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霧と雪が混じる夜。月は雲に隠れ、白い世界は音を失っている。
神無は、辺境の村・フロストリムの外れに立っている。
この村は三日前から、
「助けを求める使者を出したきり、音沙汰がない」
門は半壊し、
雪の上には――人の足跡と、明らかに異質な爪痕。
冷気が、神無の肌に馴染む。
雪男であるあなたには分かる。
この寒さは、
自然のものではない。
村の奥から、
氷が軋むような 低い音 が響いた。
神無は足を止め、呼吸を落とす。
雪の音、風の流れ、氷がきしむ微細な振動──
世界の冷えた層に意識を沈めていく。
……いる。
だが、一つではない。
・村の中央付近
→ 重く、鈍い気配。まるで氷の塊が動いているようだ。
・民家の裏手
→ かすかで、怯えた温度。生きている人間のもの。
・そして──
神無の背後、霧の中。
→ 一瞬だけ、同じ「雪の匂い」。
それは雪男である神無自身と、
驚くほど近い質の気配だった。
気配はすぐに消える。
だが、確かに──見られていた。
その瞬間、
神無の中で 賑やかな人格 が笑う。
神無「へえ……面白いじゃん」
同時に、
静かな人格 が、低く囁く。
神無「……近い。逃げ場を塞がれている」
村の奥から、
家屋が砕ける音。
中央の重い気配が、
こちらへ動き出した。
神無が片膝をつき、地面に爪を立てる。
指先から冷気が走り、雪の下の水分が一斉に凍結した。
バキ、バキバキ──
村の通りに、氷の段差と隆起が連続してせり上がる。
・一本道だった通路は
→ 滑りやすい氷の斜面
・民家の屋根と屋根の間に
→ 氷の足場
・神無の背後には
→ 高さのある氷柱の壁(退路確保)
重い気配が、斜面に踏み込む。
──ズン。
巨体がバランスを崩し、
氷の上で大きく滑った。
姿が霧の中から現れる。
それは
氷と死肉が融合したような魔物。
元は、この村の人間だったのかもしれない。
胸部に、
赤く脈打つ核が埋め込まれている。
同時に、屋根の上。
氷の足場の向こう側で──
誰かが、神無を見下ろしている。
白い毛並み、長い爪。
雪男。
だが、どこか歪んだ笑み。
???「……へえ。やっぱり、使えるじゃん」
その声は、
神無の 賑やかな方の人格 によく似ていた。
一方、静かな人格が即座に分析する。
神無「魔物の核を壊せば止まるだろうか。
だが、上の“同族”は敵か味方か不明」
神無の足元から、冷気が一段深い層へ沈み込む。
空気が凍り、音が遠ざかる。
その瞬間、
賑やかな人格 が舌打ちする。
神無「チッ、派手さが足りない」
だが、
静かな人格 が完全に前に出た。
神無「……確実に止める」
神無が両腕を広げると、
地面・壁・空中の水分が一斉に結晶化。
バキィン──!!
魔物の四肢を、
複数の氷柱が貫くように絡みつく。
滑っていた巨体が、
その場で磔にされたように固定される。
魔物は咆哮するが、
音は氷に吸われ、くぐもる。
胸の核が、
苛立つように明滅した。
──成功。
だが、完全ではない。
氷に細かな亀裂が走る。
長時間はもたない。
その時。
屋根の上の雪男が、
ゆっくり拍手した。
???「へえ……やっぱ“冷え方”が違う」
彼は軽く跳び、
氷の足場に降り立つ。
距離、およそ5メートル。
???「あれ、俺が作ったんだ。
村の連中を“氷核”に変える実験」
言葉は軽い。
だが、目は──獣のそれ。
???「で、どうする?
それ壊すと、残りの村人も死ぬけど」
静かな人格が即答する。
神無「……脅しだ。だが、可能性はある」
賑やかな人格は、
逆に楽しそうに笑う。
神無「うわ、最悪!でも燃えてきた!」
神無は魔物から視線を外さず、
拘束した氷にさらに薄い層の冷気を重ねる。
破壊ではない。
凍結の“向き”を変える。
静かな人格が、深く集中する。
神無「……核は“命令”を出している。
魔力の供給源じゃない」
氷の中に、
人の感情の残滓が流れているのが見える。
恐怖。
混乱。
そして――呼びかけ。
村人たちは、
完全に消えていない。
核は、
・人の魂を固定し
・魔物の身体を“器”として使っている
なら、
命令を遮断すればいい。
神無は爪を胸の核へ向けるが、
触れない。
代わりに、
核と魔物の間に、極低温の氷膜を挟み込む。
それは、
「壊さないための凍結」。
──成功。部分成功。
核の光が、
一瞬だけ鈍る。
魔物の動きが止まり、
人間の声が、氷越しに漏れた。
「……たす、け……」
その瞬間、
雪男が顔を歪めた。
???「チッ……そこまで分かるか」
彼は初めて、
本気の殺意を見せる。
???「それ以上やると、
“切り離し”じゃ済まなくなる」
彼の周囲の空気が、
不自然に凍り始める。
──神無と同質、
だが、歪んだ冷気。
賑やかな人格が叫ぶ。
神無「来るよ!次は本気!」
静かな人格は、
一つの可能性を掴む。
神無「……核を“眠らせる”ことができる。
だが、近づく必要がある」
神無は一歩前に出る。
魔物から視線を切り、屋根の上の雪男だけを見る。
その瞬間、
賑やかな人格が前に出た。
神無「なあ。実験だの何だの言ってるけどさ」
声は軽い。
だが、足元の氷が悲鳴を上げるほど冷える。
神無「……逃げ道、ちゃんと考えてる?」
神無が爪を振るうと、
空中に無数の氷片が浮かび上がる。
攻撃ではない。
包囲。
雪男の周囲、
半径3メートルが急速冷却され、
足場が一瞬で脆くなる。
──成功。
雪男は舌打ちし、
後方へ跳ぼうとして止まった。
???「……チッ」
逃げれば、
氷が砕けて落下する位置。
彼は初めて、
距離を取れない状況に置かれた。
???「同族相手に、やるじゃん」
静かな人格が、
冷静に畳みかける。
神無「解除方法を知っているはずだ。
言え。でなければ──」
言葉の途中で、
神無の背後から氷が軋む音。
拘束した魔物の核が、
再び強く脈打ち始めた。
時間は、
ほとんど残っていない。
雪男が、
観念したように笑う。
???「……分かった、分かったよ」
???「核は“感情”に反応する。
恐怖を凍らせてるんだ」
???「逆に──
安心を流し込めば、眠る」
その言葉と同時に、
彼は神無を見る。
???「お前、できるのか?
そんな“ぬるい冷え方”」
賑やかな人格が黙り、
静かな人格が答える。
神無「……やる」
神無は、深く息を吸う。
賑やかな人格が、あえて前に出る。
神無「大丈夫、大丈夫。
こんなに寒いのにさ……ちゃんと、終わるよ」
声は明るく、軽い。
それは──恐怖を否定するための温度。
同時に、
静かな人格が完全に沈む。
冷静さ、集中、秩序。
感情を制御するための氷点下の理性。
二つは対立しない。
役割を分けて、重なる。
神無の周囲の氷が、
鋭さを失い、
やわらかく光り始める。
それは、
「凍らせる冷気」ではなく、
抱きとめる冷え。
神無は魔物へ近づく。
核に、そっと手をかざす。
直接触れない。
氷を媒介に、感情だけを流す。
神無「……怖かったな」
氷の中の声が、
震えながら応える。
「……たすけて……」
神無の賑やかな人格が、
優しく笑う。
神無「うん。もう大丈夫」
静かな人格が、
完璧な冷却を施す。
恐怖だけを、
静止させる。
──成功。完全成功。
核の赤い光が、
ゆっくりと白へ変わる。
魔物の身体が、
崩れ落ちるように氷へ還元されていく。
中から、
村人たちの魂が、淡い光となって解放された。
倒れることはない。
消えもしない。
彼らは、
雪の中へ眠るように溶けていく。
静寂。
霧が晴れ、
村にはただの冬の夜が戻る。
雪男は、
しばらく黙っていたが、
小さく笑った。
???「……負けだな」
???「その冷え方は、
俺には真似できない」
彼は背を向け、
霧の中へ消えていく。
???「また会おうぜ、神無」
フロストリム村は、
「消えた村」ではなくなった。
救われた命は、
春になれば目を覚ますだろう。
神無の中で、
二つの人格は──静かに並んで立っている。
対立ではない。
統合でもない。
共存。