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#フライギ
にもあえ
229
葉菜
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その予感だけは外れる気がしなかった。
案の定だった。
ミズキは俺達を順番に見回したあと、妙に満足そうな顔で頷いている。
何を納得したのかは聞かない方が良さそうだった。
経験上そういう顔をする人間にろくな者はいない。
「長」
千代が羽織の中から不満そうな声を出す。
「もうよいじゃろ」
「まだ駄目だ」
「何故じゃ」
「見ろ」
大和がそう言って顎をしゃくる。
千代がそちらを見る。
ミズキだった。
目が合う。
ミズキが微笑む。
千代が羽織の中へ戻る。
周囲から笑い声が漏れた。
「ほれ見ろ」
「解せぬ」
本人は納得していないらしい。
だが説得力はなかった。
ミズキはそんな千代を見ながら楽しそうに目を細めている。
「昔から可愛いものは好きじゃったが」
誰に言うでもなく呟く。
「これはなかなかじゃの」
「聞こえておるぞ!」
羽織の中から抗議が飛ぶ。
ますます面白がっているだけだった。
その様子を見ていたルカは腹を抱えて笑っている。
榊も苦笑していた。
どうやらミズキという人物は大和の知り合いらしい。
それもかなり古い。
ただ、それ以上に妙だった。
初対面のはずなのに、まるで昔からこの集落にいたような顔をしている。
緊張感がない。
遠慮もない。
自分の居場所だとでも言うような自然さだった。
ミズキは周囲を見回しながら建設途中の防壁へ視線を向ける。
石材。
見張り台。
鍛冶場。
採石場。
一通り確認したあと、小さく感心したように頷いた。
「思ったより立派じゃな」
「まだ途中だ」
大和が答える。
「途中でこれなら十分じゃろ」
ミズキはそう言いながら防壁へ手を触れた。
指先が石をなぞる。
僅かに目が細められる。
「面白い作り方をしておるの」
その瞬間、俺は少し驚いた。
見ただけで分かったらしい。
石と砂。
魔力混合材。
内部構造。
普通の人間ならただの壁にしか見えないはずだ。
「お主が考えたのか?」
赤い瞳がこちらを向く。
「俺だ」
「なるほど」
ミズキは納得したように頷いた。
「人間らしい発想じゃ」
馬鹿にした様子はない。
純粋な評価だった。
「嫌いではないぞ」
そう言いながら今度はしゆらを見る。
「設計はそちらかの」
しゆらが少し驚いた顔をした。
「分かるんですか?」
「分かる」
即答だった。
「線が綺麗じゃ」
しゆらが少し照れたように目を逸らす。
褒められ慣れていないのだろう。
その反応を見てミズキの口元が僅かに緩む。
危険だった。
さっきから分かってきた。
この吸血種。
強い。
賢い。
観察眼も鋭い。
そのくせ可愛いものが好きだ。
組み合わせとして最悪だった。
「しゆら」
思わず名前を呼ぶ。
「はい?」
「近付くな」
「え?」
しゆらが首を傾げる。
ミズキが笑う。
「警戒されておるの」
「当然だ」
「悲しいの」
全く悲しそうではなかった。
むしろ楽しそうだった。
そんなやり取りを見ていた大和が小さく息を吐く。
本当に小さなため息だった。
だが。
長い付き合いなのだろう。
その反応だけでミズキは理解したらしい。
「心配するな」
和傘を肩へ担ぎながら肩を竦める。
「流石に取ったりはせぬ」
「そういう話じゃない」
「そうかの」
「そうだ」
即答だった。
ミズキはしばらく大和を見つめていたが、やがて小さく笑う。
その笑顔にはどこか懐かしむような色が混じっていた。
「変わらぬな」
ぽつりと漏れた声は今までで一番小さい。
聞き取れたのは近くにいた俺達だけだった。
大和は何も答えない。
答えなかったが、否定もしなかった。
その沈黙を見ていると、二人が積み重ねてきた時間の長さだけは何となく伝わってくる。
百年。
あるいはそれ以上。
俺には想像もつかない時間だった。
ミズキはそんな大和を見つめたあと、ふと視線を空へ向ける。
先程までの穏やかな空気が少しだけ薄れる。
赤い瞳が遠くの山並みを見ていた。
「のう、大和」
声色が変わっていた。
遊びではない。
本題へ入る時の声だった。
「なんだ」
「人間共」
ミズキの笑みが消える。
「お主らが思っておるより、ずっと大掛かりなことを始めておるぞ」
その言葉と共に、拠点の空気が静かに張り詰めていった。
つい先程まで千代をからかい、しゆらを眺めていた人物と同じとは思えない。
ミズキの赤い瞳は遠くの山並みを見据えたままだった。
「何を見た」
大和が尋ねる。
ミズキは少し考えるように視線を伏せる。
「正確には見たではないの」
和傘を肩へ担ぎ直しながら言葉を続けた。
「嗅いだ」
その場にいた何人かが眉をひそめる。
俺も同じだった。
吸血種だからだろうか。
人間より感覚器官が優れているのかもしれない。
「北から来る途中での」
ミズキがゆっくり話し始める。
「焼けた森をいくつも見た」
周囲が静かになる。
北方森林群を失った者達の表情も変わった。
「人間軍か」
榊が低く呟く。
ミズキは頷かなかった。
代わりに。
「人間もおった」
そう答える。
その言葉が妙だった。
人間軍なら人間がいるのは当たり前だ。
わざわざ言う必要はない。
俺も同じことを思ったらしい。
ミズキはそんな俺達を見回してから続ける。
「だが人間だけではない」
風が吹く。
誰も口を挟まない。
「人間の匂い」
「血の匂い」
「魔力の匂い」
そこまでは理解できる。
だが。
「そのどれでもない匂いが混じっておった」
ミズキが僅かに眉をひそめた。
初めて見る表情だった。
違和感。
理解できないものを前にした顔。
「お主らも見たじゃろ」
赤い瞳が俺を見る。
次に大和を見る。
「迷い霧」
その一言で。
頭の中に引っ掛かっていた違和感が少しだけ動いた。
夜哭きの森。
北方森林群。
人間軍。
対魔兵器。
今まで起きたことを順番に思い返す。
人間軍が強くなった。
それは分かる。
新兵器を持っていた。
それも分かる。
だが。
「強くなり過ぎている」
気付けば口から言葉が漏れていた。
周囲の視線が集まる。
「予紬さん?」
しゆらが不思議そうにこちらを見る。
俺は少し考えながら言葉を続けた。
「迷い霧を突破した」
「北方森林群を落とした」
「夜哭きの森も追い詰めた」
それだけならまだ分かる。
人間が技術を発展させた。
それで説明できる。
だが。
「タイミングが良過ぎる」
大和が僅かに目を細める。
ミズキも黙って聞いていた。
「まるで」
そこまで言いかけて言葉を飲み込む。
根拠がない。
推測でしかない。
研究者として最も嫌いな状態だった。
だが。
どうしても引っ掛かる。
対魔兵器。
迷い霧の弱体化。
半魔の集落への同時侵攻。
北方森林群への攻撃。
全部が綺麗に繋がり過ぎている。
誰かが盤面を見ているような。
そんな違和感。
「続けろ」
大和が言う。
俺は小さく息を吐いた。
「誰かが情報を流している気がする」
沈黙。
誰も笑わない。
誰も否定しない。
それが逆に不気味だった。
「人間かの」
千代が呟く。
「分からない」
首を横へ振る。
「ただ」
そこから先は本当に推測だった。
だから断定はしない。
「人間だけでここまで綺麗に進むかと言われると違和感がある」
ミズキが面白そうに目を細める。
「人間以外も疑っておるのか」
「疑っている訳じゃない」
俺は答える。
「ただ分からない」
それが本音だった。
研究所にいた頃。
煌魔学を学んでいた頃。
人間軍の兵器開発も見てきた。
だからこそ。
あの対魔兵器には妙な違和感があった。
人間が作ったにしては発想が異質過ぎる。
だが半魔が作ったとも思えない。
その中間にある何か。
そんな印象だった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
ミズキがふっと笑った。
「面白い人間を拾ったものじゃな」
その言葉に大和は何も答えない。
否定もしない。
ただ。
「それで」
静かに口を開いた。
「お前は何をしに来た」
本題だった。
ミズキがわざわざここまで来た理由。
遊びに来た訳ではない。
それくらいは誰にでも分かる。
ミズキは和傘の先で建設途中の防壁を示した。
見張り台。
住居区。
鍛冶場。
採石場。
まだ未完成の拠点全体を眺める。
「決まっておる」
その声には先程までの軽さがない。
長い時を生きてきた者の重みがあった。
「儂も混ぜよ」
一瞬。
誰も言葉を失った。
そして。
次の瞬間にはルカが吹き出していた。
あまりにも自然な言い方だったからだ。
まるで近所へ引っ越してくるみたいな口調だった。
だが。
ミズキ本人は至って真面目な顔をしている。
その様子を見た大和が深くため息を吐いた。
どうやら。
厄介な同居人が一人増えることだけは確定したらしい。
コメント
1件
読んだよ〜!!😭💕 ミズキさん、めっちゃ厄介そうで最高じゃん!!千代とのやり取り「聞こえておるぞ!」で草生えたし、可愛いもの好きな吸血種とか反則すぎるだろ!!後半の雰囲気ガラッと変わって「嗅いだ」からの情報で一気に引き込まれた…主人公の推論パートも熱すぎるし、ラスト「混ぜよ」のテンポよすぎてもう一回読み直したわ。追い越す勢いで毎日来てます!次回も楽しみにしてるよ🔥🔥