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第4話:契約の代償と人間としての葛藤
東京の空は、灰色の雲に覆われていた。
橘樹龍樹は、ベッドに沈み込むようにして目を閉じた。昨日の戦闘後、体は鉛のように重く、筋肉は悲鳴を上げている。呼吸は荒く、わずかに震える指先が自分の存在を訴えた。
「……これが、契約の代償か」
ラ・イル・リンバスの力は、強大な破壊力を生み出した。しかし同時に、人体に負荷をかける。精神の疲労、筋肉の損耗、そして、心に潜む恐怖や怒りまで吸い取られてしまう感覚。
龍樹は手を胸に置き、深く息を吸う。
「……俺、本当に人間のままでいられるのか……?」
頭の中に、デュラハンの冷たい声が響いた。
「力は楽ではない。だが、それを乗り越えられるのが適応者だ」
「……俺は、まだ……適応者になりきれてない」
デュラハンは沈黙したまま、龍樹の頭上で黒い影を揺らす。彼の存在は、ただそこにいるだけで重力のような安心感を与えると同時に、冷徹な現実を突きつける。
次の日、龍樹は会社へ向かう。しかし、心の奥に不安と恐怖が渦巻く。昨日の戦闘で感じた体の異変、制御しきれなかった魔力の残滓……そのすべてが、現実世界で人目に触れないか不安だった。
「……普通に生活できるのか、俺……?」
オフィスに入ると、同僚たちはいつも通り笑顔で仕事をしていた。
その中で、幼馴染の真田紗夜が書類を持って近づいてくる。
「龍樹くん、大丈夫?昨日、ニュースで暴動って言ってたから……」
「大丈夫だよ。……ちょっと疲れただけ」
「そう……でも、無理しないでね」
彼女の視線は真剣だった。
龍樹は胸が締め付けられる思いだった。守るべき人間たち。彼らを危険に巻き込むわけにはいかない。
「……守るための力だ。俺が暴走したら意味がない」
心の中でそう呟く。だが、その言葉が実際に行動に結びつくのはまだ先だった。
昼休み、屋上でデュラハンが待っていた。
「今日も訓練をするぞ」
「えっ、もう……?」
龍樹はため息をつく。体の筋肉はまだ回復していない。
デュラハンは腕組みをし、黒い影を浮かべながら言った。
「力を使えば代償はついて回る。お前は弱くても、覚悟さえあればそれを乗り越えられる」
龍樹は肩を落とす。だが、目の前で浮かぶ黒いオーラを見ると、逃げるわけにはいかないと思った。
「わかった……今日も頑張る」
訓練は、能力の精密制御を目的として行われた。
黒い刃を空中で動かし、敵想定の幻影を切る。デュラハンは冷静に指示を出す。
「力の流れを体で感じろ。心が乱れれば、刃は暴走する」
龍樹は意識を集中する。だが、昨日の戦闘の疲労が残っており、力の制御が難しい。黒い刃は暴れ、空中の標的を斬るどころか、地面を抉ってしまう。
「っ……!」
デュラハンが大斧を振るい、刃を押さえ込む。
「落ち着け、龍樹。力は暴走するだけではなく、心も体も破壊する」
龍樹は深呼吸を繰り返す。額には汗が滲み、手が震える。
そして、ふと意識の奥で紗夜の顔が浮かんだ。
(俺は……守らなきゃ……!)
その思いが、魔力を安定させた。黒い刃は静かに空中に留まり、想定通りの動きを見せる。
「……できた」
「よし。その調子だ」
デュラハンは少しだけ柔らかい声を出した。
頭のない騎士の声が、初めて“褒める”ように響いた瞬間だった。
訓練後、龍樹は紗夜とカフェに寄った。
街角の窓から見えるネオンが、まだ濡れた路面を反射して輝いている。
「龍樹くん、今日は疲れてるみたいね」
「うん……ちょっとね」
紗夜は微笑み、ストローを持つ手を差し出す。
「でも、なんか……力がついた感じ、するよ?」
「そうか……まあ、少しだけ」
二人の距離は近く、心地よい沈黙が流れる。
龍樹は、普通の生活と非日常の狭間で、初めて自分の感情を見つめ直した。
(この力を使う理由は……俺の守るもののためなんだ)
その夜、龍樹がベッドに入ろうとしたとき、頭上に謎の光が降り注ぐ。
一瞬、目の前に透明な球体が現れ、中には人型の影が浮かんでいた。
「……適応者、橘樹龍樹か」
その声は、冷たくも威厳に満ちていた。
「誰……?」
「私は八界会議の使者だ。お前の力、八界の均衡に関わる。覚悟はあるか?」
龍樹は目を見開く。
八界……世界の代表が集まる場所。
そこに自分が関わるという現実が、一瞬で全身に重くのしかかる。
(……俺、本当に大丈夫か……?)
だが、隣で黒い影が揺れる。デュラハンだ。
「逃げてもいい。だが力を使う覚悟を持つなら、前に進め」
龍樹は深く息を吸う。
そして、拳を握りしめた。
「……わかった。俺は進む。どんな世界でも、俺は戦う」
その決意が、暗い部屋に響く。