テラーノベル
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俺は、アイツの全てを知っていた。
いや、全てでは無いのかもしれない。
俺は七不思議が5番、16時の書庫の管理人の土籠。
俺の元教え子である7番…もとい柚木普は、いつも授業をサボり、帰ってくると傷だらけになっていた。
俺はいつも放課後の手当ての時間にこう言う。
「毎日毎日…誰にやられてる?」
「聞いてるのか、柚木」
もう何度目かも分からないそれを聞いて柚木はいつもと同じように押し黙る。
「…まァたダンマリか、いい加減話しちゃくれんかねェ?」
痺れを切らした俺はそう問いかける。
すると目の前の小さな子供はまたしてもいつもと同じように
「土籠先生、シツコイ」
そう言う。
俺だって聞きたくて聞いてるわけじゃない。
誰にやられているかも知っている。
でも、
本人の口から言わせないと意味が無い、と土籠は思っていた。
大体、「コイツは○○に暴力を振られている」
と言った所で何も出来やしない。
そんな自分に嫌気が差していた。
…そして、いつも黙ってばかりでいる目の前の子供にも少し怒りを感じていた。
どうして言わないのか、どうして助けを求めないのか、
土籠には意味がわからなかった。
いくらその者の全てを盗み見れるとはいえ、細かな感情の起伏やその理由などが書いている訳ではない。
そりゃそうだ。
人の人生を一冊の本に詰め込んでいるのだから。
だから、俺は柚木の事をずっと理解出来なかった。
どうして、自分に暴力を振るってくる弟に、そんな慈愛の表情を見せられるのだろう。
本に載っている挿絵を見ながら毎回そう思う。
「なぁ、別に俺は責めたいわけじゃない。
お前の身に何が起こっているのか知りたいだけだ。」
「どうしてそんな頑なに言わないんだ?」
また俺は知っているくせに知らないふりをして聞く。
「…せんせーには関係ないよ」
ああ、そうやってお前は何も語ろうとしない。
本を読んでいなくたってその程度の答えは予想できていた。
「あのなぁ…お前、いい加減にしろよ」
「へっ?」
「お前はいつもそうだ。本当は大丈夫なんかじゃない癖に大丈夫だって言って 」
「俺はそんなに頼りないか?だから話したくないのか?」
「ち、違うよ、ホントに大丈夫だから…」
大きく開かれた琥珀色の瞳に少し焦りの色が見えた。
これではまるで責めているようではないか。
そんなつもりは無いはずなのに。
「嘘つくな!!」
男にしては小さい肩を掴んで壁に叩きつけた。
違う、こんな事をしたい訳では無いのに。
コイツを怖がらせたい訳では無いのに。
まるで自分の体ではないみたいだ。
「ぃだっ、!」
突然の事に驚いた柚木は呻き声を上げ、怯えた目で俺を見上げていた。
「つ、土籠せんせ、?」
「…お前がされてる事は、こんなもんじゃないだろ」
「殴られて、蹴られて、刃物で切られて…
この程度で怯えてるクセして何が大丈夫だ!」
「ひっ、あ、ごめ、なさ…」
目に涙を溜めながら謝罪の言葉を紡ぐその顔は、罪悪感が募る様な、なんとも可哀想だと思ってしまう顔だった。
…こんな顔を見ても、暴力を振るっている本人はなんとも思わないのだろうか。
そうは言うが、俺の暴走はもう止められない。
別に俺は柚木の事を嫌っているわけでも傷付けたい訳でもない。
なのにどうして。
どうして俺は目の前の子供に手を上げようとしているのか。
俺は手を振り上げた。
パァン!!
気づけば柚木の右頬には赤く痛々しい跡が出来ていた。
「い゛っ、?!」
「いだ、っ、せん、せぇ…っ」
目に溜まっていた涙が頬を伝って落ちてゆく。
俺が、泣かせた。
柚木の、事を。
俺、おれ、が…
「お前がされてるのはこういう事だ、!
どうして…っ、こんな事を毎日されても平気でいられるんだ!!」
普は意味が分からなかった。
先程まで自分の怪我を心配していた担任からの突然の暴力。
だが、その手と言葉にほんの少しだけ、優しさを、いつもの土籠を感じた。
「ごめ、なさ…っ、ごめんなさい、せん、あ、ごめんなさ…」
俺は目の前の恐怖と混乱や痛みで涙が溢れてきてしまった。
何故だろう。
いつも弟から振るわれる暴力には抵抗もほぼしないし、泣くことだって無いのに。
相手が先生だからだろうか。
「っ…悪い、!やり過ぎた 、! 」
そう言って抱きしめてきた 普段の先生の姿に安堵して俺はもっと泣き出してしまった。
「痛かったよな、すまん…本当に悪かった。」
「ひっ、うあ、っ、」
溢れ出る感情が抑えられない。
先生の前だがそんな事はお構い無しにしゃっくりを上げて泣き、自分より大きな体に縋りついてしまう。
「せんせ、っ、おれのこと、キライになったの、?」
上手く動かない舌で涙をぼろぼろと流しながらそう伝えた。
不安になったのだ。
いつもは少し過保護だと思うほどに優しい先生が、自分に対して暴力を振るってきたのだから。
「…っそんな訳無い、!
嫌いな生徒だったら、こんな事絶対にしない。」
「お前が心配だから、分かって欲しかったんだ。」
「言い訳になるとは思っていないが…」と気まずそうに言う先生はいつも通りで少し笑えてきた。
しかし、だからと言ってすぐに涙を止められる訳ではなかった。
「ホントに、?キライじゃない?」
自分の呼吸を頑張って落ち着かせながらそう問いかける。
「当たり前だ、嫌いだったらこんな事しないって言ってるだろ。」
そう言われて、自分の胸が高鳴った。
もう怯えてる訳でもないし、嬉しいという言葉で片付けるのも何かが違うような気がする。
誰にも感じたことの無い”それ”は俺を戸惑わせた。
「ほっぺの事は別にいいよ、そんなに気にしてない。」
「ただ…嫌われてるんじゃないかって不安になっただけ」
そう言うと先生はそっと俺の涙を拭った。
「嫌いになんてなってないから安心しろ。
俺はいつでもお前の味方だ。」
その言葉を聞き、とても嬉しい気持ちになった。
先程感じた”それ”とは違う、純粋な嬉しさだ。
「ありがと、せんせ。
もう帰らなくちゃ。」
そう言って俺は土籠先生の腕から抜け、カバンを肩にかけて帰ろうとした。
そしてふと、とある事を思いついて後ろを振り返った。
「せんせ、ちゃんと責任とってね?♡」
ニヤリと笑い、叩かれた頬をツンツンとつつきながら言うと、先生は目を面白いほどに見開いて固まってしまった。
俺の勝ち!などと幼稚なことを考えながら扉を開け、
「じゃーまた明日!せんせ!」
そう言って俺は走り去った。
今日のつかさは荒れてそうだなぁ、とくだらないことを考えながら家まで帰る。
これが、自覚はしていないが俺が先生を初めて”そういう意味”で好きだと思った日の出来事だった。
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続きが気になるます(*´▽`*)