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僕は彼女を〈水やりの君〉と心の中で呼んでいた。最初、その人は外部の業者の人だと思っていた。
ここは建設業界最大手、昭和建設株式会社の東京本社。その巨大なビル群は中庭を取り囲むような構造になっていて、中庭には色とりどりに花たちが咲き乱れる広くて本格的な花壇があり、彼女は朝晩青い作業服に着替えて、その花壇の草取りをして水やりをするのが日課になっていた。
社員たちはみな忙しいから、花壇の花に目を向ける者は少ない。そういう僕も彼女には気を取られても、花は全然見ていない。無粋な点ではほかの社員たちとたいした違いはない。
街路樹の手入れなどと同様に花壇の草取りもかつては外注していたそうだ。経費削減のために現在は外注をやめた。ただしどの部署の人が花壇の管理をしてるのかはなかなか分からなかった。
彼女は二十代前半に見えた。色白で、小柄ではないが顔は小さい。髪型はポニーテール。知り合いの社員から話しかけられたらはにかみながら返事するが、自分から誰かに話しかけるのを見たことがない。一人でいるのが好きな内気な人なのかもしれない。とはいえきれいで清楚な人だから恋人がいないことはないだろう。
ここ数ヶ月の僕の日課は中庭のベンチに腰掛けて彼女の作業をさりげなく見ながら、彼女に告白してOKをもらう夢想をすること。でも無理だろう。僕はイチゴのヘタを取ってそのヘタの方を口に入れて、なんか変だと悩んでしまうようなぼんやりした男。彼女が振り向いてくれるとは思えない。
僕は入社三年目の二十五歳。恋をするのは中学生のとき以来十年ぶり。十年前の復讐劇は復讐としては大成功したけど、復讐を成し遂げた父も兄も妹も、そして僕自身もそれぞれ心に変調をきたした。恋ができるようになっただけ僕の心はかなり回復してきたと言えるのかもしれない。
作業が終わり彼女がいなくなってしばらくしてから、僕はおもむろに立ち上がり自分の勤務場所へと急ぐ。季節は秋。灼熱の夏が過ぎ、寒い冬が始まるまでの一年の中で一番過ごしやすい季節。天気は今日も晴れ。勤務の開始時刻までまだ少し時間があるが、気分のよかった僕はいつのまにか駆け足になっていた。
次の日の朝、いつものように中庭のベンチに腰掛ける。彼女はまだ来ていないようだ。スマホでニュースをチェックしながら時間をつぶしていると、誰かに声をかけられた。
「花が好きなんですか?」
顔を上げると水の入った大きなじょうろを重そうに持つ水やりの君の顔が僕の目の前にあった。顔だけでなく、声もきれいだったんだなと知ったが、突然のことに脳がフリーズして何も答えられずにいると、
「いつもベンチから花を見てるので、てっきりそうかと。突然話しかけて失礼しました」
花を見てたんじゃなく、あなたを見ていたんです。
ヘタレな僕にそんなセリフが口にできるわけなかった。それでもそれに負けないくらいの大胆さをそのとき僕は発揮することができた。
「僕は総務課の佐野です。君は?」
「経理課の新入社員のオギです。総務課の佐野歩夢さんの噂は何度か聞いたことがあります。アメリカに留学してMBA(経営学修士)を取得されたとかで、通常入社十年目でなれる主任に入社三年目で抜擢されたそうですね。佐野さんは私たち若手社員全員の希望の星です」
僕はずっと優秀な兄と比べられてきたから、褒められるのが苦手だ。それより何より僕が入社三年目で主任になれたのは自身の実力はまったく関係ない。MBA取得だのアメリカ留学だのどころか、アメリカに行ったことさえないのだから。僕の主任抜擢はただの情実人事。そう打ち明けたら、今まで希望の星だと思い込んでいただけに彼女は幻滅するだろう。僕は何も話せなくなってしまった。
「作業があるので失礼します」
水やりの君が花壇の方に戻っていく。僕の心はしばらくここからどこへも行けなかった。
その日、勤務を終えて帰宅すると、母の夏海が玄関に飛んできた。広い屋敷に母と僕の二人暮らし。
「歩夢、お父さんがお見えですよ」
「今日も?」
夏海は実母だが、身寄りのない彼女を引き取る形で五年前から同居している。居心地が悪いので、僕をさん付けで呼ぶのは早々にやめさせたが、僕に丁寧語を使うのはまだやめられないようだ。
ダイニングに行くと、父の守は何かの景気づけのようにグラスのビールを一気に飲み干した。父はつきあいならどんな酒でも飲むが、プライベートで飲む酒はもっぱらビール。一方、僕はアルコール自体が苦手。つきあいでちょっと飲むくらいで、プライベートではまったく飲まない。
父と向かい合うように僕も椅子に腰掛ける。
「仕事に余裕があるなら、この家に入り浸るより奥さんの相手をしてあげた方がいいんじゃないですか? この前会ったとき、私もあなたの家に引っ越そうかしらって愚痴を聞かされましたよ」
僕は夏海を〈母さん〉と呼び、養母は〈奥さん〉と呼ぶ。つまり、僕には実母と養母、二人の母親がいる。父といっても守は養父。養子縁組した当初から住まいも別。
養父の守と実母の夏海が愛人関係にあるとか、そういうきな臭い話は一切ない。というか、守が夏海を毛嫌いしている。どちらも僕の親であるという一点で表面上は当たり障りない会話をしているが、二人が心から和解する日は来ないだろう。
「今日は歩夢に用があって来たんだ」
「晩酌の相手ならほかを当たってください」
「そんな用じゃない。酒の弱い歩夢と飲んだって酒がうまくならないからな」
父は茶色のかばんから白い封書を取り出した。それを受け取り開封して中を見ると、封筒の中にさらに一回り小さな封筒が入っていた。めんどくさいなと思いながら、その封筒に入っていた丁寧に三つ折りに畳まれた紙片を取り出した。紙片は三枚あったがなぜかすべて和紙。一枚目の最初にでかでかと〈釣書〉と墨書きされていて、僕は言葉を失った。
「釣書? 僕に見合いしろって言うの?」
「そうだ。おまえが自分で相手を見つけられるなら、こんなおせっかいを焼くつもりはなかった。歩夢を養子にしてもう五年になるが、結婚どころか恋人を作る気配さえない。実の両親の醜い姿を見せられて恋愛に臆病になってるのだろうと思ったが、そういうわけではないとおまえは何度も否定した。もしかして精神的なショックを受けたせいでEDになってるのかと聞いたときも、そんなことはないと笑って否定した。子どもができなかったおれたち夫婦は歩夢を養子にするということで、子どもを持つという夢を叶えることができた。ただし歩夢を養子にしたのは歩夢が二十歳のとき。大人になってから養子にしたから子育てを経験できたわけではなかった。今の一番の楽しみは孫の誕生と成長を見届けること。おれももう65歳。おまえにも考えがあるとは思うが、老い先短い老人の願いを叶えてはもらえないだろうか」
人に頭など下げたことのない父に深々と頭を下げられた。卑怯だと思う。そんなふうに言われて大きなお世話だと突っぱねられるほど僕のつらの皮は厚くできてはいない。実父と兄妹と絶縁し一人ぼっちになった僕を養子にしてくれて父に感謝しているし、父の期待に応えたいという気持ちもいつも持っている。
聞けば、釣書のやり取りまでするのは珍しいが、上司が部下の男女を引き合わせることはうちの会社では珍しくないらしい。養父の守も上司の紹介でほかの部署で働いていた今の奥さんと交際することになったのが馴れ初め。ちなみに実父の清二はそういうのが嫌で会社と無関係の夏海と見合いして結婚した。
父に言われたからと言っておとなしく見合いするつもりはないが、父の空のグラスにビールをなみなみと注ぐ。
ありがとうと言って父は再度ゴクゴクとうまそうに飲み干していく。
「歩夢が見合いしたくないのは分かってる」
「じゃあ、どうして!」
「見合いは嫌でもその人との見合いは嫌じゃないだろう?」
と言われて、〈なんのこと?〉と思いながら釣書をまた手に取って和紙を開き視線を落とした。
名前 小木歌歩(おぎかほ)
生年月日 平成○○年○月○日
本籍地 東京都○○区○○町
現住所 東京都○○区○○町○番○号
○○マンション○○号室
最終学歴 令和○年三月 ○○大学文学部卒業
勤務先 令和○年四月 昭和建設株式会社入社
総務部経理課配属 現在在職中
資格 普通自動車免許
趣味 お菓子作り
健康状態 良好
経理課のオギさん。
しかも四月に入社したばかりの新入社員。
間違いなく水やりの君だ!
釣書の二枚目には家族のことが書いてあり、三枚目はスナップ写真。撮影場所は屋外だが写真を撮ったのはプロのカメラマンだろう。水やりの君はいつもの作業服姿ではなく、きれいな服を着て清楚にはにかんでいた。
釣書を持つ手が少し震えた。僕が毎日彼女を見ていることを知って、父が彼女の周囲に見合い話を持ち込んだのだろう。見合いに応じるくらいだから、今現在彼女に恋人はいないということだ。
今朝彼女が僕に話しかけてきたのは偶然なんかではなく、僕との見合い話を持ちかけられた彼女が、僕がどんな人物か探ろうとしたんだなとそのときようやく気がついた。
僕は今さら、なぜこんなお節介をなどという苦言を父に呈したりしなかった。素直にありがとうと言い、見合いに応じることも即答した。
父は得意満面だった。
「先方にもおまえの釣書を渡してある。書いたのは夏海だ。妻としても母親としても失格だが、家政婦としては優秀な女だからな」
「恐れ入ります」
そのとき、酒の肴を持って夏海がダイニングに入ってきた。
「つまみは何?」
「炒めた玉子とウインナーです」
「ウインナー? ポークビッツか?」
「いえ、普通サイズのウインナーですけど……」
「それならいい。なぜか十年前からポークビッツが食べられなくなってな」
「父さん、食べられなくなる前はポークビッツが好きだったんですか?」
「妻がたまに食卓に出していたが、十年前の事件以降ポークビッツを見ると夏海の顔が頭に浮かんできてな。食事中に気持ち悪いものを想像させるなって! なあ、歩夢」
侮辱されても母は一切反論しない。父はいまだに僕が母を家政婦として同居させていると思いこんでいる。僕は母を許し、家族として関係を再構築させた。それを言えば父は烈火のごとく怒り出すだろうから、僕はこれからもそのことを父に伝えるつもりはない。
「幸い、先方は歩夢との見合いに乗り気なようだ。もちろん先方には歩夢がおれの養子だということは伏せてある。向こうに渡した釣書にも実母の夏海の名前しか書いてない。絶縁した実父の清二のことも書いてない。それらのことは歩夢も結婚が決まるまでは黙っているんだ。いいな」
そう言われて釣書の二枚目を見ると歌歩さんの家族のことが詳しく書かれていた。彼女の父親は昭和建設の取引企業の一つである平成建材という会社の役員。向こうの会社の製品をわが社が購入するという関係。彼女の母親は専業主婦。彼女は一人っ子で兄弟はいない。
「父さん、言われたとおりにするよ。ただ――」
父を怒らせないように言葉を選びながら慎重に父に釘を刺した。
「父さんのお節介に感謝するよ。でもお節介はここまででいい。あとは僕自身が全部やるから」
「歩夢ならそう言うと思って、歌歩さんの身辺調査までやろうとしたが、あとで怒られそうだからやめておいた。歩夢のお手並みをじっくり拝見させてもらうとするよ」
気分がよくなった僕はそれから朝まで父と飲み明かした。照れくさくなってその日以降、僕は中庭に行くのをやめた。数日後、見合いの日取りが決まったと父が伝えてきた。その翌朝、僕は久しぶりに彼女の姿を見るために中庭に出向いた。
僕がベンチに座るのを見て、小木さんは水やりをやめて僕の方に近づいてきた。僕は慌てて立ち上がった。
僕らはまずこんにちはと言い合った。
「あの、私なんかにお見合いを申し込んでくださって、ありがとうございます」
「僕の方こそ小木さんがお見合いを受けてくれて、本当にうれしかったです」
気がつけばすでにお見合いみたいになっている。小木さんをベンチに座らせて、隣に僕も座った。
「ところで、お見合いのことで一つ心配事があるんですが」
「なんですか?」
「僕は自分の釣書に何が書いてあるか知らないんですが、MBAは持っていませんので……」
「すいません。私の勘違いだったんですね。大丈夫です。釣書にも書いてありませんでした」
小木さんが笑顔になった。花壇の花たちがそよ風に揺れるような、そんな笑顔。僕もつられて笑う。
「小木さんはまだ入社したばかりだから、まだ結婚は早いと思いますよね」
「そう思うならお見合いは受けていません」
「それもそうですね」
脈ありだろうか。いい人がいれば結婚してもいいと思ってくれてはいるようだ。今の僕は君にとってそんな〈いい人〉であることができているだろうか?
「いい人が現れたら結婚してもいいと思ってるわけですね。もし僕があなたから見て結婚相手として不足だと思うなら、遠慮なくそう伝えて下さい。残念だけど僕はあなたの意思を最大限に尊重しますから」
「ありがとうございます。佐野さんが優しい方でよかったです」
そこへ四十代くらいの背広姿の男がゆっくりと近づいてくるのが見えた。何かスポーツでもやってそうな精悍な男だった。近づくにつれて顔がはっきり見えてきて、思わずあっと声が出てしまった。
「どうしたんですか?」
「なんでもない。あの人は誰?」
「うちの課の課長です。サボってるって思われるから行きますね」
つまり経理課長。経理課長は宮路修という名だったはず。名前は知っているが、顔は知らなかった。僕が驚いたのは経理課長の顔が同一人物ではないかと思われたくらいにあの男と似ていたからだ。だが同一人物であることはありえない。あの男――宮田大夢は五年前にもう死んでいるのだから。ちなみに彼を自殺に追い込んだ首謀者は当時まだ養父ではなかった守であり、僕ら兄弟もその共謀者だった。
宮田大夢によく似たその男を見て、僕はこの上なく嫌な予感がしていた。何の根拠もない予感だったが、その予感が正しかったことはその後すぐに証明されることになった。
「ごめんね。僕が引き止めたせいで」
「大丈夫です」
彼女は軽く頭を下げて上司のいる方へ駆け出していった。心だけベンチの上に残したまま、やがて僕も勤務場所へと歩きだした。
よく考えたらすでに社内で話ができる関係になっているのだから今さらかしこまってお見合いすることもなかろうと思ったが、釣書のやり取りもした以上見合いはなしでというわけにもいかず、翌月の十一月、小木さんとホテルのラウンジで二人で会食した。
会食自体はぎごちなくなることもなく、お互いの仕事や将来のことをフランクに語り合うことができた。彼女の両親が僕の釣書を見て父親がいないことを気にしていたらしい。一人親家庭なんて今どき普通だよ、とその場で彼女自身が反論してくれたそうだ。一人親家庭は珍しくなくても、わが家のように実父と絶縁して実父の兄が養父になった例は珍しいはずだ。ただ、そのことはまだ彼女に打ち明けるわけにはいかない。
ネガティブな話はしたくなかったが、一つだけしないわけにはいかない話があったから、それは伝えておいた。
「これから僕らの交際が始まったとして、交際中に小木さんがほかの誰かを好きになった場合はすぐに教えて下さい。僕はそのことを一切責めずにあなたとお別れすると約束しますから」
「私、そういう女に見えますか」
「そうじゃないけど、人の心は止められないですからね」
「佐野さんが過去につらい経験をされたことは分かりました」
「すいません。僕は心の小さなやつなので、今度そういう裏切りに遭ったら、立ち直る自信が持てないんです」
「分かりました。そんなことにならないように気をつけます」
「ありがとうございます」
翌日、交際を希望するという彼女の意向が父を通して伝えられた。僕は有頂天になって、その晩また父と二人で朝まで飲み明かした。
交際がスタートした。僕は小木さんと週二の間隔でデートを楽しんだ。定時退勤日の水曜日と休日は土日のどちらか。定時退勤日は会社として定めた日で、原則としてどんなに忙しくてもその日だけは上司は部下の残業を許可してはならないことになっている。
デートで行く店を考えるのが楽しかった。もちろんデート自体も楽しい。食べたことのある料理であっても、恋人と食べると何倍もおいしく感じるのが不思議だった。
見合いから始まった恋だから、十二月になる前にお互いの自宅にも呼び合った。歌歩さんが来たとき、夏海は精一杯の手料理でもてなした。
「さすが歩夢さんのお母さまですね。私もお母さまのように料理の得意な家族思いの奥さんになりたいです」
「私のようになってはダメです」
という母の言葉を、歌歩さんは単なる謙遜と受け取ったようだった。
この頃になると、僕らはお互いを下の名前で呼び合うようになっていた。交際は至ってプラトニックで、身体的接触は歩くとき手をつなぐ程度。人から見たらままごとのような恋に見えるかもしれないが、僕にはそれで十分だった。
今年のクリスマスイブは金曜日。十二月に入った頃、仕事帰りのデートのとき、クリスマスイブに会えないかと誘ってみたが彼女の返事はNOだった。
「ごめんなさい。水曜以外は残業で帰りが遅くて……」
それ以上無理は言えない雰囲気。翌日の土曜日のクリスマス当日に会う約束は取り付けたのでそれでよしとした。その日の別れ際、駅のロータリーで不意打ちのように彼女からキスされた。
「どうしたの?」
「ダメでしたか?」
「そんなわけないけど……」
「よかったです」
歌歩さんは照れ隠しのように駆け出して自動改札機の向こうに消えた。
「どうだ? あの子との交際は順調か?」
父はそれを聞くために以前よりも足繁く僕の家に顔を出すようになっていた。奥さんに申し訳ないと思いつつ、僕が諭しても聞く相手ではないので好きにさせておいた。
「今のところ順調だよ。ただ彼女、仕事が忙しいみたいで平日は定時退勤日の水曜しか会えないのが残念かな」
「ほう」
父は酔いが覚めたような顔になって、しばらく何か考えていた。
二度目に歌歩さんの自宅マンションを訪問したとき、お互い相手がいいと思っているようだから結婚は先でいいから正式に婚約したらどうかと彼女の母親に提案された。父親は苦虫をかみつぶしたみたいな顔をしていたけど。
「僕もそうできればいいなと思ってます。歌歩さんがそれを望めば、ですが」
「歩夢さん、ありがとうございます。私もあなたと結婚したいです」
プロポーズもしていないのに、僕らは結婚に向けてまっしぐらに突き進むことになった。クリスマスの日はデートの予定を変更して、彼女を僕の家に呼び、結婚したいと父と母に二人で報告する場とすることにした。見合いからたった二ヶ月で結婚が決まり、父母も驚くだろうが、母子家庭だと思っていた僕に父がいたと知って彼女も驚くだろう。
マンションから最寄り駅まで、彼女は僕を見送ってくれた。途中にあった公園に立ち寄って、そこで今度は僕の方からキスをした。
冬だから花壇のメンテの方はほとんど必要なくなった。クリスマスイブの金曜日、夜会えない代わりに僕らは社内のカフェテリアで二人でランチを食べた。彼女は結婚したら退職して専業主婦になって僕を支えたいと言ってくれた。薔薇色の未来しか僕には見えていなかった。