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歴々の聖女たちは、それぞれ得意な特有の魔法を持っていたらしい。
皆が皆、同じ魔法を使えるわけではなく、けれど共通しているのは、傷や病をある程度まで回復できるということ。
――ある程度まで、とある。
完全に治癒することは非常に難しく、深手を負った者を治癒するには魔力が足りないようだと、どの書物を読んでもそう書いてある。
……よろしくない。
私が秀でているというのは、あまりよろしくない。
いや、深手というのがどの程度の傷なのか、書かれてはいないから……私が秀でているかは分からない……かもしれないけど。
別に、自分の中で「秀でてるみたい。すご~い!」と喜ぶだけならかまわない。
そんなつまらないことではなくて、その足りない魔力を補って余りある、ということがバレるのが良くない。
なぜなら、私が魔族ではないかと、あの騎士団長にやっぱり疑われているから。
「国王の傷は、随分深手であったと思うのだが、いかが思われるか」
そういう質問を、国王の主治医や側近たちに聞いて回っているらしい。
ただ、禁書の内容を彼が知っているのも、おかしな話なのだけど。
王族ではない彼が、なぜ聖女の魔力不足を知っているのか。
でも……殿下が洩らしている可能性は、なくはない。
可能性を考えるなら、あるといえばある。
「ど~しよぅ……」
とは言っても、他の貴族にもかなり酷い重傷者、重病者は居たし……一気に完治させるだけの魔力があるというのは、近く知られてしまうだろう。
「ねぇねぇ、どうしたらいいと思う?」
ベッドの縁に腰かけて、シェナのお茶を待ちながら泣きついた。
ペールブルーのソファと白木のテーブルのある場所は、国王からの贈り物たちをまだ片付けずに放置したままだから、ナイトテーブルを使っている。
……そんな時間もないのよぅ。新しい専属侍女は、連絡をくれたり予定の調整で忙しいみたいだし。人を増やして身の回りのことをしてもらうには、シェナが良い顔をしないし。
「お姉様。もっと毅然としていれば大丈夫です」
またか、という顔でお茶を淹れてくれているシェナは、少し不満そうに言う。
部屋で二人きりの時は、こうして立場が入れ替わることも増えてきた。
なかなかに良好な姉妹関係だと思う。
「たとえば? そうですけど何か? みたいにするの?」
「ええ。――それがどうした。とでも言っておけばいいんです。――私には出来るというだけのこと。という風に」
腕を組んで胸をつんと突き出し、あごを少し上げながら見下げる仕草が、随分と様になっている……。
「そんなの、どこで覚えてくるの?」
「クソブタ野郎にさらわれた屋敷で、一緒にいた年上の女が私をなじる時によくしていました。腹が立つので、覚えておいていつか誰かにしてやろうと思って」
「そうなんだ……。じゃ、クソブタを成敗するときに、やってあげるといいわね」
いつか近いうちに、騎士団長あたりにしてしまいそうで怖いけど……。
シェナは結構、本当に過酷な経験をしているみたいだから、許せないと思った相手に容赦がない。
元々は気の弱い子のように思うけど、素体となっている白天の王の力や気性が混ざっているからだと思う。
良い感じに混ざっていそうだから、今のところは問題ないけれど。
なんてことを思っていたら、予感は的中するというか、すでに予兆があったから必然だったいうか。
――禁書庫に向かう通路に、彼は居た。
白銀の鎧と、剣をしっかりと腰に帯びて。壁にもたれかかっていたのを、あえて通せんぼのように真ん中に陣取り直し、声をかけてきた。
「これは聖女殿。今日も禁書庫に?」
ここに向かう一本道だから、そうと決まっているのに。
「騎士団長さん、こんにちは。ええ。時間が無くて急いでいますので、通していただけますか?」
それほど広くはない通路なのに、避けてくれるつもりは微塵もなさそうだった。
「禁書庫の見張りが、今は場を離れていてね。少しの間代わっているんだ」
「……私は許可を得ていますよ」
「いいや。私はここの権限を持っていないから、彼らが戻ってくるまでは通せないな」
――嫌な奴ぅぅ!
「い、いじわるをして楽しいですか? そこを通してください」
「通せないと言っただろう? 人ではない者よ。なぜ王国に入り込む? 何が目的だ」
「何を言っているのか分かりません。私は治癒魔法を学びたいだけです」
「聖女といえば国の象徴たり得る存在だ。無いようにみえて、その発言力は王族に等しいものがある。人外が居座って良い場所ではないのだ」
「私をそのように言う根拠は何ですか? 失礼じゃないですか」
さすがに睨みつけてやると、彼は突き刺すような視線で私に一歩、さらに近付いた。
その腰のものに、手をかけているわけではないのに、次の瞬間に抜いてくるのではという気迫をもって。
「その魔力、人が持ち得る量ではない。転生者よりも遥かに多い。見えないとでも思ったか」
――え。
魔力って見えるの?
私見えないんだけど。
もしかして、皆見えてるの?
いや……落ち着けわたし、おちつけ私。
皆見えてるなら、殿下も陛下も分からなかったはずがない。
たぶん、特殊な目をしてるか何かで、この人だけに見えているんだ。
それとも、気に入らないからカマを掛けただけ、ということもあるかもしれない。
「はぁ……それは妬みか何かですか? 少し多いくらいで、大袈裟な。私は傷病者をもっと確実に治して差し上げたいだけです。勉強の邪魔をしないでください」
――言ってやったわ!
シェナ、私の雄姿、見てく――。
――それどころではない形相で、シェナは騎士団長を睨みつけている。
だめだめだめ、だめだからねシェナ?
私は横目でシェナを見ながら、必死に視線で訴えた。
(おさえて! おさえて~!)
「その侍女といい、二人とも異常な魔力量をしているのに、まだとぼけるつもりか。正体を表せ! この偽物ども!」
「――お姉様に対して無礼な。騎士団長風情が」
――ああああああああどうしようどうしよう、この子ついに言っちゃったわよおおおお。
「シェ、シェナちゃん。ちょっとおちつこ? ね? いい子だから、ね?」
「ほざいたな侍女。貴様なら斬り捨てても、私が咎められることはないぞ!」
言い終わるまでもなく、彼は剣を抜いてその剣筋をシェナに向けた。
横に伸びる切っ先の軌跡は、目にも止まらない速度で首を薙いだ。
「シェナ!」
そう見えたけれど、シェナは怒りに満ちた顔のまま、指で剣をつまんでいる。
「無礼者が、のろまな剣で何をしたかったのか。その切っ先、ともすればお姉様にも触れていたかもしれない、下手くそな切り込みだった。……許されると思わないことだ」
「ぬぅ……動かん……だと?」
ええっと、これはどうしたらいいのかな……。
「お姉様、始末しても?」
「んっとお! だめ。とにかくダメよ。こんなところで、しかもきしだんちょうさんだし?」
「こんなのろま、他に代わりはいくらでもいると思います」
眉間の皺とおでこに浮き上がった血管が、私の言葉を待たずしてアレしてしまいそうな。
「で、でも、それならほら、生かしておいても問題ないでしょ? どうせのろま? なんだし」
私は冷静ではない……。今何か、余計なことを言ってしまった気がするけど、それよりもシェナをなだめないと大変なことになってしまう。
「……たしかに、こんなのろま、居ても居なくても同じですね」
「き……貴様ら……この私をこけにするとは……!」
彼はイケメンだった顔をぐちゃぐちゃにして、全力で剣をどうにかしようとしているらしい。
それでも、つままれているだけの剣を、微動だにさせられない状況だった。
何なら、そこに全体重をかけて、床に押し付けようとさえしているのに……剣はその角度を僅かにも動かない。
「あ、あのぅ……騎士団長さん? そろそろ諦めてもらえませんか? ほら、その、全然敵わないわけですし。いやあの、あなたでは話しにならないというか……あれ? ちがっ、ちがくて。その、許可は貰っているので、通してくれませんか? それで許してあげるように、シェナにお願いするので……」
「おのれ……どこまでも愚弄を重ねてくれる……。だが、この剣にかけて私は貴様らを――」
――パキン。
と、音がした。
「あ、折れちゃいました」
「お、折れただとおおおお! 私の剣があああ!」
彼は根元から折れた剣の柄と、床にぽい、と捨てられた刃の部分を交互に、目を血走らせたまま見比べている。
「折ったのです、お姉様。面倒でしたので。さぁ、ご自慢の剣もなくなったことですから、さっさとそこをどきなさい。のろまの非力男」
「んっと、命があって良かったですね? 私でも、死んじゃったら治せないと思いますので……」
そう言うと分かってくれたのか、騎士団長はのそのそと、壁に避けてくれた。
「最初からそうしていなさい。クソブタ一号」
シェナはいつかやると思っていた仕草で――腕を組んで胸をつんと突き出し、あごを少し上げながら騎士団長を見下げて言った。
「…………おぼえていろ」
彼は打ちひしがれた感たっぷりなのに、悪態はまだつけるらしい。
「お姉様、やっぱり始末しておきましょう。不快ですよね、あれ」
「い、いいからほら、行きましょ。時間がもったいないもの」
……あぁぁぁぁ。
――心臓がばくばく言ってる。叫んでる。
なんで絡んでくるのよ……って、そっか、魔力が見える人だったんだ。
どうしよう、やっぱり――。
いやいや、彼にしか分からないなら、放っておいても大丈夫でしょ?
そうよね?
「お姉様。いっぱい我慢したので、今日はご褒美にたくさん撫でてほしいです」
この子は……。
うん、でも、ちゃんと我慢してくれたものね。
やっぱりとてもいい子だわ。
「そうねぇ。次もちゃんと、我慢できるならね。ていうか、おてて切れてない? 大丈夫?」
斬りかかられたあの早い剣を、素手でつまんで止めたのだから。
「あんなので切れるはずがありません。ほら、大丈夫でしょう?」
見せてくれた小さな白い手は綺麗で、とてもふにふにで、スベスベだった。
「良かったぁ……。じゃ、本を読んでる間、なでなでしながら~……シェナのおてても、触らせてくれる?」
こんなに気持ちいいおててなら、もっと早くから触らせてもらうべきだったわね。