ノアさん、ストップですっ!流石にそれ以上大規模な魔術を使用すると騎士達から信用を得るどころか、国全体から危険視されてしまう恐れがあります!〉
なんと。信用を得るどころの話ではなくなる、とな?
それはそうか。ただでさえ数十人の騎士が集まって使用するような大魔術を一人で行ってしまったりもしている。
この短時間で人1人が扱えるような量を優に超える魔力を何度も使用してしまっているのだ。このうえでさらに大規模な魔術を使おうものなら、流石に底が見えな過ぎて信用よりも恐れを抱かれてしまうか。
〈あー、そうか…。やっぱりちょっとどころでは無くやり過ぎてしまったか…。そうなると、この試合会場も元に戻さない方が良いのかな?〉
〈ノアさんならば容易に元に戻せてしまえるのでしょうけど、間違いなくやらない方が良いです。騎士達の治療については、僕の方で回復薬を用意していますので、気にしなくても大丈夫です〉
〈良いの?負担になったりしない?〉
〈大丈夫ですよ。何せ、若い頃に大量に作り過ぎて腐るほどありますから!まぁ、実際には『収納』空間に入れてあるので腐らないのですが…〉
〈そっか…。分かったよ。それなら、彼等の治療を頼むよ。私は、グリューナの様子を見ておこう〉
〈よろしくお願いします…〉
マコトがいてくれて助かった。彼の制止が無ければ間違いなく吹き飛ばした試合会場も元に戻していたし、負傷した騎士達を全員治療していた。
きっと、彼も過去に同じような経験をしてしまったから、私を注意してくれたのだろう。まさに経験が生きた、というやつだ。
試合会場からやや離れた場所に横倒れしているグリューナの姿を確認したので、彼女の元に駆け寄る。
気を失ってはいるし、金属鎧が所々破損してしまってはいるが、外傷らしい外傷は見当たらない。頭を強く打ったりは…これも大丈夫そうだな。
彼女を抱き起こして声を掛けるとしようか。
「グリューナ、大丈夫?」
「う、うぅ……はっ!?ノ、ノア様っ!?こ、これはっ!?し、失礼しましたっ!よ、よもや気を失ってしまうとは…っ!不甲斐ないです…っ!」
「いや、私もはしゃぎ過ぎた。何処か痛むところはあるかな?」
私が感知できないだけで何処か痛めているかもしれないから、一応グリューナ本人に確認を取っておこう。
「…いえ、問題ありません。そ、その、ノア様。もう、大丈夫ですので…。起き上がれますから…!」
そうは言うが、グリューネの顔はやや赤い。
彼女から感じられる感情は、羞恥か。どうもこの状態、自分が弱く見られるような状態が彼女にとってあまりいい状態ではないらしい。
周りの騎士達もまだ、マコトとミハイルに治療されている状態で、起き上がることはできていないから、もう少しゆっくりしていても良いとは思うのだが。
まぁ、体に異常のない彼女が起き上がりたいと言っているのだ。素直に起き上がらせよう。
「ノア様。改めまして、お見事でした。よもや一目見ただけであの技を再現されてしまうとは、格の違いを改めて思い知らされました」
「ありがとう。だけど、貴女が見せてくれなければ私にはできなかった技だよ。とても素晴らしい技だった。誇ると良い」
「は…はいっ!!今後も己を鍛え、少しでもこの威力に近づけるよう、精進を重ねますっ!」
おお、グリューネの瞳がこれまでにないほどに輝いている。
彼女に関する問題はもう大丈夫だろう。…まぁ、私と出会った時点で彼女に関する問題は解決していたようだけど。
とにかく、これで実力的には騎士達から信頼を得られたはずだから、後はぺーシェル学院とやらから指名依頼が発注されるのを待つだけか。
「うっ…マコト殿…。かたじけない…」
「気にしなさんな。回復薬は腐るほどあるんだ。それに、ノアを連れて来ちまったのは俺とミハイルだしな。これぐらいのことはさせてもらうさ」
「まさか、『不殺結界』の許容量を超えて我等にすら影響を及ぼしてしまうとは…。マコト殿、貴公から見て、ノア殿は信用に値する人物か?」
「その点は自信を持って首を縦に振らせてもらうぜ。ノアが信頼に値する人物なのは間違いねぇな。ただまぁ、今回みたいな感じでちょっとどころじゃなく規格外の力を持ってるからな。くれぐれも、詰まらねえことで不興を買うような真似はしねぇでやってくれ。この国を想うんだったらな」
「う、うむ。心得た…」
「確かに、『不殺結界』無しで今の技が振るわれた場合のことなど、考えたくはありませんからな…」
向こうはあらかた治療が終わったようだな。それじゃあ、親善試合もこれで終わりになるか。
私がグリューナを介抱していたことで、自然と騎士達も私達の周りに移動してきている。ミハイルも私達の元まで来てから試合終了の宣言をするようだ。
「宝騎士・グリューナ。並びに”|上級《ベテラン》”冒険者ノア。双方、試合を続ける意思はあるかっ!?」
「いや。これ以上、剣を振るう理由は無い」
「私の方も無いよ。十分楽しませてもらった」
「宝騎士・グリューナ。この度の試合、立会人である私、大騎士・ミハイルとギルドマスター・マコトは冒険者ノアの勝利と判断するっ!異存はあるかっ!?」
「勿論無い。私の敗北を認めようっ!」
「決まりだな。ミハイル、宣言を頼む」
「はっ!勝者っ!冒険者ノアッ!!今日この場に集まってくれた騎士達よっ!!この上なく素晴らしい試合を見せてくれた彼女達に、惜しみない拍手をっ!!」
ミハイルの宣言の後、周囲から盛大な拍手が送られてきた。マコトから半ば脅しに近い忠告を受けたばかりだと言うのに、彼等は興奮して止まないようだ。
拍手の勢いが止み始めたところで、ミハイルがグリューナに対して今回の私に対する依頼の目的であった、彼女の問題について尋ねるようだ。
「宝騎士・グリューナ。貴公は自分こそが巓《てん》騎士に相応しく、騎士を束ねると公言していたな。今回の親善試合で貴公の実力は十分すぎるほどに証明された。試合の結果は貴公にとっては残念な結果になったやもしれぬが、今ならば貴公が巓騎士に、騎士を束ねると言っても誰も文句は言わぬだろう。騎士を束ねようと思うその気持ち、今も変わらぬか?」
「フッ、人が悪いな、大騎士・ミハイル。今の私など、多少力があるだけのただの竜人にすぎん。人の上に立つ器では無いよ。それに、人の上に立っている場合では無くなってしまったからな」
グリューナが試合会場に出来上がってしまった巨大なクレーターを見て己の気持ちを素直に吐露する。
まぁ、自分の技でこれだけの威力を出すために修行をしたい、というのが彼女の本音だろうな。その気持ちを彼女はまるで隠そうともしない。
「うむ。貴公の想い、目標、しかと理解した。今後も宝騎士の名に違わぬ騎士であってくれることを願う」
「ああっ!この宝騎士の名に恥じぬ、清く正しい騎士であり続けると、今この場において、ここにいる全てのものに、この国に誓うっ!」
「何とか、元の鞘に収まってくれたか…」
ミハイルとグリューナが今回の催しの締めに入っている隣で、マコトが小さく呟いた。
彼にとっても、グリューナの増長は悩みの種だったのかもしれない。それとも、彼女の私に対して忠誠を捧げようとしていたことの方が心労になっていたかな?
「少々想定以上の事態も起こりはしたが、これを持って本日の親善試合を終了とするっ!改めて集まってくれた各騎士団諸君っ!此度は我等の都合に付き合ってくれたこと、真に感謝するっ!」
親善試合の終了を宣言し、この場に募った騎士達へ感謝の言葉を述べた後、盛大な拍手の中、今回の催しは幕を閉じた。
これで解散かと思いきや、どうもそうではないようだ。これはマコトも想定していたことなのだろうか?
何者かが上空からこの場に、結構な速度で接近してきているのである。
上空から接近してきた物は、私の真上辺りで停止して、そのままこの場まで降下をし始めた。
「いやぁ、素晴らしい。全くもって、素晴らしい。結果の分かり切った試合になると思い、あまり興味を持て無かったのじゃが、いやはや、実に素晴らしいものを見せてもらったのう」
降下してきたのは、庸人《ヒュムス》の男性老人だな。年齢としては90代前半と言ったところか。庸人の寿命から考えると、とんでもなく元気な人物だな。
マコトはこの老人が何者か知っているようだ。苦い表情を隠しもせずに老人に対して苦言を言うつもりらしい。
「気が早すぎんだよ。ジジイなんだからもうちっと落ち着きってもんを持てねえのかよ?学院長」
「戯けが。本人と貴様がここにいる絶好の機会、滅多に訪れはせぬだろう。儂がこの場に来たのはかねてより決めていた必然事よ」
学院長、とな?ならば彼が件のぺーシェル学院の長、というわけか。
悪態をつかれた老人がマコトのことなど意にも介さず、私に頭を下げだした。
「さて、自己紹介をしておこうかの。儂はワイスワン。ワイスワン=ぺーシェル。お察しの通りぺーシェル学院の学院長を務めておるよ。規格外の力を持つ竜人ノアよ。貴女に我が校、ぺーシェル学院の臨時教師を務めてもらいたい。報酬は相場の3倍は出そう。どうかね?引き受けてはくれぬだろうか?」
これ、私達の目的を理解したうえで訊ねているな?
マコトの方を見ればとても渋い表情をしながらも小さく頷いている。引き受けても良い、ということかな?
とりあえず、ワイスワンに聞きたいことを聞いておこう。
「引き受けるのは構わないけど、こういうものはギルドに指名依頼を出すものじゃないのかな?」
「うむ。勿論、指名依頼を出させてもらうとも。マコト。彼女は引き受けてくれるそうじゃ。手続きを頼む」
「ったく、手間なんざそんなに変わんねぇだろうが。やるけどよぉ…」
ワイスワンが『格納』から依頼書を取り出すと、魔術による風を送り、依頼書をマコトの元へと飛ばして渡す。
器用なことだとは思うが、大して離れていないのだから直接渡せばいいんじゃないのか?
それはそれとして、マコトが依頼書を受け取ると、『収納』からいつぞやの板を取り出して依頼書を翳している。あの板、依頼の受注手続きまでできるのか。
ええっと?ひょっとして、ギルドマスターも依頼の斡旋や受注手続きができたりするのか?それで、ワイスワンは本人確認と手続きができるだろうこの機会を逃さなかったと?
彼はどうやら私達の親善試合を魔術によって観戦していたようで、その内容も把握しているようだ。
「これで受注完了じゃな。詳細はまた追って連絡を入れるでの。今日のところは一度戻らせてもらおう。では、よろしくの」
そう言って、来た時と同じように上空まで上昇して学院があるであろう方角へと飛び去ってしまった。
なんともあっという間の出来事だったが…とりあえず、計画通りということで良いようだ。