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翌朝。 湊はまだ夢の中で、波の音と……魚の焼ける香りを感じていた。
「……いい匂い……」
目を開けると、現実だった。
キッチンから煙。魚の焼ける音。
「――リオォォ!!」
「おはようございます!」
リオがにこにこしながら、フライパンを掲げた。
Tシャツを着ているが、裾から尾びれがぴょこんと出ている。
床はびしょ濡れ。魚の匂いが部屋じゅうに漂っていた。
「なにしてんの!? 火つけてるじゃん!」
「朝食の準備を。」
「……魚じゃん。」
「はい。美味しそうだったので。」
「それ俺の夕飯用のブリだよ!!」
リオは首を傾げた。
「食べ物を冷たい箱に閉じ込める文化、ちょっと可哀想で……」
「冷蔵庫のこと!? 生きてねぇから!!」
湊は冷蔵庫を開けて――目を疑った。
刺身・干物・冷凍エビ・ツナ缶まで、全部消えていた。
「……お前……全部食ったな?」
「ツナ缶、美味しかったです!」
「ツナって……お前の親戚みたいなもんだろ!!」
「親戚? では義理の兄弟ですね。あなたと。」
「話飛びすぎ!!」
湊はがっくりと膝をついた。
「俺、今月カツカツなんだけど……」
するとリオが申し訳なさそうに尾びれをぱたぱた。
「……恩返し、します。」
「もうその単語信用できねぇよ……」
「あなたを幸せにします。」
「いま即プロポーズ!?」
「プロポーズ?」
「違う違う違う!!」
顔を真っ赤にして否定する湊を、
リオは純粋な瞳でじっと見つめる。
「でも、“幸せ”は一緒に暮らすことじゃないんですか?」
一瞬、言葉に詰まった。
その真っ直ぐさに、湊はなぜか視線を逸らす。
「……まあ、食材は一緒に暮らす前提で買ってたけどな。」
「では、やっぱり運命ですね。」
「ちがっ――!!!」
その瞬間、電子レンジが「ピッ」と鳴った。
リオが嬉しそうに覗き込む。
「温め、成功しました! これで人魚でも自炊できます!」
「おまえ、文明に順応早すぎだろ……」
湊は呆れ半分、笑い半分で肩を落とした。
キッチンは水浸し、冷蔵庫は空っぽ。
でも――なぜか、昨日より部屋が明るく見えた。
リオが焼いたブリを一口食べて言う。
「……うまいな。」
「でしょ? 愛情こめました。」
「その言い方やめろぉぉ!」
今日も朝から波乱万丈。
――それでも、湊の心には“波のような微笑み”が残っていた。