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「美冬さんへのプレゼントなんですけど、きっと槙野さんもお喜びになると思いますわ」
──祐輔も喜ぶもの?
美冬はちらっと袋の隙間から中身を覗き込んでみたけれど、どうやら洋服のようだ。
きっとケイエムで発売される新商品の服なんだろう。
そんな風に美冬は思っていた。
その日の帰りは槙野も仕事で遅くなったらしく、車で帰るのでミルヴェイユまで美冬を迎えに来てくれていた。
一緒にいると分かるのだが、槙野は意外と本当にマメなのである。
ビルの正面に停められている槙野の車は彼に似合いのシルバーのスポーツカーだ。
盾のようなエンブレムが車のボンネット部分に見える。
美冬が外に出ると車の中から槙野が軽く手を上げる。
美冬は助手席に乗り込んだ。
「ベンツとか乗ってるのかと思っていたのよね」
冷静に考えたら槙野の見た目で黒塗りのベンツにでも乗っていようものなら、確実にヤのつく人になってしまう。
くすくす笑いながら助手席で美冬が言うのに、槙野がハンドルを操作しながらちらっと美冬を見る。
「これの前はメルセデスだったな。黒ではなかったが」
「あら、本当に……」
「これはポルシェのアニバーサリーモデルで、世界でも一千台そこそこしかない限定車だ」
世界で一千台……そんな車をわざわざ選んで乗るなど、槙野はものすごく車が好きなのではないのだろうか。
「車、好きなの?」
「好きだな。運転するのも好きなんだが、普段ハンドルを握る機会は少ない。休みの日にたまに走らせるくらいだ」
美冬には車のことがよく分からなくて、ふぅんと言うしかないのだが、好きだと言う槙野の顔はとても良かった。
槙野がアクセルを踏むとエンジンの低い音が響く。
重低音に響く音は美冬には馴染みがなくて少し驚いた。
「す……すごい音がするものなのね?」
「スポーツカーだからな。このエンジン音に惹かれてこの車を買ったと言っても過言じゃない」
アクセルをぐっと踏み込んだ槙野はハードな運転をするのかと思えば、意外と雑ではなくて美冬は安心した。
ハンドルを握ると人格が変わる人もいるらしいが、槙野はそんなことで人格が変わるような人物ではなかったらしい。
ブレーキも優しいし、曲がる時も身体が押し付けられるような感覚はない。
信号が変わった時のスタートもスムーズだ。
車の中で美冬は綾奈のことを話す。
「綾奈さん、別人みたいよ。すごく痩せてしまって」
「へえ……そんな風に聞いてもピンとこないが。国東と上手くいってるんだろうか」
「国東さんはダメだったみたい」
「あいつはちょっと軽いところがあるからな」
そんな風に言って槙野は苦笑している。
「けど、今はうちのデザイナーの諒が気になっているみたいね。でも諒は難しいわ」
「ふうん? あいつは美冬のことが好きだからな」
「は?」
急にそんなことを言われて美冬は言葉をなくした。
「気づいてなかったのか? 本人も気づいていたかは分からないが、気はあったと思うぞ」
石丸が美冬のことを好ましく思っているなんて考えたことはなかった。
出会ったのは会社に入ってからで、石丸は美冬が入社した頃にちょうど頭角を現してきた時期だった。
入社したばかりの美冬とは一緒に成長してきたような仲になる。
美冬が社長になってから接点が増えたけれど、二人きりになってもアプローチされるとか、そんなことはなかった。
「だって、仕事が好きって言ってたわ」
「仕事をしていれば美冬と関われる。本人も意識しているかは分からない。だからそんな言い方になったのかもな」
「諒はずっと側にいたからそうやって言われたりすることもあったけど、男女の気持ちになったことはないわよ。お互いに」
「そうか? なら俺の気のせいだろう」
絶対に違うと思う。
槙野の勘がいいことは認めるが、これに関しては当たっていないと美冬は黙り込む。
「気にするな」
「してないよ」
槙野は気にしていないようだが、美冬はなんとなく何か言うこともはばかられ、手持ち無沙汰になり綾奈にもらった紙袋の中身を見てみることにした。
袋の中にはオフホワイトのニットのワンピースらしきものが見える。
「どうした?」
「綾奈さんからのお祝いなの。すごく可愛いニットのワンピース。私が喜ぶのは分かるけど、祐輔が喜ぶってどういうことかしら? ニット好き?」
「俺が喜ぶ? いや……特にそういう性癖はないがな。萌え袖とかは可愛いとは思うけど、喜ぶってところまでは行かないしな。ミニ丈とかそういうことじゃないのか?」
「ああ……丈が短いとかね……」
そういうことはあるのかも、と美冬は袋から出してみた。
首元はタートル。胸元が大きく開いているというわけでもないらしい。
大きなボタンで首の後ろで留めるようになっているのが可愛いデザインだ。
そしてふと美冬は気づく。
──これ……着たら背中がすごく開いてない?
背中が大きく開いていて、首の後ろでボタンで留めるデザイン。ボタンを外せば、ぱらりと脱げてしまうだろう。
それに背中、というより腰の下ギリギリのラインまで開いている気がする。
さらに横から胸が見えるのではないだろうか?
もちろん丈も短い。
「これ……外には着ていけないわ」
「は?」
急にぼそりと呟いた美冬に運転席の槙野が驚いた声を上げる。
美冬は大体のデザインを見ればそれが着た時どういう状態になるか想像がつくのだ。
これは……。
真っ赤になってしまった。
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