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電車はもうないのでタクシーでマンションに向かう。
眠りの早い高井戸は寝ている頃だろう。きっと話が出来るのは朝だな。
アイツ、怒るかな。呆れるかもしれないな。
啖呵切ったくせにあっさり帰って来たんですね、なんて言われるかもしれない。
まあいいか。甘んじて受けてやる。
しかし、部屋の電気は予想外についていた。俺はこっそりと鍵を開けてみたが、中からの反応はなかった。
まず出迎えるのが高井戸のぱんぱんに詰まったカバン。
ふざけんなよ、出ていく気満タンじゃねぇか、あの女。
イライラしながら奥に向かうと、高井戸がソファに丸まって寝ていた。
「……はっ、またここで寝やがって。寝るならベッドに行けって言ってんのに」
しかし顔を覗きこんで、思わず息をのんでしまった。
目には涙の痕がある。眉が下がった情けない顔はまるで小動物だ。
「……泣くくらいなら、あんなこと言うなよな」
俺は床に腰かけ、寝息を立てる彼女をじっと見つめた。
この部屋に最初に連れてきた日。
ソファで同じように丸くなっていた高井戸は、夢でうなされていたようだった。
『……や、こわい、や』
それは、普段飄々とした態度の彼女からは想像もつかないほどの怯えた姿だった。
今にも泣き出しそうに顔をゆがめて、苦しそうに寝返りを打つ。ソファから落ちそうになった彼女を抱きしめて、改めて昼間のストーカー男を思い出した。
考えてみれば当たり前だ。
俺の腕にすっぽり収まってしまうほど小さな彼女は、大抵の男に力でかなうはずがない。俺から見れば小者でしかないあの男のストーカー行為も、高井戸にとっては大きな男が常に自分を狙い、どこかに潜んでいるという極限状態に感じられるはずだ。
それは、俺が予想するよりもずっと彼女に恐怖を与えただろう。
高井戸の手は寝ているときはいつも固く握りしめられていて、まるで身を隠すように小さく丸まって眠る。
彼女は寝ているときさえ安心していないのだと、俺はあの時、改めて気が付いた。
俺はいつものように彼女を抱き上げて、ポンポンと背中を優しくたたく。
持ち上げた時にいつも目をあけそうになるのだが、これをするだけで寝ていくのだ。
少し開かれた掌が、俺の服をぎゅっとつかむ。
ほら、かわいいじゃねぇかよ。
少しは自覚しろってんだ。
妖怪の豆狸だなんて思ってない。俺にとってお前は、かわいくて守ってやらなきゃならない女なんだ。
大体、遊びで付き合う女だったらその日のうちにヤッてるっての。
こっちはあまりにお前が逃げるから、まずは安心させてやんなきゃって気を使ってるんだっつーの。
「さっさと恋愛の舞台に上ってきやがれ」
そうしたらもう容赦しない。
俺から逃げないようにどんな包囲網でも敷いてやる。
額にキスをして、そのままベッドに転がす。
しかし高井戸が服を離さないので結局隣に滑り込むことになるわけで。
「お前本当に寝てんのか? ……ホント、これで手を出してねぇの褒めてほしいくらいだけど」
子供のように温かい体温に、ほんの少しの酔いも手伝って眠りの淵に落ちていく。
あー俺ら喧嘩してたんじゃなかったっけ、とか思うけど。そういうのももうどうでもいい。
だってさ。
こうしてくっついているだけで幸せなんてこと、そうそうあるもんじゃないだろう。
コメント
1件
ああ、良かった……喧嘩して飛び出したのに、結局帰ってきちゃうところとか、高井戸さんの泣き跡を見て一瞬で毒気を抜かれる感じとか、もう男の人らしさがにじみ出ててじんわりしました。特に「俺の腕にすっぽり収まってしまうほど小さな彼女は、大抵の男に力でかなうはずがない」って気づくところ、ちゃんと彼女の恐怖を想像できる優しさがあって好きです。寝てるときも手をぎゅっと握ってるっていう細かい描写に、高井戸さんの抱えてる不安が詰まってる気がしました。最後の「くっついているだけで幸せ」ってセリフ、喧嘩しててもこれなんだよなあ……って胸が温かくなりました。