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目が覚めたら、そこは見知らぬ車の中だった。
やたらと広い車内には見るからに高級そうなソファーがぐるりと設置されていてに、奥の方にはなんとドリンクバーやテレビがついていた。
向かい側には悠斗が座っていて、俺の目が覚めたことに気が付くと、俺の隣に座ってきた。
「ごめんね、家から出るまでの道順とか覚えられると面倒だからさ…。眠った状態でここに運んできたんだ」
「…そうか、」
俺は朝ご飯のパンを少しずつ齧りながら、車内を見回した。
『みなと』
「!」
ふわふわと浮きながら、車内の端の方でレンが手を振った。
当然、悠斗には何も見えていないから、俺は気づかれないように小さく手を振る。
「さぁ、湊。何処に行きたい?」
俺がパンを食べ終わると同時に、悠斗はにこやかに問うた。
「……海」
「ん?」
「浅倉浜に行きたい」
「いいけど…、今は泳げる季節じゃないよ?」
「別にそれでもいい。海を見たい」
「…分かった」
俺が強く言うと、悠斗は頷き、ゆっくりと車は走り出した。
これもレンとの計画の一つだ。
浅倉浜は、少し遠くにある浜辺で、岩場が多いせいかあまり人は少ない。
そっちの方が悠斗にとっても都合がいいだろうと俺たちは考えた。
そして、浅倉浜は近くの交通機関が豊富だ。
高速道路、バス停や無人駅、少し歩けば船着き場もあるらしい。
防犯カメラも少ない田舎だ。
これだけ逃げるのに打ってつけの場所は無いだろう。
俺はぼんやりと車の中で海を眺めた。
少し波が強いのか、白く波が立っている。
久しぶりに見た本物の海に、俺は少しだけ心が和らいだ。
数十分後、俺たちを乗せた車はUターンして帰ろうとした。
「…最後に、一つだけ寄ってもいいか?」
俺はふと声を出した。
「いいよ。何処?」
俺は悠斗に場所の名前を告げた。
その行き先に、悠斗の顔は少しだけ曇ったが、車からはどうせ出られないから、と納得してくれた。
俺が言ったのは最初に脱走したときに住み込みで働いていた喫茶店だ。
全く変わっていない外観に、俺は安堵した。
ガラス越しに中を見ると、二、三人の客がいて、加那さんや店長もいた。
店長はいつも通りのんびりとコーヒーを淹れていて、髪を短く切った加那さんはとびきりの笑顔でお客さんたちと談笑していた。
日常風景は変わっていなかった。
ふと涙が出そうで、俺は目に力を入れた。
その時、加那さんがこちらを見た。
目が、合った。
加那さんはきっと外に止まっている外車が気になっただけだろう。
店の窓ガラス越しに、車の窓ガラス越しに、俺と加那さんの目が合ったのだ。
「……ッ!」
俺は思わず目を逸らしてしまった。
あの日、黙って店を出て行ってしまったことに対しての罪悪感だったかもしれない。
「…湊、くん?」
嫌にハッキリと聞こえた。
もともと、加那さんは声が大きい人だったから、意外と外からでも聞こえる。
加那さんの動きは速かった。
衝動のままに動いていたからなのか、エプロン姿のままで店のドアを開けて俺の乗っている車に駆け寄ろうとした。
しかし、異変に気が付いて、車を発進させる悠斗の方が速かった。
「湊くんッ‼‼」
人間の走る速さと車の走る速さなんて一目瞭然だ。
どんどん加那さんと車の距離が離れていく。
その時の、加那さんの悲痛な表情が、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。