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ソフィアはルークがセオドアさまを治癒する前に、スミスさんに全てを話した。

これから魔法使いがセオドアさまの目を完全に治して、寝たきりから回復させる。

ただし、回復したセオドアさまにはソフィアの記憶がない。

おそらくお妃さまを選び直すことになるだろう。

ソフィアは王子妃の部屋を出て実家に戻ることにする。

どうか後のすべてを、よろしくお願いしますと。

スミスさんはソフィアを引き留めた。

せめて王子が回復するところを見てからでもいいのでは? と。

しかしソフィアはそれを断った。

どうしても未練が残る。

そんな顔を、何も知らないセオドアさまに見られたくなかった。

私のちっぽけなプライドですと、スミスさんには言い置いて、お城を出た。

シンデレラに説明するのは諦めた。

ただ、ちょっと実家が恋しくなったから帰るわね、と言っただけだ。

シンデレラは「家事だらけの実家の何がいいの?」と変な顔をしていた。

ソフィアが実家に帰りつくと、そこにルークがいた。


「おかえりなさい、ソフィアさん。王子さまの目は無事に完治したよ。もう光を見ても目を傷めない。遮光眼鏡だって必要ない。そして……ソフィアさんの記憶もない」

「ありがとう、私の願いを叶えてくれて」

「いいんだ、ボクの失敗で最初に選ぶ人を間違えたし、その後の魔力回復もうまくいかなかった。ありがとうを言うのはボクのほうだ」


ルークはちょっと俯いた。

もしかしたら泣いているのかもしれない。

ルークが泣き虫なことは、短い付き合いだが分かっていた。


「ねえ、ルーク。私もシンデレラに続いてお妃さまにならなかったわ。またお婆ちゃんに怒られたりしない?」


ソフィアがちょっとおどけて言うと、ルークも合わせてきた。


「大丈夫! 今度こそボクは間違えていない! 自信があるんだ!」


ソフィアは実家での一日目を、ルークのおかげで寂しく過ごさずに済んだ。

明日からは一人だ。

だがそれが自分の選んだことの結果だ。


◇◆◇


セオドアは目が覚めて、ベッドの周りで喜んでいる人の中に、誰かを探した。

ずっと寝たきりだった僕を支えてくれていた誰かを。

温かくて優しいその人の手が、ずっと僕の手を握ってくれていた。

うとうとする意識の中で、「大丈夫」と囁いてくれる声が好きだった。

あれは誰だったのか。


妃のいない僕に、妃を選ぶ舞踏会を開催してはどうかと爺から提案がある。

父である国王陛下が政務から退いて久しい。

そろそろ僕も身を固める時期なのかもしれない。

それに、もしかしたら会えるかもしれない。

顔も分からないけれど。

僕の心を埋める誰かに。


舞踏会ではたくさんの令嬢と挨拶をし、ダンスを踊った。

どの令嬢もきらびやかに着飾っていたが、目の病気が治った今は、はっきりと見ることが出来る。

ああ、この令嬢はこんな顔だったのだな、金髪とはこんなに光を反射するのか、思うことはさまざまだ。

だが、想う人には出会えない。

ここにはいない。

それだけは分かるのだ。


引き出しを開けると、使い慣れた遮光眼鏡が出てくる。

これをかけて、誰かと話した。

その人は珍しそうに眼鏡を見ていた。

僕がニコリと笑いかけたら、恥ずかしそうにして。

ああ、やっぱり可愛いなと思ったんだ。

可愛い人、今はどこに?


僕の部屋の隣には、将来の王子妃が過ごす部屋がある。

以前は水色の壁紙だったが、今は落ち着いたベージュ色に変えてある。

若草色の長椅子やカーテンが配置がしてあって、誰かを彷彿とさせる。

優しい色合いは、優しい人に似あう。

この長椅子に座って、誰かとワインを飲んだ気がするのに。


妃を選ぶ舞踏会も3回目を迎える。

もう国中の令嬢と顔合わせをしたのではないかと思う。

だが、僕の想う人には出会えない。

もしかして、僕に会うのを避けているのかもしれない。

そんな不安が胸をよぎった。


爺が寂しそうに、青みのあるティーカップにお茶を入れる。

そのカップのときだけそんな顔をする。

どうした? と聞いても困ったような顔をする。

悲しい思い出があるのなら、そのカップは処分してもよいと言ったが。

「大切な思い出なのです」と答えるばかりだ。


目の調子はすこぶる良い。

日中の視察にも困らなくなったし、夜の舞踏会でも頭痛がしない。

だが心が晴れない。

どこか重たく沈んで、いつも誰かが隣にいないか探してしまう。

僕はおかしくなったのかもしれない。

目と引き換えに、きっと何かを失くしたんだ。


毎日毎日、誰かを想う。

寂しくて。

会いたくて。

ある時、僕の胸から何かが飛び出した。

ふわりと浮いて、白い蝶になったそれは、窓から外へ風に乗って行った。


ある時は、白いコマドリになり。

ある時は、白いリスになり。

ある時は、白い鳩になり。

ある時は、白い猫になり。

ある時は、白いキツネになり。

ある時は、白い犬になり。

今日はついに白い馬になった。


僕は白い馬に乗った。

もしかしたら想い人のところへ、連れて行ってくれるのではないかと、淡い期待を抱いて。


◇◆◇


ソフィアはシーツを洗って、中庭に干す。

今日は天気が良さそうだ。

カーテンも洗ってしまおうか。

そんなソフィアにじゃれつく白い犬がいる。

どこから入ってくるのか、このところ白い動物に縁がある。

決して悪さはしない。

ソフィアに撫でられ満足すると、ふいといなくなるのだ。

実家に一人、寂しかったソフィアの癒しだ。

明日も来てくれるといいな。


◇◆◇


白い馬は目的地を知っているかのように走る。

見えてきた屋敷は、貴族の家にしては小さく、裕福とは思えなかった。

だが、その家を見た瞬間から、僕の心臓がドキドキし始めた。

ここだ、ここだ!

間違いない!

僕は少しでも早くと、白い馬のたてがみを握りしめた。

ああ、庭に見えるあの姿は――。


◇◆◇


今日は庭につくった畑で野菜を収穫している。

ソフィアみたいな素人が育てても、じゃがいもは大きくなってくれるから助かる。

土まみれになった手袋が顔につかないように、腕で額の汗をぬぐう。

髪に少し土がついてしまったようだ。

だが、そんなことは気にしない。

だってここにいるのはソフィアだけだから。


蹄の音がする。

誰かが家の前を横切っていくのか。

ふと顔を上げると、白い馬が門の前にいた。

それに跨っているのは――。


「セオドアさま……」

「やっと見つけた。僕の想い人」


馬から降りて、門扉を開けて、ソフィアに向かって歩いてくる。

手袋も作業着も土だらけ、さきほど髪にも土がついた。

きっと、いまだかつてこんなにも自然に馴染んだ姿はなかっただろう。

枯れたススキ色の髪、ついた土と同じ焦げ茶色の瞳、農作業をしていたせいで、少しは頬に赤みが差しているかもしれない。

とても愛する人と出会う姿ではないが、これがソフィアなのだ。

セオドアさまがソフィアの前に立つ。


「間違いない、君が僕の心を埋める人だ。どうしてずっと隠れていたの? 僕に会いたくなかった?」


妃を選ぶ舞踏会に不参加だったことを言っているのだ。

招待状はしっかりスミスさんから送られてきた。

だけどソフィアは自ら妃を辞退して、お城を去ったのだ。

どんな顔をして登城できるというのか。

ソフィアがぎゅっと奥歯を噛みしめると、そっとセオドアさまの手が頬に添えられる。


「噛まないで。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。僕ばかりが会いたくて、君を探して、つらいのだと思っていた。でも、そうじゃないんだね。君も、つらかったんだ」


ぼろっと大きな涙がこぼれてしまった。

言い当てられた通りだったからだ。

どんなに誤魔化そうとしても、つらかった。

愛し愛された記憶は忘れようがなかった。

しかし自分が選んだ道だ。

泣いてはいけない。

ずっとそう思っていた。

もしかしたら、ソフィアではない人がお妃さまになるかもしれない。

次の舞踏会でどこかの令嬢が選ばれるかもしれない。

すでに誰かがセオドアさまの隣に立っているのかもしれない。

覚悟をしていたつもりだったが、そんなものは塵のように消し飛んだ。

毎夜、夢を見た。

幸せだったころの夢。

そして起きて絶望するのだ。

それが朝の日課だった。


「愛しているよ。名前も知らない君だけど、それだけは分かるんだ」


セオドアさまがいつものように、腕の中にソフィアを囲う。

ぎゅうぎゅうに抱きしめて、髪に口づけを落とす。


「君は僕の名前を知っていたね。僕に君の名前を教えてくれる?」

「わた、私……っ」


嗚咽が邪魔をして息も吸えない。

セオドアさまが優しく背を撫でる。

その手つきに励まされて、ソフィアは――。


「ソ、ソフィアです!」


叫ぶように告げた。

瞬間、パーンと弾ける音がして、二人の頭上から緑色のラメが降り注ぐ。

なにコレ、くす玉?

ソフィアがおそるおそる上空を見上げると、セオドアさまと視線が合った。


「そうだ……ソフィア。思い出したよ、すべて……」


ソフィアはセオドアさまの深淵なる黒い瞳に囚われ、もう逃げられない。


「ソフィア、僕から離れていかないで。僕を狂わせないで。約束してくれるよね?」


それはいいえと言うことのできない、セオドアさまの言葉の檻。

ソフィアは進んでそこに入り、自ら鍵をかけたのだった。

シンデレラの次姉ですが、この世界でも私の仕事は他人の尻拭いですか?

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