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春の雨が、静かに街を濡らしていた。
駅前の小さなマックで、私はいつものように窓際の席に座っていた。雨の日は客足が少なくて、どこか世界に取り残されたような静けさがある。その空気が、嫌いじゃなかった。
カラン、とドアの鈴が鳴る。
何気なく顔を上げた瞬間、時間がほんの少しだけ遅くなった気がした。
彼が入ってきた。
黒いコートの肩に雨粒をまとわせたまま、少しだけ困ったように店内を見回している。空いている席を探しているだけなのに、その仕草が妙に不器用で、なぜか目が離せなかった。
「ここ、いいですか?」
気づけば、彼は私のテーブルの前に立っていた。
驚いて、少しだけ間が空いてしまう。
「…どうぞ」
自分でも不思議なくらい、声が柔らかく出た。
それが、すべての始まりだった。
彼はコーラを一口飲むたびに、ほんの少しだけ安心したように息を吐いた。私は本を開いていたけれど、文字はほとんど頭に入ってこなかった。
沈黙は気まずくなかった。
むしろ、心地よかった。
「雨、好きなんですか?」
突然の問いに、私は顔を上げる。
「え?」
「さっきから、ずっと外を見てるから」
少し照れくさそうに笑う彼に、なぜか胸の奥がくすぐったくなる。
「好き、かもしれません。静かになるから」
「わかります」
短い会話なのに、どこか深くつながったような気がした。
その日から、私たちは何度か同じ時間にそのカフェで会うようになった。約束なんてしていないのに、不思議とタイミングが重なる。
彼の名前は聡司
仕事の合間に立ち寄るだけだと言っていたのに、気づけば私たちは、コーヒーが冷めるのも忘れて話し込むようになっていた。
春が終わり、雨の季節が近づく頃。
「もしよかったら…今度、雨の日じゃなくても会いませんか?」
その一言で、世界が少しだけ色を変えた。
雨に守られていた関係が、外の光の中へ踏み出す瞬間だった。
私は、少しだけ息を吸って、笑った。
「いいですよ」
その笑顔が、ちゃんと届いているといいなと思いながら。
窓の外では、雨がやんでいた。