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#ワンナイトラブ
後日、私は再び叔母から呼び出された。
待ち合わせのカフェで先に来て待っていると、叔母が姿を現した。
あの日のように、今日は怒らせないようにしなきゃ……。
叔母はスタッフにアイスコーヒーを注文し、すぐにバッグから一枚の紙ををテーブルに滑らせる。
「これ、マンションの退去費用」
挨拶もなにもなく、いきなり叔母はそう言った。
「あの……この金額……」
「退去するにもお金はかかるわ。翠々にもそれくらいわかるわよね? 借金のほうと合わせて払ってちょうだいね」
差し出されたのは、室内清掃代とエアコンクリーニング代の請求書だった。
「一度には無理でも……少しずつ返していくつもりです」
「“つもり”ね」
叔母があきれながらクスリと笑う。
「曖昧な言葉って、私は大嫌いなの」
なにも言い返せなかった。催促されても借金を返せていないのは事実だから。
「別に責めてるわけじゃないのよ?」
穏やかな声のまま、叔母が指先で請求書の金額の部分を軽く叩く。
「いい? 困ってるときに助けたのは私よ。あのとき、兄さんに頭を下げられてね。かわいそうになっちゃって」
そのひとことで喉が詰まった。叔母は、受けた恩を忘れたのかと言いたいのだ。
「でも、ちゃんと回収しないと」
「……回収……」
「当然でしょう。身内だからってだけで、無利子で貸してたのよ?」
この前みたいに激昂しないどころか、叔母は逆にずっと微笑んでいて、それが逆に気味が悪い。
「今までのことを感謝してるなら、別で借金をしてでも私にお金を返しなさい。それで綺麗さっぱりお別れ」
「叔母さん……」
「こうなったのは翠々、全部あなたのせいよ。なのに、あのマンションにまだ居座るつもり?」
叔母のするどい視線が突き刺さり、背筋が冷えた。
「わかりました。でも、次に住むところが決まるまで待ってもらえませんか?」
「無理ね」
悲痛な声を出す私に対し、叔母は無情にも即答だった。いつの間にか笑みも消えている。
「あそこに住みたいって人が何人かいて、返事をしなくちゃいけないの。今すぐにでも出ていってほしいくらいよ」
叔母が冷たく言い放ち、アイスコーヒーのストローに口をつける。
「負け組のあなたが、一発逆転する方法はひとつしかないんじゃない?」
「それって……」
「結婚」
またその話に戻るのかと、私は眉をひそめてうつむいた。
「好きな男がいるとか言ってたけど、そんなのすぐに忘れるわよ。資産家と結婚すればすべて丸く収まるじゃないの。ほんと頭が悪いわね」
なんとでも言えばいい。私はどうしても光永さんと結婚するのは嫌だ。その気持ちは変わらない。
「住む場所もなくなるのよ? その状態で借金を返していくなんて……。現実を見なさいよ」
私を窮地に追い込んでいるのは叔母自身なのに、声はあくまで穏やかで優しい。
「私だってね、うちの社員を守る責任があるの。アンタひとりのわがままで会社を潰すわけにはいかない」
こうして眉間にシワを寄せる叔母の顔を、もう何度見てきただろう。
「アンタを守るか、社員三十人の生活を守るか、どっちかしかないのよ。……三日、時間をあげるわ」
叔母が指を三本静かに立てた。
「それまでにどうするか決めなさい」
「三日……」
「十分でしょう? それを過ぎたら本当にマンションから出て行ってもらうわ。月末までにね」
実の姪である私に対しても、叔母は容赦ない。お金につながらない役立たずは要らないのだ。
「結婚が決まったら、もちろん私はそのあと関与しない。借金を立て替えてほしいと、翠々が自分でお願いしてちょうだい」
叔母はにこりと笑みを浮かべたが、目は微塵も笑っていなかった。
「まさか、損な選択はしないわよね? とにかく今の自分の立場をよく考えなさい」
一方的に言うだけ言い、叔母がさっさと立ち上がってカフェをあとにした。
残された私の脳裏に、琉輝さんの顔が浮かんできた。
“困ったらうちに来ればいい”――あのときの彼の声が、頭から離れない。