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「初めてマリエッタ嬢とこの庭園で会った時、白薔薇を贈ったろう。キミが……おそらくはまだこの白薔薇の噂話を知らぬまま、この花を好いてくれているように見えたから、という理由もあるが、それよりも牽制の意味が強かった」


「牽制、でございますか」


「ああ、キミの周囲へのな。……あの日、王城へ来たとあれば、キミの両親をはじめとする周囲は、キミと俺との接触を期待すると考えた。そしてキミが俺と接触したと知れば、見合いの話を取り付けにくるのではないかと。だからあの白薔薇を渡した。仮に俺との接触を知られたとしても、”呪いの薔薇”を贈られたとあっては、醜い私欲に振り回されることもなくなるだろうと」


「そんな、理由が……」


アベル様は苦し気な表情で「すまない」と呟いてから、


「マリエッタ嬢も、きっと白薔薇の話を聞かされ、俺に腹を立てると思った。それで構わないと考えていた。だが……キミはあの満月の晩、俺への失意など微塵も持ち合わせていなかった。なぜあんなものをと責め立てることもなく、俺の気遣いだと、笑ってくれた。……後悔した。もっと純粋に、キミだけを想って、あの薔薇を贈れば良かったと」


申し訳なかった。

傾いた頭に合わせ、漆黒の髪が揺れる。


「勝手にキミもこれまでの令嬢と同じだろうと決めつけ、無礼を働いた。そればかりか俺は、キミを試すような真似をした」


前髪の隙間から覗くコバルトブルーの瞳が、強い眼差しで私を見つめる。


「幼い頃、この白薔薇に何度も慰められた。俺のこの身体に流れる”聖女”の血が、”噂”とは正反対の感情を湧き上がらせているのだと思った。だが……キミなら。この白薔薇に、慈しみを見出してくれるような気がした。思った通りだった」


(え、それって)


予感に、ドクリドクリと心臓が胸を激しく打ち付ける。


「マリエッタ嬢」


「は、はいっ!」


「今度の聖女祭、俺に時間を預けてはくれないだろうか」


「…………え?」


「毎年、聖女祭では父上と手分けをして招待された先々を訪問しているのだが、その中に歌劇場がある。今年のオペラは、キミと共に見たい」


「私と……オペラを……?」


(聖女祭に、私とオペラを……!? え!? こ、これってデートのお誘い!?)


い、いえ、きっとアベル様は大切な白薔薇を初めて肯定されて、嬉しいのだわ。

だから私への贖罪と、初めて得た同志への親愛を込めてお誘いしてくれている。


(彼にあるのは、私のような恋心ではないわ)


感激に打ち震える胸中とは正反対に、冷静な脳内が、さあっと冷えていく。


(聖女祭はルキウスと約束を……。それに、オペラと教会合唱の時間は重なっていたはず)


だから、私とお父様は教会に。お母様は歌劇場にと、別れて出席している。


(断らなきゃ)


せっかくの好機を逃したくはない。

けれど、二人との約束を破るなんて――。


(しっかりしなさい、マリエッタ。今の私はまだ、ルキウスの”婚約者”でしょう?)


「……アベル様。大変光栄なお誘いに、胸が詰まる思いですわ。ですがアベル様はご存じないのかもしれませんが、私はすでに婚約を結んでいる身でありまして――」


「知っている。ルキウス・スピネットだろう。王立騎士団、遊撃隊長の」


「……ご存じ、なのですか」


「あの”黒騎士”に以前より婚約者がいることは知っていたが、その相手がマリエッタ嬢だということは最近知った。……随分と幼い頃に結んだ婚約のようだな」


「な、ならばなぜ、私をお誘いに……? 婚約者のある私を隣に置いては、アベル様の名誉を傷つけてしまう恐れがありますわ」


アベル様は婚約者をお決めになられていないばかりか、夜会にご令嬢を連れ立ったこともないと聞いている。

そんなアベル様が聖女祭で私を連れていては、彼の意志と反してあらぬ醜聞が――。


「……俺は、構わない」


「アベル様?」


「マリエッタ嬢。キミはあの黒騎士に、想いを寄せているわけではないのだろう?」


「! なぜ、それを……」


「とある夜会で、キミが彼との婚約に疑問を抱いていたという話を聞いた。……マリエッタ嬢。これまでキミは彼の婚約者として、自身を律し、立派に役目を果たしてきた。だが、時と共に変わることもある。今一度、周囲に目を向けてみてもいいのではないだろうか。そもそもこの婚約自体、キミの意志は反映されていないのだろう?」


「そ、れは、その通りでございますが……」


ドクリドクリと、嫌な心臓の音。

指先に力がこもる。どうしてだろう。

だって私は確かにルキウスと婚約を破棄しようとしているのだし、この婚約だって、お父様が了承してしまったからで……。


そこに、私の意志はなかった。

私はただ、貴族の娘として立派に”婚約者”を全うしようとしていただけ。


ルキウスに恋心はない。

何一つ、間違ってはいないはずなのに。


「……戸惑うのも無理はない。俺はともかく、キミの名誉を守る必要がある。聖女祭では、顔の分からぬよう仮面を用意しよう」


だから、と。

アベル様が立ち上がる。彼はぷつりと白薔薇を摘み取ると、堂々たる足取りで私に近づいてきた。


「ア、アベル様……っ!」


慌てて立ち上がった私の隣で歩を止め、自身の胸に手を添えて、軽く腰を折る。


「どうか俺に、キミをエスコートする権利を」


白薔薇が差し出される。受け取りが、了承の合図ということ。


(駄目よ、マリエッタ。だって、だって……!)


分かっている、はずなのに。


(ああ、アベル様の深い青の瞳が私を見つめている。私だけを、写している)


私を求める、熱のこもった真剣な眼差し。

ずっと、この目に見つめてほしかったような気がする。

心の芯から歓喜がせり上がってきて、思考が、理性が、うっとりと溶かされていくような。

――ああ、これはきっと、彼が私の”運命の人”だからなのね。


(ごめんなさい、二人とも)


「アベル様」


魔法にかけられているかのように、自然と手が伸びる。


「謹んで、お受けさせていただきますわ」


恭しく白薔薇を受け取った私の声は、まるで他の誰かが発しているかのように、知らない甘さを含んでいた。

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