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📖 第五章:「呼べなかった名前」
放課後。
教室には、まだ数人の生徒が残っていた。
○○はノートを閉じながら、小さく息をつく。
○○:(……今日も居るのかな?)
無意識に、窓の外へ視線が向く。
運動場。
——やっぱり、いた。
凛は一人、ゴール前でボールを蹴っていた。
誰もいない。
いつものチーム練習とは違う、静かな時間。
カツン、カツン……
規則的な音だけが、夕方の空気に響く。
○○:(……一人?)
珍しい、と思った。
あれだけ上手いのに、誰とも組まずに練習しているなんて。
気づけば、足が動いていた。
校舎を出て、運動場へ向かう。
フェンス越しじゃなく、もっと近くへ。
——初めて、自分から距離を詰める。
○○:(……何しに来たんだろ、私)
理由ははっきりしない。
でも、止まれなかった。
凛の蹴ったボールが、大きく弧を描く。
そのまま——
ゴールポストに当たって、外へ転がる。
コロコロ、と○○の足元へ。
○○:「……あ」
静かに止まるボール。
一瞬の間。
凛の視線が、まっすぐ○○に向く。
逃げるか、返すか。
迷ったのは、ほんの一瞬。
○○はボールを軽く蹴り返した。
コツン。
まっすぐ凛の足元へ戻る。
凛はそれを受け止めると、少しだけ目を細めた。
凛:「……来てたのか」
低い声。
でも前みたいな冷たさは、少し薄れている。
○○:「たまたま」
そっけなく返す。
本当は、違うけど。
沈黙が落ちる。
風が、二人の間を通り抜ける。
○○:(……気まずい)
でも、不思議と嫌じゃない。
凛はボールを足元で軽く転がしながら、ぽつりと呟く。
凛:「……なんで見てる」
○○:「別に。見ちゃダメ?」
少しだけ挑発気味に返す。
凛は一瞬黙る。
そして——
凛:「……好きなのか」
○○:「は?」
予想外の言葉に、思わず声が裏返る。
凛:「サッカー」
短く付け足す。
○○は一瞬固まってから、ふっと息を吐く。
○○:「……別に。詳しくはないし」
正直に答える。
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○○:「でも」
言葉が、少しだけ続く。
凛がわずかに顔を上げる。
○○:「……見るのは、嫌いじゃない」
その視線は、凛じゃなくてボールの方へ。
でも——
凛はちゃんと聞いていた。
凛:「……そうか」
短い返事。
それだけなのに、不思議と空気が柔らぐ。
しばらく、沈黙のまま時間が流れる。
凛はまたボールを蹴り始める。
さっきまでと同じはずなのに——
どこか、少しだけ力が抜けている気がした。
○○はその様子を、少し近い距離で見ている。
フェンス越しじゃない。
同じ空気の中で。
○○:(……変なの)
最初は、関わりたくなかったはずなのに。
今は——
離れようとしていない自分がいる。
その時。
凛がふと、動きを止めた。
そして——
振り向く。
まっすぐ、○○を見る。
凛:「……お前」
○○:「なに」
凛:「名前」
短い一言。
でも、それだけで意味は分かる。
○○の心臓が、大きく鳴る。
ドクン。
ドクン。
○○:(……きた)
ずっと、どこかで待っていた瞬間。
でも——
なぜか、すぐに言葉が出てこない。
○○:「……」
口を開きかけて、止まる。
凛は黙って待っている。
急かさない。
ただ、じっと。
その視線が、妙に真っ直ぐで——
逃げられない。
○○:「……っ」
言おうとする。
でも。
なぜか、少しだけ怖い。
この距離が変わる気がして。
今までの関係が、はっきりしてしまう気がして。
○○:「……また今度」
気づけば、そう言っていた。
凛の眉が、わずかに動く。
凛:「……は?」
当然の反応。
○○:「気分じゃない」
少しだけ意地を張る。
本当は違うのに。
凛は数秒、○○を見つめて——
ふっと視線を外す。
凛:「……変なやつ」
小さく呟く。
でも、その声には少しだけ呆れと、ほんの少しの柔らかさが混ざっていた。
○○はその言葉に、少しだけ笑う。
○○:「あんたに言われたくない」
軽く返す。
沈黙。
でも——
さっきまでとは違う沈黙。
どこか、心地いい。
空が、ゆっくりと夕焼けに染まっていく。
オレンジ色の光が、二人を包む。
凛はまたボールを蹴り始める。
○○はその横で、静かに見ている。
○○:(……名前、言えなかった)
少しだけ後悔
風が吹く。
さっきまであった気配が、嘘みたいに消えている。
○○:(……なんで)
なんで、あの時。
素直に言えなかったんだろう。
たった一言なのに。
たった、それだけでよかったのに。
○○:(……バカだ)
強がったせいで。
大事な瞬間を、逃した。
あの少し柔らかくなった空気も。
あの距離も。
全部、自分で壊した気がした。
○○:「……最悪」
ぽつりと呟く。
最初に感じた“最悪”とは、全然違う意味で。
夕焼けが、ゆっくりと暗くなっていく。
グラウンドにはもう、誰もいない。
○○:(……もう一回、チャンスあるかな)
小さく、弱い願い。
でも。
さっきの凛の背中が、頭から離れない。
振り返らなかったこと。
あの一言の冷たさ。
○○:(……ないかもしれない)
胸が、ずしんと重くなる。
それでも——
○○はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
——呼べなかった名前は、思っていたよりずっと大きな距離を生んでしまった。
コメント
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凛ちゃんっ!こんのツンデレっ!(照)