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日が沈みきる直前。
三人のスマホが 同時に真っ赤に光った。
《緊急速報》
【星守院発令:警報レベル4】
市街地第七区にアビス出現。
一般市民の避難が完了していません。
アビスはβ3体、γ2体。
ルピナス、至急迎撃。
モモの手が震えた。
「っ……また、戦うの……?」
ミオは表情を変えずに立ち上がる。
でもその手は強く震えていた。
「……行かないと。逃げ遅れた人がいるなら」
3人は足がすくんでいるのを紛らわすために走り続ける。
──その瞬間。
遠くの街の方角で、
大きな閃光が上がった。
「急がなきゃ!」
私たちは走りながら変身をする。
魔法少女になってみんなを守るために。
誰になんと言われても。
市街地第七区は、もう“街”じゃなかった。
瓦礫。
黒い霧。
アビスの影。
その中心に――γが二体、βが三体。
ライナが先陣を切る。
「迅雷アローショット!!」
雷の矢がβの頭に直撃。
だけど――倒れない。
前より、明らかに硬い。
「っ……ちょっと!耐久、上がってない!?」
ミオが氷の盾を展開する。
「水鏡フォールシールド!
二人とも、下がって!」
直後、γの影から槍のような腕が伸びてきた。
盾へ直撃。
水膜が悲鳴をあげ、ミオの体が弾き飛ぶ。
「ミオ!!」
私は飛び出す。
「桜閃ピンクブレイク!!」
桜の斬撃を重ねて、βの動きを止める。
だけど後ろから別のβが迫ってきて──
「モモ!右!!」
ライナの叫びが聞こえた瞬間、
私は横へ転がり込む。
何とか避けた──はずだった。
ズンッ!!
衝撃が遅れてきた。
見下ろすと──
βの腕が、私の右腕を掴んでいた。
「っ……はな、して……!!」
掴む力が、骨を折り砕く音を立てる。
次の瞬間。
ブチッ。
――視界が真っ白になった。
「……あ……あ、あぁぁぁあああッ!!」
自分の叫び声で頭が割れそう。
腕が……ない。
右腕が……消えてる。
でも泣く暇なんてない。
γがいっぱいに影を広げて迫ってくる。
「モモ!! 避けて!!」
ミオが血だらけで叫んだ。
彼女の左足は……逆方向に曲がっていた。
動けない──?
ミオが……?
ライナも脇腹に穴が空き、蹲ってる。
私しか……
私だけしか、動けない……!!
右腕を失って体が傾く。
呼吸が荒すぎて、胸が苦しい。
私は地面に倒れ込み、息が荒れすぎて全身が震えていた。
右足が……おかしい。
動かそうとしても、ビクとも反応しない。
膝から下がねじれてる。
何本か骨が外に飛び出している。
「っ……あ……あ……っ……!!」
痛すぎて、呼吸ができない。
そこへ、γがゆっくりと影を伸ばし近づいてきた。
ミオもライナも血まみれで倒れてる。
もう誰も……戦えない。
“ここで終わりだ。”
そう思った瞬間──
「……モモ……まだ……動ける……?」
かすれる声で、ライナが私に呼びかけた。
「ムリ……足……動かなくて……!
もう戦えない……!」
「動くよ……『動かす』から……!」
ライナの指先に、微弱な雷が集まる。
「ちょっと痺れるとかじゃない……
本気の雷だよ……
神経に“直接”流して、無理やり動かす……!」
「そんな……できるわけ──」
「……やるしかないんだよ!!
モモ……お願い、立って!!」
雷が私の右足に流れ込む。
瞬間、
右足の神経が“焼けるように”刺激されて、
勝手に跳ね上がった。
「ぎっ……ッッ!!!!!」
体が勝手に起き上がる。
痛みで意識が飛びそうになった瞬間──
ミオが震える指で氷を放つ。
「……氷痛遮断(フリーズドランク)……!!
痛覚……だけ……止める……!」
右足が一瞬、凍るように冷たくなって
痛みだけがスッと消えた。
でも骨も筋肉もズタズタのまま。
ただ“痛くないだけ”。
「……二人とも……っ……!」
涙がこぼれた。
悔しさと、嬉しさと、恐怖と全部混ざって。
ライナが続けて叫ぶ。
「モモ……!
今しかない!! とどめを刺して!!」
ミオが血まみれで腕を伸ばす。
「いって……モモ……
私たち、信じてる……!」
私の胸の奥で何かが爆発した。
「うおおおおおおおおおおっっ!!」
桜の光が短刀へ一気に集まる。
足はズタズタで、
右腕は無くて、
全身が血まみれで、
呼吸も乱れて、
涙が止まらない。
でも──
「私は……ルピナスの……
サクラ・モモだあああああぁ!!」
最後の技を放つ。
「燈火クロスブレード!!!」
十字の桜の炎が爆発し、
γの身体を真正面から切り裂いた。
影が崩れ、光が広がる。
私はその場に崩れ落ち、
桜色の光の中で小さく呟いた。
「……二人が……私を“戦わせて”くれたんだ……」
呼吸がかすれて、視界がぐらつく。
その時ようやく、
駆けつけた回収班が大声で叫ぶ。
「重症3名!!
出血多量!!
モモ、右腕欠損、右足壊死レベル!!
ミオ、左足欠損、左腕粉砕骨折!!
ライナ、腹部に風穴、右足骨折!!
早く輸送を!!」
私は意識が溶けるように薄れていった。
最後に見えたのは──
担架に乗せられながら、微笑んで泣いている
ミオとライナ。
その奥で、
綺宮露花が、
まるで美味しいものを見るみたいに
ゆっくり笑っていた。
◆星守院・集中治療区画
眩しい白い光。
消毒薬の刺すような匂い。
どこか遠くで機械の電子音が鳴っている。
ぼんやり目を開けると、モモは天井を見つめていた。
身体は重い。
右腕は繋ぎ直されたばかりで思い通りに動かない。
右足は布団の重さすら痛い。
呼吸するたびに胸がズキンと軋む。
――でも、生きてる。
あの地獄みたいな戦いを、三人で乗り越えたんだ。
耳元で、小さく鼻をすする音がした。
「……モモ?」
ミオがいた。
包帯が巻かれた左足を引きずりながら、壁にもたれたまま寝ていたらしい。
目を覚ましたとき、彼女の瞳に涙が広がっていく。
「よかった……っ、ほんとに……」
ライナも、腹部に分厚い包帯を巻いたままベッドに座り込んでいた。
笑おうとして、痛みに顔を歪めた。
「遅いよ、モモ。起きるの……心配したんだから」
モモは喉を振るわせながら、なんとか声をしぼり出す。
「……ふたりこそ……平気……?」
ミオは首を横に振った。
「平気じゃないよ。足、ちぎれかけたし……
でも歩けるくらいには、2日で治った。氷魔法で鈍くなる痛みは…もう慣れた」
ライナも同じく苦い笑みを見せる。
「お腹に穴空いたのに2日で歩けるなんて、普通じゃないよね。
でも……跡は消えないってさ。ミオも私も」
そこで2人は目を合わせ、ほんの一瞬だけ沈黙した。
それから、ミオがふっと優しい声で言う。
「……モモの右足。すごく酷かったみたいだよ。
電流で無理やり動かしたせいで、神経の損傷が大きくて……」
ライナが続ける。
「けど、4日で回復したって。
医師たちが“説明がつかない”って騒いでた。
ただ……」
《ただ、走るときだけ痛むかもしれない》
という言葉が、空気を震わせた気がした。
モモは喉の奥がぎゅっとつまる。
「……それでもいいよ。
生きてるし、ふたりも……ここにいるし」
ミオがベッドの端に手を置く。
「一度ちぎれた足で、あんな動きされたら……痛まない方がおかしいの。
でもね、モモ。リハビリすれば“元通り”走れるようになるって言われたよ」
ライナも笑って肩をすくめる。
「だからさ、歩けるようになったら一緒にリハビリね?
ほら、こういうのは仲間でやらなきゃ」
モモの目の奥がじんと熱くなる。
「……うん。
ミオとライナと……また戦えるなら、がんばる」
ミオが頷き、静かに言う。
「私たち三人は、もうあの夜に戻れない。
でも……前に進むしかない。
アストレアの星は、まだ私たちを必要としてる」
ライナが立ち上がり、そっとモモの頭を撫でた。
「戻ろうね、三人で。ちゃんと強くなって」
モモは小さく息を吸い、微笑んだ。
「……うん。
絶対に、三人で戻る」
そして――
3つの傷跡が残った身体で、
それでも三人は再び立ち上がる未来を信じていた。
◆ 星守院 ―― 白翼会議棟前
星守院の白い外壁が夕日の色に染まり始める頃、
モモたちが搬送された専用病棟の前には――
すでに、記者が押し寄せていた。
「ルピナスは本当に無事なのか!」
「アビス γ 2体の撃破は事実ですか!?」
「未成年を戦わせることに批判が――!」
金属のバリケードの前で、
数十人の記者がマイクを突き上げ、
警備員が必死に押し返す。
フラッシュの光が連続で焚かれ、
白い廊下まで明滅するほどだった。
モモは担架の上で、
その光のちらつきを見て小さく肩をすくめた。
右腕の包帯の下が、
まだズキ…と脈打って痛む。
ミオが静かに言う。
「……外、騒がしいね」
ライナが苦笑した。
「仕方ないよ。あんな戦いしちゃったから」
でも、三人とも気づいていた。
あの光景は興味ではなく――
恐怖と期待が混ざり合った、少し異様な熱。
「……行こうか」
星守院の職員が声をかける。
三人は、ゆっくり歩いて会場へ向かった。
モモの右足はまだうまく動かない。
ミオがそっと腕を貸し、ライナがその背を支える。
――そして、扉が開いた瞬間。
無数のカメラの黒いレンズが、
一斉に三人へと向けられた。
フラッシュが爆ぜる。
光で景色が白く砕けた。
モモは思わず息をのむ。
でも、椅子に座らなきゃ。
堂々と、前を見ないと。
三人は、並んで席に座った。
会場は静まり返り、司会が告げる。
「これより、星守院所属“Astréa(アストレア)”、
ルピナスの三名による記者会見を行います」
その声を合図に、記者たちの手が一斉に上がった。
最初の質問が飛ぶ。
「今回の市街地戦闘について、
現在の容体を教えてください」
ミオが落ち着いた声で口を開く。
「私は左脚の欠損治療が終わり、歩けるようになりました。
右腕の骨折も固定されています。
ただ、消えない傷は残ると思います」
ライナが続ける。
「腹部に穴が空きましたけど、
緊急処置と治療で塞がりました。
でもこれも……跡が残ります。
でも、戦えるようには戻ります」
そして、視線がモモに集まる。
胸がぎゅっと縮む。
でも逃げない。
「……私は、右腕を……失いました。
治療で“くっついた”けれど、
まだ力が入れると痛みが走ります」
右足にも視線が集まった。
「右足も……ボロボロで……
走ると痛くて、まだ杖が必要です。
でも……リハビリすれば、戻るって言われました」
一瞬、会場がざわめいた。
その小さな音にすら、モモは心が揺れる。
次の記者が、少し冷たい声で言う。
「SNSでは、
“子供を戦わせるべきではない”という声があります。
本当にあなたたちに、その資格があるのでしょうか?」
空気が張りつめた。
ミオの眉がかすかに動く。
ライナが歯を食いしばる。
モモは、震える手を膝の上で握りしめた。
そして――ゆっくり答えた。
「……資格なんて、わかりません。
でも……逃げ遅れた人を助けられるのは、
あの場にいた私たちだけでした」
声が小さく震える。
「子供だからじゃなくて……
私たちが“ルピナス”だから。
……だから戦います」
ミオが横で小さく頷き、言葉を重ねる。
「未熟でも、傷だらけでも。
私たちは、自分の意思で前に立っています」
ライナも前を向いた。
「文句があるなら、私たちじゃなくてアビスに言ってよ。
戦うのは私たちしかいないんだから」
記者の空気が一瞬止まり、
カメラのシャッター音だけが響いた。
次の記者が問う。
「では……今後の目標は?」
答えるように、三人が視線を交わした。
モモが口を開く。
「もっと強くなりたいです。
ミオとライナが血を流すのを、
もう見たくないから……」
ミオの瞳が柔らかく揺れた。
「私も。氷も水も、もっと精密に使えるようになる。
あの日……足りなかったから」
ライナが前を向く。
「私も雷の出力を上げるよ。
次は……モモを痛めつけるためじゃなくて、
守るために使う」
三人の言葉に、会場が静かにうなずく空気に変わった。
―――だが。
その瞬間。
会見室の外の廊下から、
甲高いアラーム音が鳴り響いた。
《星守院 緊急通達》
「市街地第九区――アビス反応増大。至急対応を」
記者たちのざわめきが広がる。
ミオが即座に立ち上がった。
「……行くよ。まだ動ける」
ライナも立つ。
「うん。私たちの仕事だから」
モモはゆっくり立ち上がる。
右足がビリッと痛む。
それでも、言った。
「……行くよ……
痛くても……
変身すれば、まだ――戦えるから」
三人は、カメラの光の中を通り抜け、
扉の向こうへ歩き出した。
次の戦場へ。