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彼女達が私に同行してくれるというので、そろそろ抱きしめている腕を解こうとしたところ。
〈このままでもいいわよ。むしろこのまま抱いていてほしいわ〉〈力を使い切っちゃったのよ。動くのが億劫なのよ〉
このまま抱きかかえたままで良いらしい。命の危険が無いと分かるとこの娘達、結構遠慮が無いな。別に構わないけれど。
カラス達を抱えたまま、私は広場の近くまで跳躍する。
流石に一回の跳躍で到着することはできそうにない。そこで先程覚えた、空気を爆ぜさせた衝撃波を叩きつける反動による上昇を、尻尾を使ってやってみる。
尻尾から『爆ぜる』意思を乗せたエネルギーを空気に伝えていき、爆ぜさせる。
その衝撃波を目的地とは正反対の方向から尻尾で叩きつけた反動によって、目的地まで吹き飛ぶように移動する。
「私のいつもの感覚で移動してしまったけれど、大丈夫だった?」
結構な速度が出ていた筈だ。広場に着地して、両腕に抱き抱えたままのカラス達を心配して見やると、その表情はどこか楽しげだった。
〈とっても楽しかったわ!もっとやってほしいくらいよ!〉〈私達よりも速かったのよ!とっても便利なのよ!〉
どこか楽しげ、ではなく本当に楽しんでいたようだ。
まぁ、気持ちは分かる。私も、障害物が全くない場所を普段以上の速さで移動する感覚は、なかなかに楽しめたのだ。
「楽しめたのなら良かったよ。周りを見てごらん。至る所で甘い香りのする果実が実っているのが分かるだろう?」
カラス達の顔が、果実が成っている方に向くように体を動かし、熟した果実が至る所に実っている光景を見せる。
〈ホントに?この実食べられるの、ホントに?〉〈沢山実っているのよ!いい匂いなのよ!〉
彼女達の期待に応えるために、尻尾を伸ばして果実を二つ取ってくる。
“毛蜘蛛”ちゃんにしていたように真っ二つにした果実を、地面に下ろしたカラス達に一つずつ差し出す。
〈食べて良いのよね!?ダメって言っても食べるわよ!?〉〈ホントに切れてしまったのよ!すごくいい匂いなのよ!!〉
「どうぞ、召し上がれ」
待ちきれないとばかりに弾んだ声で訊ねてくるカラス達に、もう一つの果実を私がそのまま齧りつきながら、優しく答える。
言葉を発しようと口を開いた瞬間、彼女達は凄まじい勢いで果肉をつつき始めた。
“毛蜘蛛”ちゃんの時もそうだったが、一心不乱に果実を食べ続ける様子は、とても可愛らしく愛おしい。
〈美味しいわ!!とっても美味しい!!〉〈ずっと食べていたくなる味なのよ!!もっと欲しいのよ!!〉
止まることなく果肉を貪り、まだ食べ終わっていないにも拘らずお代わりを要求してくる。食い意地が張っている娘達だ。
果実を三つ、追加で取ってくる。周囲に果実はいくらでも実っているのだ。好きなだけ食べようじゃないか。
〈真ん中にあった四角いのは何かしら?とっても大きいわ?〉〈気になるのよ。貴女は何か知ってるの?〉
果実を全部で三つ。一羽で丸々満足いくまで食べ終わり、別の事に興味が向かったようだ。真ん中の四角いのというのは、言うまでも無く私の家の事だろう。
「あれは、私の住処、私の家だよ。あの中で寝ているんだ」
〈面白そうだわ!中を見てみたいわ!〉〈見た事無いものなのよ!気になって仕方がないのよ!〉
家の中を見たいと要望があったので、もちろん快諾して案内するために歩き出そうとする。
だが、果実を食べていた時は元気いっぱいだったが、彼女達は一向に動こうとしない。何故だ?
〈待って!抱えて頂戴!動けないの!〉〈お腹がいっぱいなのよ!歩けないし、飛べないのよ!〉
なんとも可愛らしい理由に、小さく噴き出してしまった。
彼女達を家まで運ぶために、両腕で抱え上げる。ふわふわな羽毛と暖かな体温に腕が包まれて、とても幸せだ。
尻尾で扉を開けて、中へ案内する。
今のところ、寝床以外にこれと言って何かあるわけでは無いが、特に必要としていないからな。必要が出来次第。追加で色々と作っていくことにすれば、それで良い。
〈なんだか楽しい場所だわ!四角い石は何かしら?〉〈木に囲まれてるのに広く感じるのよ!〉
初めて見る景色が楽しいものなのか、彼女達の声は弾んでいる。私の寝床が気になるようだ。
「石でできた四角いものが、私の寝床だよ。中に、柔らかいものがあるんだ。それに体を預けて寝ているよ」
〈乗ってもいいかしら!?降ろしてほしいわ!〉〈大きいのよ!内側は柔らかそうなのよ!〉
寝床の感触が気になるのだろう。木の布の袋の上に載ってみたいと申し出があったので、彼女達を私の寝床に降ろす。
ついでに私も腰かけよう。
おっと、袋のエネルギーが尽きてしまっているな。補填しておこう。
〈柔らかいわ!気持ちいの!〉〈快適なのよ!雨に困らないのよ!〉
「気に入ってくれたかな?頑張って作った甲斐があるよ」
寝床の感触が新鮮で気に入ったのか、とてもはしゃいでいる。
いいものだな。自分の作ったもので、楽しんだり、喜んでもらえるというものは。
彼女たちを撫でながらそんな風に思い耽っていると、彼女達は私にとって、とても喜ばしい願いを要求してきた。
〈私達もここに住みたいわ!雨の心配がないもの!〉〈貴女といればとっても快適なのよ!”死者の実”だって毎日沢山食べられるのよ!〉
理由を述べて、この娘達は私と一緒にいたいと言ってくれたのだ!とても嬉しい!
彼女達を抱きしめて、撫でながら快諾の意思を伝えよう。
「一緒に住んでくれるというのなら歓迎するよ。こちらとしても、一緒に暮らしてくれる仲間がいてくれると、とても嬉しい」
〈仲間とは少し違うわ。私達は負けたのだもの〉〈貴女に仕えるのよ。”死者の実”を食べた時からそうしようと思ったのよ〉
素直な気持ちを伝えると、彼女達は少し首をかしげて私に訴えてくる。仕草は可愛いが、訴えの内容に少し困惑する。
仕える、か。
それ自体は、別に良い。彼女達がそれを望んでいる以上、私にとって否やはない。
だが、仕えるということは、それはつまり彼女達が私のために行動することだ。彼女達を介して、私の我儘を森に押し付けてしまうのではないのか、と懸念する。
私は、彼女達に森の住民にこちらから強く干渉する気は無い旨を伝える。
〈いいじゃない。我儘を通したって。それが認められる場所よ?この森は。貴女もこの森で生きてるじゃない〉〈少なくとも私達は納得するのよ?貴女は森を大切にしてるのよ?森にとっての敵じゃないのよ。だから貴女に仕えるのよ?〉
彼女達が私に返答する。
私もこの森の住民だと。もっと自分の願望通りに生きても構わないのだと。その言葉に、感極まって、泣きたくなる。
「そう言ってくれると、とても嬉しいよ。うん。分かった。仕えるというなら、認めるとも。その上で、君達は好きなように動いてくれたら良い。この場所が寝床として気に入ったのならば、自由に使ってくれて構わない。私も使うけどね」
彼女達の行動を制限するつもりは無い。
いやまぁ、一緒にいるときは抱きしめたり、撫でたりさせてもらうが。
仕えるといっても、私にはこれと言って、彼女達にやってほしいことは思いつかないのだ。今まで通り、自由に生活してもらって良い。その旨を伝える。
〈それなら、早速してほしいことがあるわ!〉〈教えてほしいこともあるのよ!〉
「何かな?」
彼女達の要求を短く尋ねる。
〈私達に名前を付けてほしいわ!名前が無いと、みんなでおしゃべりするときに不便だわ!〉〈貴女の名前を教えてほしいのよ!仕える相手にいつまでも貴女じゃ締まらないのよ!〉
彼女達の要求に、私は少し頭を悩ませることになった。
前者の内容は一理あるから、その要求に応えるのはやぶさかではない。が、後者に関しては、そもそも私は自分の名前が分からない。答えようが無いのだ。
「名前を付けるのは構わないよ。ただ、私は自分の名前が分からなくてね。名前が無いのと変わらないんだ」
〈白いカラス、とか味気ないのは嫌よ!?意味とか無くていいから、ちゃんとしたのをお願い!〉〈名前が無いなら、今ここで私達と一緒に作ればいいのよ!あと、ちゃんとした名前がいいのよ!〉
二羽のカラスが、何のことも無いように私の小さな悩みを解決してくれた。
そうだな。名前が無いのなら、自分で好きなように名乗ればよかったのだ。
今まで名を持つ必要を感じなかったから気付かなかった。少し考えながら、適当に語呂の良い名前を考える。
良し、決めた。
「それじゃあ私は今日からノア。そう名乗ることにするよ。白い君はレイブラン。黒い貴女はヤタール。これでどうかな?」
語呂が良さそうなのを選んだだけなので、私も含めて特に名前に由来などは無い。気に入ってもらえるだろうか?
〈良い響きじゃない!気に入ったわ!〉〈名前ができたのよ!ノア様!ありがとうなのよ!〉
気に入ってくれて何よりだ。
はしゃぐ彼女達を撫でながら、ヤタールから様付で名前を呼ばれたことに、少しむずがゆくなる。
だが、自然と頬が緩む。名前を呼ばれるのも、良いものだな。
「気に入ってくれたようでなによりだよ。それと、仕えているからといって私のことを無理に様付で呼ばなくていいからね?さて、そろそろ周りは暗くなっていることだし、今日はもう寝ようか。一緒に寝てくれる?」
〈様付で呼ぶことに抵抗は無いわよ!ノア様もちろん一緒に寝るわ!〉〈無理して様付してるわけじゃないのよノア様!早速ここで寝れるのね!?〉
自分の名前を手に入れ、新しい寝床で寝られることにはしゃいでいる彼女達の柔らかな羽毛に埋もれ、私は意識を手放した。