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うらしまが虫取り網を持って出かけた。
「コオロギ獲りに」と言っている。
「今は5月やで。獲れるわけないやん。ホンマに分からん人やわ」
言いながらアタシは恥ずかしい新聞をそっと捨てた。
お姉は騒ぎに飽きたらしくお風呂に行ってしまった。
アタシはまだ身体にビリビリが残っているから、今日は入浴禁止だ。
いっそこれをキッカケに、身体から電気放つ能力でも身に付けられたら良かったのに。
地球侵略を企む悪い方の宇宙人と、放電能力で戦う16歳の少女──なんて、なかなか夢みたいな話やん。
ハリウッド映画出れるわ……って何言ってんねん! アタシは我に返った。
「アカンやん。アタシが戦うべき相手は他にいる」
チョンマゲ結ってスーツ着たあのメガネ──桃太郎と名乗り、アタシの部屋に我が物顔で居着いているアイツを追い出す!
一人称「余」──殿様口調のあの男が当面のアタシの敵や。
「まぁ……できればあの男、夢か白昼夢ならいいのになって思ってるねん。だってありえへん展開やん。悪いけど、現実味薄いで」
自らに疑問符をぶつけつつ、アタシはこっそり2階へ上がり、自分の家をそっと覗いた。
「アアッ!」
悲鳴を飲み込む。
──キョーレツなナリした人、まだいるぅ!
スーツとピンクネクタイ、ワラジにメガネ、チョンマゲ。
何と言っても個性的な『日本一』ハチマキ。
台所込みで8畳という狭い部屋の畳の上に転がり、奴はおやつを食べながらうたた寝している。
「ゲッ、ガッ!」
噎せて起き上がった。
「桃太郎、桃太郎っ」
アホらしいけど仕方ない。
アタシはその名を叫んだ。
しかし奴はこっちを見ず、そっぽを向いたままだ。
アタシの声が聞こえてない筈がない。
「ちょっと、桃太郎ッ!」
肩に手をかけるとハッとしたようにこちらを振り向いた。
「あぁ、余のことか」
「アンタしかおらへんやん。桃太郎なんてヘンな名前の人間」
「うむ。つい先日まで桃次郎だったものでの。最近桃太郎に出世したばかりで、まだ違和感があるのじゃ」
「ハァ?」
アンタ、湧いてんのちゃう?
桃太郎──え? 元・桃次郎? は「ハッハッハッ」と変にさわやかな笑い声をあげた。
「さすがに余とて最初から桃太郎ではなかったぞよ。桃九郎から始まって桃八郎、桃七郎、桃六郎、桃五郎……そして桃太郎となったのじゃ」
アタシをケムに巻こうとしているのか、或いはホンマに天然なのか、アホなのか、宇宙人なのか……。
いや、そんな問題じゃない。
「何で人の部屋で普通に生活してんの。アタシはアンタのせいで、2千アンペアの高圧電流浴びてんで。奇跡の生還果たしたとこや!」
「おぉぉ!」
桃太郎はにこやかに拍手した。
心底感心した風の態度が鼻につくし、逆に恥ずかしくもなる。
ビリビリが残っている両腕を擦りながら、仕方なくアタシはその場に腰を下ろした。
「コレを使え」
桃太郎、欠伸しながら座布団をくれる。
「あ、どうも……って、アンタは世帯主ちゃうやろ! なに主人面してんねん!」
「まぁまぁまぁ。細かいことを申すな」
細かくない、と言いかけたところで桃太郎は意味深に声を低めた。
「余には壮大な目的があるのじゃ。そちなど考えも及ばぬ、な」
ムカツクことにウインクなどしてくる。
「だからって、人の部屋に勝手に住み着いていいって話にはならへんで。早く出てって!」
桃太郎は黙っている。
アタシはコイツのペースに巻き込まれるのだけは絶対に避けようと身構えた。
でも……アカン。気になってしょうがない。
「……壮大な目的って、何?」
桃太郎、チラリとこちらを見る。
目がトロンとして、まだ寝ぼけているのが分かった。
「余は桃太郎じゃ。余はな、桃太郎なのじゃ」
やけに自信たっぷりな様子で言う。2回言う。
「それは分かったって。いや、分からんけど……でも分かったって。だけど、普通の桃太郎ってもっと熱血漢なんちゃう? アンタの喋り方、どっちかって言うとアホな殿様やん」
「ふ、普通の桃太郎ってどんなのですかーーーッ!」
「ヒッ、す、すいません」
突然標準語でキレられ、アタシは怯えた。
桃太郎は直ぐにアホ面に戻ってお菓子をボリボリ食べだす。
「モゴモゴ。ともかく、余は桃太郎なのじゃ。世は理不尽に溢れておる。モゴ。故に余は世直しの旅を行うことにした。悪を懲らしめる旅じゃ。退治じゃ、退治じゃ~」
一番の理不尽がアンタやねんけど──その台詞、すごく言いたかったけどアタシは飲み込んだ。
言っても多分、空しいだけや。
「そ、そんなん言うなら警官とか弁護士とかになったらいいやん。学校の先生とか」
世直しの旅に出るよりずっと世の為、人の為になる筈や。
「余は桃から生まれたので戸籍がないのじゃ」
あぁ、そうきたかァ!
「第一、組織になど入ってしまっては民の暮らしに目が行き届かぬではないか」
「ってことはアンタ、無職か? 無職なんか! 働けや!」
「まぁまぁまぁ。気にするな」
いや、気になるわ!
桃太郎は欠伸をするとゴソゴソ立ち上がってアタシの押入れを開けた。
我が物顔でアタシのフトンを出そうとしている。
「ちょっとソレ、アタシの……」
「まぁまぁまぁ。気にするな」
「いや、気になるって! どけ!」
フトンを押入れに戻そうとアタシは桃太郎に飛びかかった。
奴の手から敷布団を奪い取った瞬間、アタシは見た。
押入れの中に何かある。
引っ越してきたばかりであまり何もない押入れに、見慣れぬ長い棒と布が。
「これはアンタの……?」
腕を伸ばして棒をつかむ。
ノボリだ。昔話の桃太郎が背中に差してる『日本一』の旗。
クルクル布を開いてみる。
桃太郎自身の背丈程あるそれには筆書きで『勝訴』と大きく書かれていた。
あと、小さく桃のマークが。
「桃太郎よ、アンタはどこに向かおうとしてんの……?」
振り向くと奴は畳に突っ伏して寝こけていた。
「春眠、暁を覚えずぅ」
ブツブツそんなことを言ってる。
「春眠って、もう5月や。連休もあけたわ!」
アタシ、どうしたらいいんやろ……急に不安が押し寄せてきた。
「トーキョーって、こんなに怖い街やってんな……」
「4.不毛なまでの怯え方~初めて会った義兄ヘンタイでした」につづく