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「そんなわけがあるか! 番組の企画の一環だよ。決して僕の趣味じゃない! と言うか、女装と本物女子の見分けも付かないなんて、キミは相当目が悪いんじゃないか? いっぺん眼科に行ったらどうだ?」
冷ややかな眼差しで睨みつけると彼はウッっと言葉を詰まらせ視線を逸らす。
そして何かを言いたげにもごもごと口を動かしたが結局何も言わず押し黙ってしまい、思わず蓮は苛ついたように舌打ちした。
駄目だ、冷静にならなくては……。そう言い聞かせるように深呼吸し、再び笑顔を貼り付けて塩田の顔を覗き込む。
蓮自身は彼と直接話したことは無い。怪我をして入院していた時にすら謝罪に訪れなかったような非常識な相手だ。
現場で一、二度顔を見た事があるか無いかの関係で正直、何処かで見た事がある顔だなぁという認識しかなかった。
だが、今目の前にいる男を見ているとどうしようもなく、神経がぴりつく。
「……自己紹介なんてしなくてもキミは僕の事知ってるとは思うけど、一応自己紹介をしておくよ。僕は御堂蓮。今は獅子レンジャーのレッド役をやっている」
「……」
「僕たちは今、撮影で此処に来ているんだけど、キミは何故此処に? 元ADの塩田君。これは単なる偶然なのかな?」
だんまりを決め込もうとしている相手の意図を読み取り、すかさず蓮は質問を投げかけた。その一言に、塩田がぎくりと小さく肩を震わせるのを見逃す蓮では無い。
「……な、何の話でしょう? 俺は芸能関係に居た事なんて全然……」
あくまでしらを切るつもりらしい。その往生際の悪さに呆れてしまう。
「キミが高瀬奈々さんを唆して、担当していたCGをやめさせ失踪させた事件に関わってる事はわかってるんだ。全くの無関係だなんて言わせないよ?」
蓮の問いかけに、彼はピクリと反応を見せ眉根を寄せた。もしもこの件と全くの無関係の赤の他人なら突然何を言い出すのかとキョトンとした顔をして戸惑うなり、困った顔をしてみせるだろう。
だが、目の前の男は違う。
眉間に深いシワを寄せ、蓮の存在に明らかな不快感を示してきたのだ。その態度を見て確信する。やはりこいつはこの事件に何らかの形で関わっていると……。
――ビンゴだな……。
「言っている意味がちょっとよくわかりません。どなたかとお間違えじゃないですか?」
どうしても自分を他人だと思わせたいらしい。引きつった顔で何とか笑顔を作ろうとしているが、それが上手く出来ていない。明らかに動揺しているのが見て取れる。
――本当に往生際の悪い男だ。
まぁ、それも想定内だったが……。
「――いや。お前が塩田光彦で間違いない。 俺ははっきりとお前の顔を覚えているからな」
急に背後から声がして、凛が立ち上がり、塩田の方へと近づいて行く。
「会いたかったぞ。塩田」
抑揚のない、だが腹の底から出るような兄の低い声には既に怒気が滲んでいるようで、それだけで蓮は背中がゾクッとするのを感じた。凛はゆっくりと塩田の前に立つと、彼を見下ろすような形で立ち止まる。
普段の凛からは想像もつかないような威圧感が漂っていて、流石の兄の迫力に蓮はごくりと息を飲み込んだ。
「っ、み、御堂さんっ!? どうしてここに!?」
「どうして? 俺達は撮影だと蓮が言わなかったか? 相変わらず人の話を聞かん奴だ」
凛は腕を組み、小馬鹿にするような態度で鼻を鳴らし、不愉快そうな表情を浮かべながら恐怖に怯えた様子の塩田を睨み付ける。
「……僕より兄さんの方がヤバいじゃないか」
人には散々、ほどほどにしておけとか言っておきながら、自分は威圧感だけで相手を委縮させてしまうなんて。まぁ、兄のお陰で自分は妙に冷静になれたのだから感謝すべきところだろう。
それにしても、あの凛がこんなにも感情を露にするなんて珍しい事もあるものだ。
凛は、何があっても常に落ち着いていて、あまり自分の気持ちを口にすることは無い。
「質問に答えろ。お前の目的はなんだ? 何故、このホテルに居る? 高瀬奈々は何処だ」
「っ、し、知らないっ!何の話かさっぱり……うぐっ」
「……答えろと言ってるんだ。聞こえなかったのか?」
凛の大きな手が塩田の胸倉を掴んだ。ドスの利いた声で凄まれて、彼は真っ青になりヒィッと情けない声を上げた。
「ち、ちょっと兄さん! 落ち着いてよ。此処で暴力は流石にまずいって」
慌てて止めに入った蓮の声で我に返ったのか、忌々しげに舌打ちすると、凛は塩田を乱暴にソファへと座らせ自分はその横に陣取って座った。
「さて、じっくりと話を聞かせてもらおうか。俺達から逃げられるなんて思うなよ?」
凛が鋭い視線を向け、低く静かな声で告げる。その一言で、塩田はソファに押し潰されるように身を縮めた。
まるでヤクザの取り立てを目の前で見ているようだ――蓮は苦笑するしかなかった。
しかしそれは仕方がない。凛の醸し出す威圧感は恐ろしいほど強く、有無を言わせぬ迫力があったのだから。
実際、目の前の彼は蛇に睨まれた蛙のようにガチガチに固まっていて、一緒に居る蓮でさえも息苦しさを感じるほど重い空気が漂っている。
「一つ一つ聞いていく。そこに嘘や偽りを感じたらどうなるか……わかるよな?」
凛はテーブルに備え付けてあったフォークを手に取るとそれを塩田の喉元に突き立てた。
先程までとは違う、冷たい口調で淡々と話す兄に蓮は戦慄を覚える。
――こ、怖い。
自分はどちらかと言えば精神的にジワジワ真綿で首を絞めるように追い詰める方が好きなのだが、兄はどうやら違ったらしい。
有無を言わさぬ迫力で一瞬にして空気を変えてしまった。
凛の事をスタッフ皆が怖いと言っていた気持ちが、何となくわかったような気がする。
もしかすると、これが本来の彼の姿なのかもしれない。普段自分の前では猫を被っているだけで……。
そんなことをぼんやりと思いながら二人のやり取りを見ていると、青い顔をした塩田が観念したかのように口を開いた。
「目的も何も、アンタたちがここに居るなんて知らなかった! 本当だっ!!
偶然同じ場所に居合わせただけだ!」
ガタガタと震える塩田は、膝を擦り合わせるほど怯えきり、目に涙を浮かべて必死に訴えかけてくる。
凛はフォークを喉元からわずかに引き、じっとその目を覗き込んだ。
まるで蛇が獲物を射抜くように――嘘か真かを見極めるために、その表情の一挙一動を観察しているのだった。