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まだ太陽の上らない内に一宿の礼を告げ、ユカリたちはビルオネと別れた。東の地平線はわずかに白んでいるが、朝はまだその祝福された輝きを地上にもたらしてはいない。


ドミルアの街と森の境界線には苔生した石造りの拱門アーチがある。そして、これまた苔生し、ひび割れの多い石畳の道が黒松の森を突っ切り、大いなる岩塊、魔女の牢獄へと続いている。


ここには、今日と覚悟を決めた挑戦者たちがすでに集結していた。


ビルオネによると、この街にたどり着いたはいいが、怖気づいていつまでも挑戦を先延ばしにする者も少なくないという。そういう者の中には編成された大集団がやってきた時に、ようやく重い腰を持ち上げて、これ幸いと紛れ込むのだという。


しかし歴史上誰一人として魔女の牢獄から戻ってきた者はいない。テネロード王国とて、この魔女の牢獄については把握しており、何度か遠征隊を送り込んでいるそうだ。だが、幾度の挑戦を経て、何一つ成果を持ち帰れず、多くの兵士を失うたびに政情が不安定になるため、いつしかこのドミルアの街含め、関わり合いを持たなくなったそうだ。今では時折、死刑囚で編成した部隊を戯れに送り込むばかりだという。


ユカリたちの他には、サクリフとグラタード率いる数十人の焚書官たち、そして示し合わせたかのように十数人の傭兵や兵隊崩れがいた。さらに彼ら相手に最後の儲けを得ようと商人たちが売り込みに来ていた。武器や防具、弁当に水。なかには魔女の牢獄内部の地図を売りつけている者もいた。


「あんなのに騙される人がいるのでしょうか?」とユカリはあくびをしつつ、赤い髪に顔を寄せてベルニージュにだけ聞こえるように囁く。

「脱出してきた生贄の証言を集めて作ってるらしいよ」とベルニージュは答える。

「なるほど。その手がありましたか」

「騙される人がいたね」


ちょっとした喧嘩になりそうなところへ、磨き上げられた銀の鎧を身に纏ったサクリフがやってくる。


「やあ、君たち、お早う。今日は冒険日和だね。昨夜はよく眠れたかい?」

「おはようございます、サクリフさん。ベルニージュさんに蹴り落された床の上でよく眠れましたよ」

「だろうね。エイカは誰より寝坊していたし、寝心地が良かったに違いない。これからも床で寝た方が良いんじゃない?」


二人の視線が空中で激しくぶつかる中、サクリフは朗らかに笑う。


「まったく、君たちの喧嘩はどっちが悪いのかまるで分からないな。とりあえず元気そうで何よりだ。準備は出来たかい? 君たちの目的は怪物退治そのものではないとはいえ、とても危険な場所へ乗り込むんだ。入念にね」

「待て。何を言っているんだね」いつの間にかそばにグラタードがいた。威厳のある響きで上から押さえつけるように言い立てる。「いくら勇敢で才能ある魔法使いだとしても、君たちのような子供が魔女の牢獄に挑むというのは聞き捨てならんな。そんな馬鹿な話があるものか」


そういえば、とユカリは昨日のことを思い出す。グラタードたち焚書官が酒場に現れて以降は魔女の牢獄へ入る話などしていなかった。

ユカリが何か言い返そうとする前に、ベルニージュに肩を引かれる。


「そうですよね。じゃあワタシたちは外で無事を祈っています。メイゲル氏について何か分かれば教えてください」

反論する準備でもしていたのかグラタードは拍子抜けした様子で答える。「メイゲル氏というと、魔女の牢獄に挑んだきり戻って来ない平和の使者の代表か。彼らについて知りたかったのかね。よし、任せたまえ。生きていたならば必ず連れ帰ると約束しようじゃないか」


そう言ってグラタードは颯爽と歩き去った。サクリフは不機嫌そうな面持ちでグラタードの背中を見、ベルニージュを見る。


「まあ、いいさ。君たちがそれで構わないなら、僕から言うことはないが」そう呟いて、サクリフも歩き去る。


「ああいう手合いと言い合っても無駄なんだから」とベルニージュは疑問を顔に浮かべたユカリに言う。「後ろからこっそりついて行けばそれでいいじゃない? 行きは殿しんがりの方が楽だろうし。……あ、不満そうな顔」

ユカリは唇を尖らせて答える。「私が先陣を切りたかったです」


「贅沢言わないの。それにしてもグラタードは割と頑固そうだね」ベルニージュは離れて他の焚書官と話すグラタードを見つめる。「騙すようで申し訳ないけど、ワタシたちにも譲れないものがあるんだからさ」

「そうですね、その通りです。それに比べれば先陣を切れないことなんて、何ほどでもないです」




魔女の牢獄攻略の百を超える集団が黒松の森に姿を消し、途端に興味を失って去った商人たちの目もなくなる。そうしてユカリとベルニージュはその邪な岩塊を囲む森へと忍び込んだ。


その森は他の多くの森と違って、昼も夜と変わらずその陰に神秘を宿していた。妖精たちの警戒心はあいかわらず鋭いもので、石畳を持ち上げる松の根の下や枝の間から侵入者を覗いている。そして彼らは、元気に歩く二人の娘のそばですすり泣く《運命》の姿を見て、忍び笑いを漏らしていた。


進むにつれ道はうねり、持ち場を外れた敷石が道の外で散らばっている。もはや整然さは失われ、舗装とは呼べない石の道になった頃、そばを川が流れ始めた。下流へたどり着く頃にはドミルア市のそばを流れる生活河川となる小川だ。魔女の牢獄の内より不思議を宿して流れている。辺りには不思議の気配がどこまでも溢れ、小さき者や潜む者、囁く者が境の向こうから来た人間に関心を向けている。


森を三分の二も進んだ頃、ユカリたちの背後で明るさが増す。太陽は無闇に祝福を投げやり、深き森の奥底にまで等しくその福を賜る。ただし、魔女の牢獄だけはその生命の喜び、生きとし生ける者の宝を拒んでいた。


ユカリたちは視線と朝日の差す先に一団の姿を見つけた。気づかれないように、と二人は足を止め、再び彼らの姿が見えなくなると歩を進める。


近づくにつれ魔女の牢獄という岩塊の姿がつまびらかになる。断崖絶壁は亀の甲羅のように丸みを帯び、天板には草木が生えているのか緑がかっている。そして縦に大きな亀裂が入っていた。亀裂は陽光を真正面から浴びているが、どこまでも黒く、その内の様子は太陽の下に生きる誰にもうかがい知れない。せせらぎとその水音を共にする道行きの果てに、とうとう一団が魔女の牢獄の断崖にたどり着くのが見えた。まさにその大きな亀裂から川が流れてきているらしく、数人が水に入って亀裂の奥の様子を伺っている。


しばらくして何らかの決断をしたのか、次々に戦士たちがその亀裂に入っていった。どうやら川はとても浅いらしい。ほとんどの男たちの膝丈より下の水位のようだ。


殿しんがりが闇の向こうへ姿を消すとユカリたちも暗い亀裂のそばへと急ぐ。近づいてみると亀裂の幅は三十歩もある。ユカリは亀裂を見上げ、天まで届きそうな向かい合う断崖に不安を感じた。


「風の音が聞こえる。グリュエーとお話が出来そうで良かった」

「ユカリは寂しがり屋だね」とグリュエーが囁いた。

「グリュエーは私と話せなくなっても平気なの?」

「そんな訳ないでしょ。ユカリとグリュエーは使命で繋がり合っているんだから。共に吹くんだよ、西の果てまで」


「お別れの挨拶は済んだ?」とベルニージュがからかう。

「お別れしないです!」


再びベルニージュによって様々なおまじないをその身に宿す。ただし魔導書を触媒としたことで、どれも前線に赴く兵士が愛用するような強力な魔術に比肩するという。


「前にも言ったけど、これは魔法少女に変身すれば失われるからね」

「はい。強力な呪い除けの力を持つ魔法少女の衣装は、それが例え加護の力であっても跳ね除ける、ですね」

「今回は焚書官たちもいる」ベルニージュは改めて警告する。「ミーチオンの村娘と魔法少女が同一人物になって欲しくないなら、目の前で変身する時はそれなりの覚悟をしないといけない」


魔術の仕込みを終えると、ユカリは冷たい川へ足を浸け、亀裂の奥を覗き込む。

ゆらゆらと揺れる鬼火のように炎が闇の奥に灯っている。一行はいくつか松明を備えていたらしい。

そうでなくても不思議な気配を感じるというのに、その明かりを見ていると魔性の国へと踏み込むような気分になる。


「冥府に案内されるみたい。どうしましょうか? 火をつけるとさすがにばれますよね」

「怪物と間違われて射かけられても困るし、慎重に行こうか」


ユカリが差し出した手にベルニージュは捕まり、二人は亀裂の中へと進んでゆく。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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