「ない、兄…」
守が最後の力を振り絞って無陀野に手を伸ばす。
目の前に広がるのは死屍累々と倒れている生徒達と妹同然の少女達。
「どうしてこうなった…」
体育館であったであろう建物の天井は無惨にも破壊され、嘲笑うかのように雨が冷たく降っている。
その中で無陀野は、ただ立ち尽くすしかなかった。
遡ること数時間前。
海を始め、皆風呂に入っていた。
ほう、と息を吐き、シャンプーハットを被っている妹の頭を洗っている姉に話しかける。
「姉さん、仕事は?」
「もう終わらせてるから大丈夫!」
「おねえちゃん、あわ、めにはいった…」
「え、ごめん」
守は長い髪を高い位置でお団子にし、末っ子の頭をがしがしと洗っている。頭が羊のようになったところでシャワーで洗い流して湯船の方へ送り出し、言った。
「桃華、10数えたら上がれよ。のぼせっから」
わしゃわしゃと自分の髪を洗いながら言う守に「はーい!」と元気に返事をし、「いーち、にーい…」と歌うように数える桃華は本当に可愛らしく、見る者の心を暖かくする。
漣は桃華の頭をそっと一撫でしてから湯船から出た。
「きりやまくん?」
「あぁ。ウチがいなきゃアイツは何も出来ないからな」
「ぼくもいく!」
数えることはもう忘れたのか、桃華はひよこのように漣の後を追いながら風呂場から出た。
桃華と漣が着ているのは羅刹学園のジャージ。
なぜ桃華もジャージを着ているのか。それは一重に、無陀野からのお下がりをパジャマにしているからである。
守は自分のジャージをそのままパジャマにしているので守からはお下がりとして貰ってはいないのだ。説明終わり。
ずんずんと進んでいく漣に桃華は段々とどこへ向かっているのかが分かっていき、このまま進んでいいのか不安になっていった。
「ねえねえ、くいなちゃん」
「何だ?桃華」
くいくいと漣の服を引っ張って桃華は躊躇いながらも口を開いた。
「こっち、おとこのひとのおふろ…」
漣は当然とでも言いたげに「そうだけど、どうした?」と首を傾げた。
それに桃華は顔を青ざめさせてふるふると首を横に振りながら力一杯漣の服を引っ張って止めようとした。
「だめ、だめだよ、ぜったい、くいなちゃん!」
ただの女児の力でおそらくヤンキーであったであろう女子高生の事を止めることはできない。
漣の進撃は続いていく。
「のおおぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅ」
桃華はどんどん男湯の方へと引きずられていった。
男湯に着くと、脱衣所にいたのは皇后崎と矢颪だった。
二人は堂々と女子が入ってくると思わなかったのかきょとんと目を丸くしている。
皇后崎はジャージを着ているものの、矢颪はあがったばかりなのか半裸であった。
桃華も最初は目を丸くしていたものの、ワンテンポ遅れて恥ずかしくなったのか、真っ赤になって言葉にならない声を上げながら漣の後ろに隠れた。
それと同時に矢颪も真っ赤になって目にも止まらぬ速さで上も着たかと思うと「女が男湯来てんじゃねえ!」と怒り出し、漣を取り押さえようとしだした。
漣はそれに抵抗し、皇后崎を含めた二人体制でもしんどい。
桃華も力一杯しがみつくが、意味はない。
「な、ないにい…たすけて…!」
桃華が叫ぶのと同時に、ローラースケートの音が耳に届いた。
桃華がはっとしてその方向を見ると、無陀野が「何をしている」とでも言いたげにこちらを見ている。
「な、ないにい」
助けてくれるのかと思いきや、無陀野はすぱんと風呂場に繋がる扉を勢い良く開け、股間を隠す男子高校生達を無視して言い放った。
「体育館に集まれ。避難訓練をするぞ」
桃華は漣にしがみつきながらぽかんと口を開けていた。
「ないにい?」
状況が理解できていないのは、哀れなことに桃華だけだった。
こんにちは、作者です。
寒いですね。最近。かったるいです。動くのが。
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