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「でも気づいたの。別に私のことを傷つけない人を好きになりたいわけじゃないって」
肩に触れていた坪井の指がゆっくりと下がって、真衣香の手首に絡みついた。
かと思えば、手をやんわりと握られる。
その様子がまるで迷子の子供みたいで、真衣香は、やはりどうしたって坪井を憎みきれない自分を実感してしまう。
「綺麗な恋愛ばっかりじゃないって教えてもらって、それでも、傷つけられても坪井くんと一緒にいたいと思ったの。欲しかったのって画面の向こうに見るようなハッピーエンドじゃなくって、誰かにとっての間違いでも、私にとっての間違いじゃない。そんな未来だったの」
真衣香の長々とした言葉を受けて。ふう、と。呆れたように息を吐いた芹那は、首を傾げて言った。
「で? 真衣香ちゃんは私に何が言いたいのかな?」
一歩、また一歩と笑顔で歩み寄り真衣香に問う芹那。
真衣香は、そんな彼女をしっかりと見据えて言葉を探す。
「芹那ちゃんの恋人も、そんなふうに芹那ちゃんを想ってるんじゃないのかな?」
「……な、に言ってるの?」
真衣香の前で、芹那が初めて動揺を見せた。
「芹那ちゃんのことを好きだと思ってる人なら……芹那ちゃんのしたことに傷つかないわけないよ」
「まぁ、そりゃね」
傷つけた実感があるのだろう。
目を伏せて、素っ気なく芹那は、そう声にした。
「それでも一緒にいたいって、会いたいって言ってる。そんな人から逃げてる芹那ちゃんって、少し前の坪井くんとそっくりなんだから」
言い放った真衣香のあと、芹那の声は続かず沈黙が流れた。
気まずさから真衣香が再び声を出そうと息を吸い込んだときだ。
「ねぇねぇ真衣香ちゃん」と、やけに優しい芹那の声が聞こえた。
一歩一歩真衣香に近づいてくる、芹那の表情。それは、声とは裏腹に引きつって固まっているように見える。
やがて、真衣香の近く……坪井の目の前に立って。煽るような視線を真衣香に向けたまま坪井の頬にそっと触れた。
取られたくない。と、虚しく今も思ってる証拠だ。
咄嗟に触れあっていた手を自分の方に引き寄せて、芹那から坪井を引き離してしまう。
「わ」と、軽く驚いた声を出した坪井に申し訳なさを覚えながら、顔を確認する勇気は出なかった。
入れ替わる形で前に出た真衣香を芹那は、やはり「可愛い~、やきもち?」と、小馬鹿にするように笑うのだ。
そうして、更に歪んだ笑顔を深めて言う。
「私と坪井くんが似てる? 急に出てきて真衣香ちゃんは何言ってるの?」
「弱虫で自分のことが大嫌いで、そのくせひとりぼっちは嫌だから人のことを巻き込むの。そっくりだよ」
底知れぬ恐ろしさを感じる芹那の笑顔にも怯まず真衣香は言い返すけれど、向けられている感情が好意的でないことだけはハッキリとわかる。
「あはは。私ねぇ、自分のことより真衣香ちゃんみたいな偽善的でいい子ぶってて男の庇護欲搔き立てる守ってあげたくなるような可愛い女の子が大っ嫌いなの」
「……私も、芹那ちゃん、嫌いだよ」
「気が合うね、嬉しいな」
嬉しい、とは言葉ばかりの冷たい声。
真衣香はひしひしと浴びる敵意に唇を噛みしめながら、けれどしっかりと言葉を紡ぐ。
「……嫌い、だけど。でも好きな人から逃げたくなる気持ちなら私にだってわかるよ」
「え、逃げてないけど」
「隼人くんに、ここに来るまでの間に聞いたの。芹那ちゃんは向き合うことが怖いって思うたびに誰かを巻き込むの? 傷つけたり、坪井くんのせいにしたり、するの?」
「ふふ、何それ。うるさいなぁ」
芹那は鬱陶しそうに少し声を大きくして吐き捨てた。相変わらずひんやりとした笑顔を貼り付けた、やはり似ていると真衣香は思う。
「人につけた傷は絶対自分にも残るんだよ、悪循環。だから芹那ちゃん繰り返してやめられない」
「真衣香ちゃんみたいなお子様に何がわかるの?」
「芹那ちゃんだって傷ついてるってことくらい、わかるよ」