午後8時きっかり
スマートフォンの画面がパッと明るくなり、「いちごNENE」のライブ配信が始まった
画面の中心には、9歳の音々がキラキラした笑顔で手を振っている
彼女の背後には、ピンクと白を基調とした可愛らしい部屋が映し出され、ぬいぐるみやキラキラした装飾が所狭しと並んでいる
音々の手には本格的なジンバルカメラが握られ、まるで生き物のように彼女の動きに合わせてカメラはスムーズに右へ左へと動く
画面下部にはすでに視聴者からのコメントが勢いよく流れ始め、色とりどりのハートや絵文字が弾けるように飛び交っている
「はぁ~い! 視聴者のみんなぁ~♪ 音々だよ!」
音々の元気いっぱいの声がスピーカーから響き、画面の向こうのファンたちが一斉に反応する
―音々ちゃんかわいい!―
―今日も元気だね―
コメント欄は瞬く間に応援の言葉が溢れ出す
「今音々はおうちにいるよ! それでは、音々のおうちのどこかにいる敵を捕まえに討伐に行くよ~!」(※討伐=ちいかわの世界で狩りに行くこと
と、彼女はまるで冒険の主人公のような口調で宣言し、片手にちいかわ族が討伐に行くときに持って行く武器(刺股、さすまた)を肩にかつぐ
その(さすまた)はぬいぐるみの柔らかい素材で出来ており色はちいかわが持っているピンク色と同じヤツだ
―敵って誰?―
―音々ちゃんちいかわ好きなんだ―
―かわいい―
―討伐楽しみ―
とコメント欄はで盛り上がっている
「まずはぁ~♪リビングに行くよ」
画面に映るリビング、視聴者の視線はすぐにコード表が書かれたコピー用紙が山盛りになったソファーに引き寄せられた
そのコード表が書かれた紙の山から、誰かの足がちょこんと覗いている
ジンバルカメラを方手に、軽快なステップでコード表の山に近づいた音々は、ピンク色のおもちゃの「さすまた」を手に、ニヤリと笑って叫んだ
ブスッ!「捕まえた!」
ブスッとさすまたをコード表の山に突き刺す、コード表をサッと払うと、そこには「ブラックロック」のベーシスト拓哉がよだれを垂らしてぐっすり寝ていた
パジャマ姿で、髪はボサボサ、完全に無防備な姿だ
「んが?」
拓哉が目をこすりながらむくりと起き上がる、音々はケラケラ笑っている
「拓哉君なら報酬は安いかなぁ~」
画面のコメント欄は一気にハートマークが爆発した。
―キャーーー! ―
―たくやぁ~~♪―
―狩りに出かけたら拓哉がいる音々ちゃんの世界線に行きたい―
―かわいい寝てる―
―力達と一緒にいるのね―
視聴者の興奮が止まらない、拓哉は寝ぼけ眼でまた爆睡をし出した
音々はカメラに向かって笑いながら、また、さすまたを肩に担いで言った
「次の討伐に行くよ~!」
次のターゲットを探しに音々が向かったのは、地下にある「ブラックロック」のプライベートスタジオだ
コンクリートの階段をトントンと下りていくと、ドアの向こうから軽快なドラムのビートが聞こえてくる
「獲物はいるかなぁ~?」
と音々が探偵のようにつぶやく、スタジオのドアを開けると爆発音の様なドラム音が聞こえる
ドラムの誠が楽しそうにスティックを振り回している
「おっいらは♪ ドラマ~♪ おっいらが叩けば♪ あっらしを呼ぶぜぇ~♪」
誠は即興で歌いながら、ドカドカとドラムを叩く
「誠君、捕まえた!ヤー!」
音々は叫びながら、さすまたをブスッと誠の首に突き刺す(※もちろん痛くない)
「お~! 音々ちゃん!」
誠は驚いたふりをして振り返り、ドドドン♪と派手にドラムを叩いて応える
「音々の視聴者さんに挨拶して!」
「はぁ~い! いちごNENEを見てるみんなぁ~♪ 元気かぁ~い? 誠だよぉ~!」
と音々が言うと、誠はカメラに向かってウィンクしながら叫ぶ
コメント欄は再び大盛り上がり
―キャー!(はぁと)―
―まこと!―
―かっこいい!
―一緒に何かやって!―
ハートマークが竜巻のように画面を埋め尽くす、視聴者のリクエストに気づいた音々が言う
「誠君、なんかやってだって!」
「いいよ! ドラムに合わせて『メロンパン』やる?」
と目を輝かせる、誠はニヤッと笑って、音々はジンバルカメラをピアノの上にセットする、二人は楽しそうに即興で「メロンパン」を歌い始めた
誠の軽快なドラムに合わせ、音々がキッズラッパーらしいリズミカルな歌詞を繰り出す、たった1曲のセッションだったが
視聴者は大興奮コメント欄は絶賛の嵐だ
―神コラボ!―
―音々ちゃんのラップ最高!―
配信から数分もしないうちにこの動画はファンによって録画、編集され、瞬く間にSNS上で台風のように拡散されていった
「次はパパ達の寝室に行くよー!」
音々はスタジオを後にし、軽快な足取りで2階へ向かう、視聴者達は
―力パパ登場!?―
―奥さん見たい!―
とコメントで期待を膨らませる、音々は力達の寝室のドアノブに手をかけ、ガチャ・・・と回してみるが開かない
「・・・? 鍵がかかってる?」
と首をかしげる
ギシッ・・・ギシッ・・・「あ・・・ん・・・」
ドアの向こうからベッドのきしむ音とくぐもった沙羅の喘ぎ声が漏れてくる
コメント欄では
―音々ちゃん入ったらアカン―
―ほら、新婚さんだから―
―そっとしといてやろう―
―弟か妹が出来るかもね―
と新婚の二人を気遣うコメントが殺到した
彼女はカメラに向かって肩をすくめ、いたずらっぽい笑顔を浮かべる
「うーん・・・次に行こうか!」
ジンバルカメラが彼女の動きを追いかけ、視聴者達はその無邪気な姿に癒されながら
画面の向こうで繰り広げられる「いちごNENE」の世界に夢中になっていた