「あ、涼ちゃん来た。」
まだ浮かない顔のままの天海さんと共に、元貴達の元へと向かった。何やら氷室さんと雑談をしていた2人が、僕の姿に気付くや否や駆け寄ってくる。
「あれ?手ぶら?」
「うん。ここに来た時何も持ってなかったから。」
急に連れてこられたからね、と付け足せば、視界の端にあった氷室さんの視線が気まずそうに逸らされた。
「皆様方、ここから門への道のりを進むお車を用意致します。なんせ先が見えない程遠いですから。」
「……車で来ていいならわざわざ歩かなかったわ。」
「あの状況で車で突っ込んでてもおかしかったけどね。」
氷室さんの言葉に反応した2人の掛け合いに耳を傾けていると、暫くして1台の車を運転する天海さんがやってきた。今まで見たことのなかった新しい姿に思わず釘付けになっていると、突然腕を引かれた。
「…ねえ、好きなの?」
不満気な表情を浮かべながら、僕の顔を覗き込む元貴に首を傾げる。僕が元貴と若井のことを好きなのはとっくに知ってると思ったけれど。
「?好きだよ?」
「はあ、!?ちょ、若井!やっぱり返事曖昧だったのって好きだったからじゃない!?」
「え、……涼ちゃん…3年会わない間に俺達に愛想尽かしたの?」
僕の答えを聞くや否や、慌てた様子で若井の袖を引く元貴にますます疑問が募る。泣き出しそうな顔をする若井の発言にも全く心当たりがない。
「尽かすわけないじゃん!ずっと2人のこと考えてたんだよ。」
「じゃあなんで……」
「車のご準備が出来ました。お乗り下さい。」
元貴がそう口を開いたと同時に、車から降りてきた天海さんが僕たちを車に誘導する。
「……若井助手席乗りなよ。」
「は?元貴が乗れよ。」
車の傍に行くや否や、誰が助手席に乗るか問題が始まってしまった。運転するのは天海さんだし、初めて会う2人はそりゃ気まずいだろう。必然的に候補は僕しかいない。
「2人とも!僕が隣乗るからいいよ。」
「「は?」」
「え……?」
喧嘩になりそうな2人を窘める為に発言したのに、2人からの反応は思っていたものと違った。ふざけんなと言わんばかりの表情を向けられ、思わず困惑を含んだ声が溢れ落ちる。
「涼ちゃんはダメだから。俺前乗るから若井と2人で後ろ乗って。」
言葉の意味を理解するよりも早くさっさと助手席に乗り込んで行ってしまった元貴の姿を唖然と見つめる。あれだけ嫌がっていたのにこんなにあっさりと座るなんて。
「はい、涼ちゃんは俺とね〜。」
「う、うん……。」
いつの間にか車に乗り込んでいた若井が手を取ってくれた。大人しく素直に従い、隣に腰を下ろす。バタン、と車のドアが閉まる音の後に、ゆっくりと車が出発する。勿論車内は沈黙で包まれていて、誰も話し出す様子が見えない。後ろから見える天海さんの運転する横顔をチラリと見やり、そっと視線を窓の外に戻した。ずっとあの言葉が頭に残っている。真っ直ぐと真剣な表情で告げられた台詞。好きだなんて、あれだけ僕を外に出させようとしてくれたのに、今言われてしまえば自然と別れを躊躇してしまう。結局は、僕を引き留めたいのだろうか。
「運転どーも。じゃ、そゆことで。」
「行くよ涼ちゃーん!若井の車で来たから!」
車が門の傍に到着すると、さっさと車を降りていく若井に手を引かれ、慌てて降車する。いつの間にか降りていた元貴も、若井の物と思われる車の側で元気よく手招きをしている。
「…ごめん、ちょっと若井先行ってて。」
「……すぐ来てよ。」
僕の手を繋いだままの若井にそう告げる。一瞬迷った素振りを見せた若井だったが、素直に車へと向かっていってくれた。元貴と合流した背中を目にした後、天海さんへと振り向く。
「……ありがとうございます。」
「いえ、私こそ藤澤様に感謝したいことは沢山あります。」
「その、…さっきの返事?みたいなのしてなかったですよね…。」
僕を見ていた天海さんの瞳が一瞬見開かれた。けれど、直ぐにいつものように微笑んで、僕の言葉を促すようゆっくりと頷いてくれた。ぐっ、と拳を握りしめる。最初から言葉は決まっていた。いくら思い出が薄れたって、結局僕の中の1番は2人だから。
「……僕は、天海さんの気持ちに答えられ」
言葉が言い終わる前に、僕に影がかかった。影の主を判断するよりも早く、柔らかい唇が僕の口に触れた。
「…愛していました。」
直ぐに口を離した天海さんから呟かれた、震えた言葉。上手く状況を理解出来ていない僕の腕が後ろから強く引かれた。
「涼ちゃん、!!」
振り向くと、僕の腕を掴んだまま泣きそうな表情を浮かべている若井が居た。若井の名を呼ぼうとした瞬間、片手で頬を掴まれる。そして、僕の唇に若井の口が触れた。天海さんに見られている、という羞恥と共に、息が続かない苦しさで若井の胸板を叩く。
「……っは…、」
やっと口を離され、ようやく取り込めた酸素を肺いっぱいに吸う。そんな僕の様子を見た後に、天海さんの元へと歩み寄っていく若井の姿が視界の端に映った。何だか嫌な予感がして、引き留めようと顔を上げた瞬間、いつの間にか傍に来ていた元貴に腕を掴まれた。
「お前…さっきからどういうつもりだよ。」
「若井!!」
天海さんの胸ぐらを掴み出す若井を止めようと声を出してみるが、僕に見向きもしてくれない。何も言わない元貴に掴まれているせいで、傍に行くことも出来ない。
「……ここまで来て喧嘩をするつもりはありません。私だって、藤澤様を失うのが惜しいんです。」
「元から涼ちゃん俺らのだし。ばーかばーか!!」
「元貴!ばかじゃないから!」
ようやく口を開いたと思ったら、幼稚な言葉を天海さんにぶつけ出した様子を慌てて止める。こんなんじゃさっきと全く同じ状況じゃないか。仮にも天海さんは僕を助けてくれた。理由が何であろうと、僕らが感謝するべき存在なのに。
「若井も元貴も!!天海さんにちゃんとお礼言ってよ。若井はその手離して!」
「いえ……別にお礼なんて…、」
少しだけ声を大きくした僕の顔を見た2人が視線を合わせる。迷う素振りを見せた後、天海さんの胸元を掴んでいた手を離した若井が口を開いた。
「…ありがとうございます。」
「まあ、感謝してます。」
素直とは言えない不器用な感謝。ふてぶてしく呟いた2人の台詞に思わずため息が零れる。そんな僕の様子を見てか、天海さんが明るい声で場を締めた。
「まあまあ、私だって本当は感謝される側じゃないですから。自分のするべきことをしたまでです。さあ、そろそろ日も暮れて来ます。お帰りになってください。」
コメント
5件
若井さんと大森さんのやりとりが可愛すぎるわ。
天海さん最後にまじか…😮まぁそうだよね何となく予想は付いてたけど、そこから若井がキスするとは思わなかったですねぇ🤭続きがもっと楽しみになりました!😖💗