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『ふー…っ、ふー…っ』
それから何分経ったかは分からない、体感的には10分かそこらだったと思う。
何とか器用に体制を動かし、ソファの足に背中を預けるように座る。
もうやだなんなのここ。
ため息とともに目の奥が熱くなっていき、目尻がしょっぱい涙で濡れていく。
『…………公園に行きたい』
真っ暗で閉ざされた部屋に私の独り言が溶ける。
拒絶反応というのだろうか、こんな状況になっても不思議と“家に帰りたい”という感情は産まれてこなかった。
ここはどこなの。
何が起きたの。
どうしてここに居るの。
挙げ出したらキリがないくらい疑問が雲のごとく沸き起こる。
頭の上にクエスチョンマークが飛び交い困惑している私の耳にガチャリと扉が開く高い音が聞えた。
「…あぁ起きたんだ、おはよう。」
低い男の人の声が耳を貫く。
彼の顔を見た瞬間、声を聴いた瞬間、“持っているもの”を理解した瞬間。
心臓の音がドラムを鳴らしている様に身体中に響いていた。耳の奥から直接鳴っているように感じる。
今にも叫び出したいのに、喉からは情けない嗚咽しか出ない。
『…ぁ…ぅ…』
白髪で褐色肌の青年。
その手には鋭い刃を持つ包丁が握られていた。
状況からしてきっとこの人が私をここへ連れてきた誘拐犯なのだろう。
「…泣くなよ、なんもしねェから。」
ホラ、と降参に似たポーズで手を挙げる彼の手にはしっかり包丁が握られている。説得力の欠片もない。
後ろ手でドアを閉め、にっこりと笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる謎の男性から逃げるように後ずさりをするがソファの足のせいでこれ以上後ろへは逃げられない。
来るな、来るな。
だが必死の思いは神へ届かず、包丁を持った誘拐犯(仮)との距離はすぐに縮まってしまった。
「……覚えてねェみたいだな、オレのこと。」
寂しそうに、傷ついたような表情で笑う彼の姿。
なにそれ、なにその言い方。
まるで私たちが昔からあっている様じゃないか。
糸をたぐるように過去の出来事を思い出そうとするが、焦りや恐怖でいっぱいになった頭では何も思い出せなかった。
「そんな怖がンなよ…はい、縄切れた。」
手慣れた手つきで私の足を締め付けていた縄を切っていく誘拐犯(仮)
手足の自由が利くようになった瞬間、防御態勢を整え目の前の相手を警戒する
『………だ、れ…』
いつもよりずっと掠れた声が舌の上で弾む。
喉のところまで出掛かっている泣き声を必死に抑え、誘拐犯(仮)の次の言葉を待つ。
「オレは黒川イザナ。」
一切の迷いも見せずに答える姿からその名前はきっと彼の本名なのだろう。
『くろかわいざな………』
“黒川”はともかく、“イザナ”なんて名前は世間一般から見れば珍しい部類に入る方だろう。
だけど震える声で彼の名前を呼べば、妙にしっくりと脳に来る。声と言い名前と言い、ずっと何度もこの名を呼んだことがあるような、そんな懐かしさを感じる。
不思議だ、彼とは最悪な初対面を過ごしているのに。何故か少し心地よさを感じてしまう。
「やっと会えた。だいすきだよ○○」
『ヒッ……!?』
なんで名前知ってるの。
そんなことを考えていると前からグッっと体重をかけられ、急に温かい体温に包まれた。